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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
5/22

1日目ー⑤

「今だったら、明日すぐ手術できるんだけどね。どうする?」


 迷っているところに追い討ちがくる。


 確かに明日すぐできるというなら、腹が痛いのは今晩だけ。そして復帰までの日数も最短でいけるだろう。手術したことによるリスクはあるが、今後の再発の心配はなくなるメリットも大きい。


 半ば強引に仕事を放棄して退社している身としては、中途半端に終わるよりは迷惑のかけついでにここで一気に終わらせる方がいいかもしれない。


 だが今すぐ切らないと死ぬわけではない。計画的に手術という手もあり、明日から1週間いませんと宣言する勇気がすぐにはでない。


 悩む。


 といっても選択肢は2つ。今すぐ手術としないなら、まわりに根回しして、決められた日に向けて手術の設定をしてもらって、何回か通院とかも必要になる。


 そちらの方がトータルで考えての影響度は大きいかもしれない。


 8ビットマイコン並みの処理速度でいろいろと検討した結果、心は一気に『手術あり』に傾いた。


「わかりました。お願いします」


「よーし、わかった!」


 快諾すると、先生としても予定がうまって都合よく進んだためか笑顔が見える。年配男性の笑顔にさわやかさを求めてはいけないが、お互い、WIN-WINでよい選択となったようだ。


 そう返事すると先生は即あちこちに電話し始める。もう後には引けないことがわかる。もちろん戻るつもりはないが、やっぱり怖いので手術やめますとは言えない雰囲気だ。


 明日手術するんだという気持ちがより固まっていった。



 周りが動き出しと、自分がすることなく手持ち無沙汰になった。じっと座っていると、右下腹部の痛みがさっきまでより強くなっていることに気づいた。バタバタと検査などしているうちは、そちらに気を取られていたようだ。


 痛みを感じるとあらためて自分の体が危険な状態であるとわかる。さっきまでどうするか悩んでいたのが噓みたいに、これで良かった気がしてくる。


 異物専門家、掃除を生業とする身としては自分の体内の異物にも敏感であるべきだ。その分気付きが早く、動ける間にこれたし、痛みもこの程度ですんでいると言えるのかもしれない。不幸中の幸いと考えることにした。


 

 だがそんな放置状態もすぐに終わり状況は一変した。


 今までは病名を特定する検査だけだったが、入院するための手続きが始まる。


 着替えなど後からなんとかなるものは別にして、もう一度アレルギー、薬歴、過去の入院歴や病歴を聞かれる。内容は同じだが必要な手続きなのだろう。形式的に続く。


 ただ先ほどと同じで、過去の入院は病気の経験がなく、お薬手帳なるものも持っていない。ひたすら書類を読み、承認欄に該当なしとチェックしていくだけだ。



 そのとき女医さんがこられた。明日の手術を担当される紫畑先生だそうだ。


 やってくるなり宣告があった。


「鼻の奥から採取します。少し痛いですけど我慢してください」


 右手には大きな綿棒のようなものを持っている。何も言われなくてもすぐにピンときた。例のウイルス対策だ。


 綿棒の先をゆっくりと突っ込まれる。当然身構える。


 これがけっこうきつい。思っていた位置よりももう少し奥まで突っ込まれる。これをずっとされたらおかしくなりそうだ。でも時期的にもこれが避けられないのはわかる。


 我慢できないほどではないが、虫垂あたりの痛みよりはよほどこちらの方がきつい気がする。けっこう何度か出し入れしたり回したり、念入りにされる上、苦痛が時間が経つのを遅くしている気がする。せいぜい10秒も経っていないはずだ。


「もう少し我慢してくださいねー」


 優しそうな声とは逆にぐりぐりと執拗な責めが続く。これを1時間やったら発狂しそうに思える。私がやりましたと自白してしまいそうだ。


 そう考えているとようやく終了した。


 時間にしても30秒弱だ。先生はそれを袋に入れた。すぐ検査するのだろうか、渡された看護師さんはすぐにどこかに持って行ってしまった。



 すぐに次の検査というか確認がきた。


「そうそう、虫歯はありませんか? 取れそうな歯があるとか?」


「え? なんでですか?」


 そういえば、少し緩んでいる歯があったはずだが、まさかの歯科検診だ。なぜこのタイミングで虫歯なのかと不思議に思って理由を聞く。


「全身麻酔の場合は、喉に管を通すんですけど、歯に当たることがあるんです。取れやすい歯だと取れちゃうことがあるので」


 だそうだ。確かにそれならわからなくはない。たしかに麻酔がかかって飲み込めないような状態で歯が喉に落ちたりするとそのまま入りっぱなしになるかもしれない。


 一方でそんな硬い管が喉に入るのかと心配になる。もっとも麻酔中だと気にならないかも知れないが、それでも多少は傷ついたりするだろう。麻酔なしで入れることもあるのだろうか。


「だから、術後の1日くらいは喉の奥がすれた感じがすると思います」


 強引にぐいっと入れてしまうのか。胃カメラとかも似たようなものなのかもしれないが、初めて入れることになった人とかには頭がさがる。



 その後も薬剤師さん、明日の手術中の麻酔担当の方、部屋まで案内してくれる看護師さんなどから入れ替わり挨拶を受け、そのたびに何かしらの書類も記載するように言われた。


 入院の手続き、手術の手続き、手術時の輸血の承諾、そして万が一の時なのか緊急連絡先だ。


 この他には入院中の費用や、個室の有無、食事についてなどの入院時のしおりのようなものもある。変わったところなのか定番となるのか、着替えやタオルなども1日400円ほどでレンタルし、洗濯付きのような申し込みもできるようだ。


 400円/日、1日だと安いようではあるが1週間で3000円ほどになる。寝た切り状態だと助かるのかもしれないが、動ける状態であればもったいない気もする。根が貧乏性なのかもしれない。


 部屋は自分自身はいびきなども気にしないし特に大部屋でも困らない。寝るときはTシャツだけでも十分と考えた。


 着替えは家族がそばに住んでいればもってきてもらうことが可能だろう。


 宅急便でやり取りできるのかは聞かなかったが、宅急便を使えばよほど遠方でない限り、今日のうちに出せれば翌朝届くだろう。あとは洗う手間だけだ。



 そのとき案内パンフレットの中で、目を引いたことがあった。なぜかそこだけ写真付きだ。


 病院食は特別食があるらしい。+300円程度だ。


 虫垂が痛くて本来ならそんなもの食えない身だが、怪我で入院した人が利用するのだろうか? 通常の食事の食材が豪華になりますと書かれていて気になった。


 病院も今時なのか、それとも病院だと食事が楽しみの1つになるからなのか。食べられないとそれはそれでつらそうだが、こうした気配りもあるのはうれしいことに思えた。

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