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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
8/22

1日目ー⑧


 しばらくすると看護師さんが交代になった。18時過ぎか、晩飯の後くらいが入れ替わりの時間のようだ。夜の担当ですとの挨拶があり、続けて明日の予定の説明があった。


 

 夕方にイケメン先生がきて(あとから振り返ると彼が美男子No.1だった)その際の説明を思い出す。


 別に彼がさわやかだからというわけではないが、虫垂という耳慣れた手術だからか、不安や緊張はあまりない。寝て起きたら手術が終わっているだろう、そんな感じだった。



 イケメン先生に言われたことはそう多くない。 


 明日は朝6時からは絶食で水も飲めない。それまでは適度に飲んでもよい。


 メインイベントは地下の手術センターで行われ、午前10時に集合。


 行くときは迎えにくる。5分前行動。


 だいたい、こんなところだ。


「移動前に手術用の服に着替えてください。手術室の前室で名前と生年月日を告げると手術が始まります」


 最後にそう言われたことも思い出した。



 同じことを看護師さんが繰り返し説明してくれる。


「明日は時間になったら担当の者がきますので、そこからはご一緒します。それまでに下着をもう一度着替えておいてください」


 ここだけ違っていた。手術用の服を着るだけじゃないらしい。


 夜にシャワーで、朝も下着を交換するのはずいぶん厳重なんだなとちょっと気になった。


 一般的な服、下着を着替えることがどの程度感染症対策になるのかはわからないが、ベストを尽くしてを少しでもリスクを減らしたいのだろうか。それとも単なる気分というか清潔感のためなのか。


 さすがに気分ではしないとも思うが、体調が悪い人が汚すことを考えると、直前で変えたほうがいいのかもしれない。色々と理由があるのだろう。


 数日分のつもりだった着替えが1日目にしてすでに三分の二を使うことになる。どうやら退院までに一度は洗濯しないといけないようだ。



 説明は続く。手術の言葉が出るたびになんとなく身構えてしまうが、看護師さんにとってはこの手の説明は日課なのだろう。毎日繰り返しているのか、淡々と流暢な説明が続く。


「帰りはベッドごとの移動になりますよ。行きは車椅子で行きますか?」


 この今寝てるベッドは空のまま手術室まで運ばれるのだろうか。毛が落ちてたら恥ずかしくなりそうだ。まぁ、この狭い病室に戻ってから移し替えるよりは、広い手術室で移動させるほうが楽なのだろう。


 車いすについてはそう聞かれたが現状程度の痛みでは歩いて行けそうに思う。正直くるときもそうだったがなんとなく過保護な気がする。車椅子は必要ないと伝えた。



 看護師さんが去ると再び静かになった。言われたことを脳内再生しつつ、手術の担当医、紫畑先生の手術方法の説明も思い出す。


 手術は腹腔鏡下手術で行うそうで、全身麻酔での手術になっている。切るところはおへそから上下に切り、お腹を膨らましてするそうだ。


 この場合あまり虫垂の近くを切るとやりにくいらしい。たしかに開けたすぐそばをいろいろと操作するのは難しそうだとなんとなくわかる。おへそから鈍い痛みのある虫垂付近までの長さを測りながら想像した。


 

 手術後はほぼ4時間は安静。その後は徐々に回復とともに圧迫の靴下や心電図、尿管カテーテルなどの器具が取れ、活動範囲が広がっていくらしい。


「手術は虫垂炎の化膿部分が大腸部分まで広がっているか、内部に詰まっている異物がすんなり取れるかで難度が違いますけどね。腹膜まで炎症が広がっていると大変ですけど痛みが強くなる前でよかったですね」


 先生にはそう言われた。


 たしかにそうだ。下手に我慢して病院にくるのが半日遅れて夜間になっていたら検査ですら大変だろう。


 帰宅したスタッフが多いと十分な検査ができないこともあると聞く。下手すると診断そのものが翌日になっていたかもしれない。そうすると化膿部分がその分広がっていくことになる。


