退院後②
紫畑先生の向かいに座り、診察は最近の状況を聞かれることから始まった。
さっきの質問のような内容をあわせて聞いてみるが、
「走ったり強い運動は無理をし過ぎると、ヘルニアなどになりますよ。お風呂などは普段通りでいいです」
紫畑先生はヘルニア防止が好きなのか、他の看護師さんなどからは聞かなかったが、無理をするとヘルニアは毎回聞いている気がする。
「便はちょっと柔らかめですが、これはふつうですか?」
「そうですね。切ると便秘気味になる人が多いですが、特に問題はないですよ」
「そうですか。たしかになかなか出ないよりはいいですしね」
聞きたいことを順に聞いていった。
しばらくすると診察台に横になるように言われた。シャツをめくり軽く触診もされる。おなかのしこりを見られたが、キズの治りもきれいになおっているらしい。
確かに自分でも切った皮膚のつながり部分が滑らかになっていることがわかる。ほぼ段差がなくなり、皮膚の色も黄色い黄疸食から、うす桃の肌色に変わっている。
「このしこりは、まぁ普通ですね。切ると暫くは硬くなってますが、治るにつれて徐々に柔らかくなっていきますよ。大丈夫です」
しこりはかなり硬かったが、これも通常の回復過程で起こることらしく、問題ないようだ。
その後もいくつか問診があったがそれ以上の診察はなく『経過良好、問題ありません』となった。時間にして5分くらい。病院の診療は30分待って3分で終わるという定説を証明することになった。
薬も特に出ることもない。便秘でなく、水分の吸収力が落ちているからかゆるいくらいで、それ系の薬もいらないし、抗生物質も先日の処方分を飲み切って終わりとなっていた。
それでいいのかとも思ったが、吐き気で始まった虫垂の異常はおそらくこれで終了で、あとは体力の回復を待つだけだろう。今後は傷が開いたとか出血したとかがなければ、以降の診察は不要になった。
安心して自宅に帰り、通常の業務、生活をする。在宅勤務はちょっと何かあってもこっそり休みながら仕事ができる。とても便利だ。
一方で家にいると本当に動かない。万歩計だと、何もないと一日で500歩とかも珍しくない。トイレと冷蔵庫しか往復しないから当たり前といえば当たり前だが、正直、通勤という名の運動がいかに影響力があったかを思い知ることになる。
職場だとトイレに行くだけでも、歩数がずいぶん違う。これはこれで体力低下になるように思われた。
週末になり先週と同じように運動してみた。
腕立て伏せはお腹にそれなりに力が入るためまだ早いような気もしたが、20回くらいまでできるようになっている。
それにより回復が実感できたこともあって、再度自転車に乗ってみた。
先週は少しすると痛みはないものの、お腹にはそれなりのダメージがあるような気がした。なんとなく気分が悪くなったりもしたが、今日はほぼ何も感じない。2週間以上経つとかなり傷も回復しているようだ。だが、まだ湯舟に浸かる勇気はなくシャワーの日々が続く。
以前の虫垂炎になった人の話などを聞くと、体育の授業なども1ヶ月程度休んだという人が多い。まだもう少しは無理をしてはいけないと思い、自重する日々が続いた。
3週間目になると、お腹の膨らみが少し収まってきたように思えた。ズボンのベルトが少し緩む。先週ほど、お腹周りも圧迫されなくなっていた。
自転車のこともあり、今までのようなすり足の走りではなく、それなりにしっかり走っても痛みも何もない。100mくらいを軽く走ってみた。黄色信号で交差点を渡る際の駆け足程度とは違い、それなりの距離になるが特に問題ないようだ。相変わらず睡眠時間は多いが、体力的にも随分戻ってきているのがわかった。
そして1ヶ月。ちょうど30日目で、我慢していたジョギングをしてみた。信号点滅で軽く走ったりはしていたため、10m程度のごく短距離はすでに確認済みだ。
100m程度であれば、走ってもほぼ何もない。もともと多少はジョギングをしていたので、この程度なら息が切れることもない。
そのまま2㎞ほど走ってみたが、ほぼ問題らしい問題はない。息があがることもなく、無難に走れている。
どうやら以前と同じ程度の負荷での運動はできそうに思えた。だが、走り終わってタイムを見ると、明らかにタイムが違っていた。遅い。2割増しくらいだ。それは確かに息が上がらないはずだが、自然とその程度の運動になってしまっているようだ。
自分では同じように走っているつもりだったが、やはり相当筋力が落ちていることはわかった。
筋トレをしないといけない。当面は距離よりも運動頻度とペースアップを目指していかないといけない。マメに運動しようと思った。
1ヶ月を超えると意識的に筋トレをするようになった。このころになると腕立て伏せ程度は以前と問題ない。そして腹筋しても痛みを感じなくなってきた。
5週目になるとジョギングも距離を伸ばしても問題なく、退院後40日を過ぎるころには、タイムこそ遅いものの、依然と同程度の距離は走れるようになっていた。
ウェストも細くなりだした気がする。ベルトが穴1つ縮み、カラダも軽くなったように思う。入院前の体重から-2kgは落ちていた。退院後で筋肉は多少戻っているはずだから、本来なら体重が増えそうなものだ。それにもかかわらず体重が落ちるのは不幸中の幸いなのか、健康的な食生活のためと思われた。
6週目になり、腹筋腕立てが問題なくなり、ジョギングも時折できるようになった頃、久しぶりの湯舟にゆったり浸かることができた。アルコールも少し飲んでみたが問題ない。
炭酸などを飲んでもお腹が張ることもなく、食べ物もまったく問題にならなくなってきた。
このころになると退院後1.5月以上経っていた。
ようやくここまで回復してきた。虫垂炎、簡単そうなイメージがあったが、しっかり治るには6週間、体力が回復するには2ヶ月程度はかかりそうだ。
2ヶ月を過ぎると腕立て伏せも30回は問題なくできるようになり、ジョギングも5㎞程度なら以前と同タイムが出るようになってきた。かなり回復してきたようだ。
手術をしてから元の体力に戻るまでは、ゆうに3ヶ月程度はかかっていた。
やはり手術というものは体力が落ちるのが大きいようだ。何度も手術をするような大きな病気になると一気に体力低下を招くことが実感できた。
これからは体調に気を付け、普段から運動にも気を付けて行こうとあらためて意識していこうとおもった。