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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
9/22

2日目ー①

 ふと目が覚めて時計を見る。5時半、自分の中での朝は5時からだ。かろうじて朝と言える時間だが今ならまだ二度寝ができる。


 結局寝ていたのは2時間程度だが熟睡できたのか、眠気は感じなかった。


 もっとも眠かったとしてもどうせ手術が始まると全身麻酔だと聞いている。ということは寝ているのと同じなんじゃないかなと勝手に考え、睡眠不足はどちらにしろ解決されるだろうと気にしないことにした。


 

空は白けはじめていた。


 一瞬昨日のことは夢だったのではないかと周りを見回してみたが、残念ながら見慣れた自分の部屋ではなく病室だ。今日は手術なのだとあらためて認識するが、日ごろの行いのいい自分の手術はきっと成功するだろう。


特に緊張することもなく、冷静に状況を再認識できた。



 目が覚めた理由はすぐにわかった。


病室の入口で人の気配がする。一般の検診にはまだ早い時間だが、手術前の検診があるからか看護師さんが外で何か準備しているようだ。カチャカチャと金属が触れ合う音が聞こえた。


 カーテンが揺れ、看護師さんが中に入ってきた。


目があった瞬間かなり驚いたようだ。起きているとは思わなかったのかもしれないが、おはようございますとお互い挨拶を交わした。


 寝る前にあった点滴の交換、体温と血圧の測定、それに血中酸素濃度の測定と型どおりに作業が進む。


 そして血栓防止用の靴下を履くためのサイズの確認だ。


手術後は動けないためじっとしていないといけないが、それが体によろしくない。


相当きつく締め付けることで血栓、エコノミー症候群を防止するらしい。立った状態でふくらはぎあたりの太さをメジャーで測定する。


 きつい靴下を履きふくらはぎを締め付けることで対応できるらしい。測定したふくらはぎのサイズは38㎝、Mサイズだった。


 熱は昨日の夕方から下がっていないようで、37℃前半が続いている。かといって熱っぽいという認識はなく、額に手を当ててもなんともいえない。熱いと言われたらちょっと熱いかなくらいだがほぼ平熱だ。


 血圧は110以下が続いている。寝ている方が血圧は上がるらしいが、ずっと寝ていて動いていないからだろうか? まさか体が弱っているとは思わないが、低いのは低いで不安になった。


 自分の知っている普段の血圧は130弱、20近く低い。


最後の血中酸素濃度の測定は例のウイルス性の検査の一環で存在を知っていた。最近は指で挟むだけの測定器が売れていて店で見たこともある。たしか7000円くらいであったはずだ。


 酸素濃度の数値はほぼ98、時折97になるくらいだ。なんとなく下がったらまずいというイメージくらいしかない。


 ただ酸素飽和度が98%あたりだとほぼ酸素いっぱいに見えるが、酸素がほとんど消費されていないのだろうか。2%しか消費してないのでよく体がもつなと思うが、よくわからなかった。


 まぁ理解できなくてもいいのだが、それでいいのかという気もする。それでも一定の呼吸器異常の目安にはなり、肺あたりがやられると酸素濃度が低下するらしい。下がり始めた段階ですぐに手を打てれば致命傷は避けられるということだった。



 検診が一通り終わるといくつか聞かれた。


「痛みはどうですか? 症状は変わりませんか?」


「いや、特にこれといって変わりはないです。そこまで強い痛みではないし」


「痛みに強いんですか? 薬が効いているんですね」


 聞かれるが特段変わったところはなく、そういえば痛みがあるわりにゆっくり寝られた。


 早めに病院にきたからだと思っていたが、よくよく考えれば治療をしたわけではないから痛みが増えることはあっても減るはずはない。痛み止めはもらっているが、腫れがひどくなって痛みが増しても不思議はないはずだった。


 痛みに強いという自覚はまったくないと看護師さんに伝えると、何も言わずにうなづいて一度外に戻り何やら取ってきたものをテーブルの上に置いた。


「朝の食事です。6時までに飲んでくださいね」


 にっこり笑顔で言われて置かれたものを見る。紙パックの飲み物だ。125mlと書かれていた。


「え? これ? これ、朝食なの?」


 思わず声が出た。本当にただの紙パックだ。


 どう考えても乳児用のジュース程度しか無い。昨日のおもゆも衝撃だったが、これを朝食というのはさらに上をいく。しかもジュースというより、名前から食塩水に近い。


 しばらくぼーっと見つめてしまった。冷えてるのか表面に水滴がついているが、牛乳パックをさらに小さくしたような入れ物だ。


 しかし飲むしかない。ストローを挿して飲む。塩味がするが甘味もある、そんな液体だ。以前、OS-1を飲んだことがあったがあれに近い。塩水と砂糖水を混ぜたらこんな感じかもしれないと思いながら一気に飲んだ。