 体調がおかしいなと思ったら、思い切って休みを取ることも必要と思える。



 この頃になると職場や知り合いにも連絡を取り、今日一日の状況を説明できるようになっていた。

 周りでもこうした手術経験者はちょこちょこいるようで、アドバイスらしきものがもらえた。


 虫垂炎切除は周りでも経験者がいるし、失敗するリスクはほぼないと聞け安心できる。術後の腹が痛かったなどの体験談を手術の先輩たちから脅し混じりに聞くはめになる。


 ただどの程度の痛みなのかどうなるのかが具体的にわかり、それがかえって安心に繋がるのか、初手術ではあるが適度な緊張程度以上のものはなかった。


 耐えられないほど強いものではないが腹痛が続く。食事やその後の検査も終わる。スマホで調べた手術の様子や術後の体験談も概ねそうなっていた。



 時間はまだまだある。病気そのものから離れたお金や退院後のことも調べた。生命保険の手続きの方法や高額療養費についてだ。


 特に高額療養費、健康保険に入っていると一般的には食事代などを除いて、1月あたりの一定額以上の医療費には金額の還付がある。


 その他の費用、食事や衣服の着替え代、その他もろもろを入れても、通常はおそらく10万円を超えることはなさそうとの情報が得られた。友人からの情報でもそのくらいだ。


 金銭面については目途が立ちそうで安心できた。


 続けて生命保険での手術関係の一時金などを調べてみた。『虫垂炎』は耳慣れた言葉ではあったが費用面というか手術のランクを見てちょっと驚いた。


 実際なった人もいるからだろうが、手術時の一時金などの扱いでは決して簡単なわけではないことがわかる。


 大腸ポリープなどはなんとなくイメージの問題かけっこう大きな手術だと思っていたが、区切りからいくと一番簡単な部類らしい。もちろん心臓へのカテーテル導入などの高額な手術もある。


 虫垂炎は扱いとしては3段階にすると真ん中の扱いになるようだ。簡単でも高難度でもない一般的な手術ということになるのだろうか。全身麻酔というところから、負荷としても高いということがわかった。


 最後に入院計画書を見直し、入院期間は今日を入れて6日間であると再確認もした。



 調べることも調べ終わって時計を見た。

 

 8時だ。まだ、いつもなら夕飯も取っていない。今日はバタバタしたことや手術と言うイベントを前にした興奮のせいだろうか、不思議と疲れておらずまだまだ眠くもならない。


 消灯は9時だがまだまだ時間がある。情報を調べなおしたりしながらゆっくりと時間が過ぎていく。



 9時半で廊下の明かりも消える。一気に静かになった気がする。


 どこか遠く救急車が来る音が聞こえるようになる。病室内の患者さんのうめき声のようなものも聞こえる。やはり自分と同じような痛みのある人がいるのだろう。こういうときは無理に我慢して体力を消耗しないほうがよいということも学んだ。


 腹の痛みは無視できない痛みだが、幸い痛すぎて苦しいということもない。さすがに歩き回る気にもならず、ネット漫画などを読みながら過ごした。



 ふとカーテンが揺れた。


 22時を少し回っている。点滴の交換の時間のようだ。そういえばいつの間にかからっぽになっていた。つなぎ口から点滴のバッグが交換される。


 交換するチューブの中には液体が中途半端に残っていたが、これらは食塩水の入った10mlくらいのシリンジ(注射器のようなもの)で毎回押し流されていた。


 ふと見るとチューブ内には気泡がある。


「え? これって空気ごと押し込むんですか?」


 あまり気にしていなかったが、今までも毎回これで残っていた空気ごと洗い流していたようだ。

 そのたびに冷たい水が体に入っていくのが癖になりそうだった。だが血管に空気を入れてはダメという記憶があり、空気の泡まで入っていくのには驚いた。


「大丈夫ですよー。ちょっとくらいなら静脈内で溶けちゃうんですよ」


「え?」


 ほんとかと疑問に思うが、看護師さんが言うならそうなのだろう。


 そのあとも少し雑談していたが、これはけっこう衝撃的だった。会話中も頭は血管の泡に向いている。


 看護師さんが戻っていったあと、早速スマホで調べてみる。


 色々な情報があったが、静脈なら気泡10ml程度までなら問題ないといった記事があちこちで見つかる。


 10mlといえばさっきのシリンジが全部空気だったとしても問題ない量だ。そういうものなのか。安心はしたが、これはまったく自分の認識と違っていた。虫垂炎になった以上の衝撃だった。


 だから点滴が空になっても急いで戻ってきたりしないんだなと納得するし、チューブ内にもちょこちょこ気泡があっても誰も気にしなかったのだ。



 その後も似たような医療情報を探したりするが、まったく眠くならなかった。


 ただ点滴のせいか水分は取っていないわりに、わりと定期的にトイレに行く。



 病院、病室内はほとんど臭いらしいものはないが、トイレだけはなんというか独特の病院臭のようなものがある。


 薬を飲んでいる人が多いからなのか、それともアルコールではないが消毒などのせいなのか。


 どこの病院でもある臭いではあるが、トイレに行くたびにこの独特の臭いが刺激になり、それも眠気を遠ざけていた。

 


 結局寝たのは午前3時頃、それも時間がさすがにまずいと思って強引に目をつぶって寝ようとしたからだった。


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