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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
20/22

6日目ー①

 食事が終わり、トイレも終わってすっきりすると手持ち無沙汰になる。


 体調はあれから問題ないが、大腸の働きはいまひとつなのか、便秘どころか水分が吸収しきれていないようでゆるゆるだ。ただ固くなった時のことを考えると当分このままでいい気がした。


 10時まで後1時間、だらだらと荷造りを始めた。シャンプーなどの洗面道具、洗濯後に着ていない服をクローゼットから取り出す。

 

 かさばる荷物が多いが重くはない。小さいカバンに無事詰め込み終わった。


 ただこの数日ペットボトルが持った中で1番重い物だ。しかも廊下を歩き回ったとはいえ、家までに比べたら距離も短い。


 少し不安もあってカバンをゆっくりと持ってみた。5kgくらいだろうか。重さは問題ないようだ。ただカバンが弾んだ時にボディ攻撃をくらい、一度大きなダメージを受けた。


 ちょうどカバン本体、特に金具の位置がピンポイントで脇腹にあたる。普段気にしたこともなく、油断していた。


 カバンの追加攻撃からボディが癒えるまで10秒ほど硬直する。思った以上に効いたが、それ以上の追加効果はなかった。


 

 一段落すると外に出られる服に着替える。


 6日前に着てきた服だ。久しぶりにベルト付きのズボンを履く。ボディ攻撃を受けたばかりだがベルトもちょうど虫垂のあるあたりの上を通る。



 ベルトが当たって痛いということはないが、鞄を持つ前に着替えれば防御力が上がったかもしれない。順番を間違えたかと思った。


 着替え終わってあらためてクローゼットを見る。当たり前だがもう何もない。


 荷物がなくなると自分の場所ではなくなったように感じる。なんとなく退院する実感が増してきた。


 色々あったことを思い出すと少し寂しい。感傷的になってしまった。


 手術後の動けない4時間はとにかく長かったが、6日間もすんでしまえばあっという間だ。

 


 帰る準備が終わったところで支払いに行く。廊下に出て階段に向かう。階段を使うのも6日ぶりだ。


 今日も休日だからか階段は工事をしていた。先日も検査室に覆いがかかっていて工事をしていたが、休日はいろいろとメンテがあるのだろう。


 配管の工事のようで、特に珍しくもなさそうだ。


 エレベーターでもいいがなんとなく階段を使いたくて避けながら通った。


 今までは患者でありフロアを出られなかった。この間もおじいちゃんが降りようとしてえらく怒られていたこともあった。


 それは仕方ない。万が一でも感染するとフロア全員が壊滅する。


 だが当然階段を降りても今は何も言われない。どのくらいしんどいのかも見たくて、ちょっと自分も使ってみたかったのだ。


 段差を降りる衝撃くらいでは痛みはない。何度か昇り降りしてみるがキツくもない。まあ寝ていたのは2日ほどだ。そこまで筋力は落ちていないようだ。



 休日の一階は閑散としていた。何かしらの事情できている患者さんの身内らしき人が3人いるくらいで、ほとんど人がいない。


 急患などもおらず待合場所も誰もいなかった。


 もちろん精算機の前にも誰もいない。今日精算機を使う人は休日の急患、めちゃ高い診療加算パターンか、自分のように本日退院かどちらかしないない。


 他の退院予定者はもう少しゆっくりしているのだろうか? 


 

 支払い機は近づくものの気配を感じ臨戦体制に入った。なかなかできるやつだ。

 治療も終わり覚醒した新型の身としては、言われなくても操作がわかる。支払い自体は簡単だった。


「診察券をお入れください」


 機械から声がかかり、言われた通りにする。


 診察券を入れると勝手に精算が始まる。いろいろと計算しているがそれも30秒ほどで金額が出てきた。


 明細、合計金額とも変わっていなかった。


 先日の時点である程度織り込み済みなのか、誤差の範囲は吸収してくれるらしい。


 そして前回明細を事前に見せられた時も気になったが、検査代15。150円なのだろうか。


 一体なんの検査なのか。しかも他にも色々検査しているが、それらしい検査代はない。


 例のウイルス検査かもしれない。定番の虫垂炎の流れにそわない追加の検査はこれくらいだ。


 聞けばわかるんだろうが、結局聞けずじまいだった。それにしても安い検査には違いない。



 クレジットカードを差し込み暗証番号を入れると無事支払いは完了する。領収書、印刷された明細書、そして退院許可証を手に入れた。


 ここ最近でもっとも大きな支払いだ。引き落としまでは時間があるが準備をしておかないといけない。



 続けて出てくる退院許可証、どんなものかと期待したが、明細書の端に『退院許可証』と書かれているだけだ。患者番号かIDのようなアルファベットの羅列があるだけだ。


 まあ偽造するものもいないのかもしれないが偽造できそうなくらい印刷しただけだった。



 すぐに2階に上がり事務員さんを探す。許可証をビリッと切り取ると、入院の書類らしきものの隅にペタッと貼った。


「はい。いつでも退院いただいていいですよ」


「いつでもいいんですね?」


「はい。11時までくらいでお願いします」


 特に感動の退院を期待してはいなかったが、食堂で食べたらありがとうございましたと言われるのに近い素っ気なさがあった。それはそれで別に構わないのだが。


 戻って少しくつろごうかとも思ったが、すでに着替えた身としてはベッドに横になる気にはなれなかった。


 最後の余韻に浸ろうと思ったが、それも2、3分。スマホを見ているだけなら、結局家に戻ってからやればいい。そろそろ帰ろうと思った。


 カーテンを開けて出る前に、今までいたベッドを一度だけ見る。忘れ物もなく、ここにはもう戻らないことがわかる。


 向かいのベッドの人と目が会った。こちらがふつうの私服になっているため退院はわかっただろうが、軽く会釈しただけで、特に言葉はかわさなかった。


 通路に出るといつも手を振っているおばあちゃんがいた。今日も手を振っている。


 初めての時は呼ばれているのかと近寄ったら、『トイレ連れて行ってください』と言われたおばあちゃんだ。あの時は看護師さんを呼びに行ったこともあった。ナースコールは手袋をしているから呼べないとわかった。


これも記憶にある。


 そんなことを思い出しながらナースセンターの前を通る。会釈して、退室の旨とお世話になりありがとうございましたとだけ告げた。特に挨拶するでもなくそのまま階下に向かう。


 意味もなく廊下を逆回りして、検査室などを眺めて回る。ここもここも入ったよなと思いながら見て回るが今は誰もいなかった。


 やがて入口前の受付に着く。先程精算時にきた機械の前を通り、自動ドアを開けて外に出た。


「あー、これで休暇も終わりかぁ」


そう呟きながら1週間過ごした病院を振り返る。


 もう虫垂はない。ということはあの痛みを味わうこともない。


 病院暮らしも終わり少し寂しい気もしたが、完治したという安心に晴れた空のさわやかさも加わり、言葉では言い表せない解放感があった。

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