 夕食よりさらに早い。食事時間は10秒とかからず飲み終わった。することもなくなってフロア内を歩いて時間をつぶす。明日はきっとこんなに気軽には歩けないのだろう。


 食後の腹ごなしも必要なく歩き納めというほど深刻でもないが、今のうちに色々と歩き回って堪能しておいた。


 昨日は鍵がかかっていて気が付かなかったが、コインランドリーや何もない通信室なるものがある。形からしたら、昔は公衆電話でもあったのだろうか。



 病室に戻ると、一般の朝食の時間なのか食器の音が聞こえる。


 きっと食事らしい食事を取っているのだろう。うらやましい。


 ぐーーっとおなかがなっているのがわかるが、しかし耐えるしかなかった。


 気を紛らわせるためにもベッドに横になった。特に調べておきたいこともなく、ネットを彷徨い今日のニュースなどを見て過ごす。


 やばい動画サイトのリンクなどの整理はしなかった。万が一のことはないだろう。



 もうすぐ6時。そろそろ飲み食いはできなくなる。トイレに行くこともなくなった。


 スマホを見つつ時々外を見るたびに少しずつ日が高く昇っていく。



 時々何度か看護師さんが様子を見にきたり、今日の予定の再確認などがあったが、特に腹痛の悪化もなく、順調に時間は過ぎていく。


 そして9時を回った。次にきた看護師さんは折りたたんだ服を持っている。


「これに着替えてください。もう一度下着も変えてください」


 それだけ言うとカーテンを閉めて出て行った。



 ナイトガウンのような服、タオル生地のようなものでできた浴衣といってもいいかもしれないが、どうも手術用の服らしい。


 言われた通りに着替える。もう30分後には手術が始まっていることになるが、特に心境の変化はなかった。


 直前になるともう少しドキドキするかとも思っていたが、不思議と緊張感が増すこともない。仕事のプレゼンなどの方がよほど緊張するかもしれない。なぜかはわからないが、他の人もそんなものなのか。


 隣の患者に聞くわけにもいかず、大人しく案内係の看護師さんを待っていた。



 そして時間がきた。10時5分ほど前だ。約束の看護師さんがきてくれる。


「車椅子で行きましょうか?」


「いや、いいです。ふつうに歩けるし」


「痛みは大丈夫ですか?」


 そう言われるが、痛みもなく歩く方が楽だ。徒歩で移動する。手術関係は地下に集まっているようだ。


 エレベーターを降りてすぐにある両開きの大きな自動扉から中に入ると、奥にスタッフが4人待機していた。


 昨日説明にきたイケメン先生に名前と生年月日を告げる。腕の名前バンドにも朱書きで同姓ありと記載されていた。慎重に確認されるのかと思っていたが、顔などでもある程度判断されているのだろう。これといってそれ以上の確認はなかった。


 もう一人、麻酔担当の女性にも確認される。年齢的にも新人さんに見え、かわいらしく初々しい。手術室は美男美女が揃っているのだろうか。


 2人に導かれて中に入る。中央にライトがその下には寝台があった。ベッドと違うのは足や手の位置にも支えがある。


 ライトは大きな丸いライトが10個弱あるイメージだったが、今はLEDが使用されているのだろうか。1粒1粒が小さく、直径50cm程度の円形ライト全体が光っているように見えた。


 歩いて寝台に腰掛けて横たわる。


 そのまま手をついて横になると色々と計測器をつけられて手足を軽く縛られる。ざっくりと説明を受け予定時間が1時間程度、今から麻酔をすることを伝えられた。


 実は麻酔をかけられる瞬間には興味があった。どんな感じで意識がなくなるのか。粘ろうと思えば少しは粘れるのか。


 まわりが計器に囲まれているのも気になる。安全だということはわかっているが、なんとなく今から人体実験でもされそうな気にもなってしまう。


 手足も固定され、準備が終わったようだ。


 すぐに口元にマスクのようなものがあてがわれた。


「では今から麻酔かけますんで。リラックスしてください。5秒ほどで」


 きた。勝負の時間だ。どんなふうになるのか、実体験する初めての機会にドキドキする。


 マスクをしてすぐ。横たわって真上を見上げているが、ライトや周りの顔がはっきり見えていた。


 1、2。数えて2秒後、見えていた景色の動きが止まったような気がした。静止画の上に、なんとなく立体感がなくなりピントのぼけたような、距離のない平面のような景色に変わる。


「あ、なんか景色がおかしい。これが麻酔にかかるって感じなのか?」


 そんなセリフを言おうとしたが、これがうまく口から出たのかはわからない。


 おそらく最後まで言い切れていないだろう。もちろんもう一度言いなおすことはできず、意識がなくなった。


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