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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
18/22

5日目ー①


 昼食の時間だ。頼んでいた特別食の本領発揮、メニューは牛とじ丼だ。副食の野菜とみそ汁もついていて完璧だ。見ただけでも肉もたっぷりで期待できる。問題は吉野家の倍の値段だということだけだ。


 もちろん期待いっぱいで箸をつける。


 美味しい。しっかり味もついている。


 ただ一度すき焼き風を食べてはいるが、手術後に半熟の卵や牛肉がどの程度食べられるのかは少し心配だった。特に生卵などは消化が大変なイメージがある。


 まぁ胃を切ったわけではないし、腸も無傷だ。


 大腸がもしかしたら少し影響があるかもしれないが、あったとしても水分関係の影響が大きいと考える。

 

 消化不良のリスクは少ないだろうと判断し、しっかりと食べることが自分の中で決定した。もちろんちょっと考えてみただけで、少々リスクがあっても食べないという選択肢はない。最大限配慮した場合は、しっかりとよく噛んでみようくらいだ。


 ちょっと味が濃く感じる。病院食に慣れたからか、それとも特別食ゆえの塩分多めの濃い味付けになっているからか。それでも濃すぎるということはなく、バランスの取れた味付けだった。


 結局美味しさもあって5分とかからず完食してしまった。



 食べ終わって薬を飲むと、もうあとはすることがない。食った分だけ動くため、ひたすら散歩などの運動をしながら過ごすしかなかった。


 歩き始める。休日は往診などもなく、リハビリ室なども閉まっているため廊下は閑散としている。歩き回る数人の顔見知り以外は特にこれといった人たちはいない。看護師さんですら見かけないくらいだ。



 ただ名前は知らないが顔だけは知っている人たちはいる。


 特に挨拶するわけでもなくすれ違うだけだが、時折目が合うだけでなんとなく仲間意識ができてくる。


 あの人たちも頑張っているのかな思うと、もう少し自分も頑張って歩こうかなと思えた。


 おそらく相手もそう思っていると勝手に思い込んでみる。時々目線が合うことがあるのもそのためだろう。


 よく会うちょっとごつい兄さんの腕を見ると、彼の腕からもカテーテルを束ねたものがなくなっている。どうやら同じようなタイミングで退院のようだ。自分の知る限り、このフロアでもっとも元気そうなのが彼だ。洗濯しているところも見た記憶がある。


 一体何で入院したのか気にはなるが、歩いているということは骨折などではないのだろう。病気系だとはわかるが、もちろん話しかけることはない。体格がいいからカテーテルをしていたところを見ていなければ見舞いの人と思っていたかもしれないくらいだ。



 そして今日は休みだからか、設備の清掃などが行われていた。


 エアーフィルターから何かが垂れ落ちていたらしく、枠を外してメンテナンスをしていたり、室内にビニールのカバーをかけて何やら工事もしている。


 掃除屋としてはどんな掃除道具を使っているのか興味があり、それとなく観察する。


 掃除機を見ると、これは日立製のULPAフィルター付きの掃除機。一目でわかる風貌、こいつは超強力だ。


 クリーンルームなどでも御用達で、大きな円柱型のフィルターがついている。さらに排気で床のゴミを巻き上げないように排気の風速も抑制されており、細部まで気配りができていた。


 当然のようにモーター部分の前にも後にもフィルターがあり、モーターの動作による異物すら出ないようになっている。世の中の10万以上する家庭用掃除機ではふつうに掃除機の後ろにゴミが出るが、これだけは別格だ。


 当然この掃除機の後ろはマイクロメートル単位のごみは0だ。恐るべき威力で価格も安い。8万も出せば手に入ってしまうのだ。


 本気で掃除でゴミを取り除こうとするなら吸気用のモーターの後ろにフィルターがないといけないが家庭用ではほとんど見かけない。そしてサイクロン式はどうしても一部の微小なゴミがモーター内に吸い込まれて中にたまっていくのが致命的だった。


 フィルターの値段が3万円越えと、価格の4割近くする恐るべき掃除機だが、以前調べたがこいつなら完璧だ。排気する空気で床のゴミを巻き上げないように配慮もされている。


 唯一気になることとしては、もともときれいなところを掃除するための掃除機だから、病院みたいないい環境だといいかもしれないが、家だとフィルターがすぐに目詰まりしてしまう可能性があることくらいか。


 以前調査したときも排気口から出てくる異物の数値は0。ハウスダストや小さなダニ類も取り切れる結果が出た。


 中途半端な家庭用掃除機を買うくらいならこれを買うべきと思っていたが、こうした異物を気にする場所ではどこでもこれを使っていた。


 あとは面倒がらずにマメに紙パックを交換しておくことと、サイズが少し大きいため保管場所がいることがネックになるくらいだ。ついでに言えば、ランドセルタイプで背中に背負うタイプもあるらしい。



 その後は天気がいいので談話コーナーでまったりしながら時間を潰す。周りには似たような人がパラパラいる。結局みんなスマホだが、ここは特有の臭いもなく、ゆっくりできる気はする。


 そうしていると自分を探しているらしい女性に気づいた。服の色が違う、白い看護師さんではない。誰かと思っていると服縞さん、薬剤師さんだったはずだ。


「ここにいましたかー。探しましたー」


 昨日の看護師さんほど探知能力は高くないらしい。だが好感度ランキングはトップだ。何やら紙の束を持ってテーブルの向かいに座った。


「え? なんかありましたっけ?」


「はいー。 お薬が追加になりました。明日退院と聞いているので、今日のうちに説明にきました」


 職務で決まっているのだろうが、変わるたびに説明も大変そうだ。おまけに休日に病院にいるということは出勤日もシフト制なのだろう。彼女も大変だ。


 お薬手帳も更新してくれており、体に優しいカロナール錠が追加されていた。刺激ではなく量を増やすタイプの薬だ。そのことを丁寧に説明してくれ、もともとある抗生物質はしっかり飲み切ってくださいと念押しをされた。


 薬の説明はすぐ終わった。どうやら退院後の便秘などを想定した薬の種類が変わったようだ。退院後に気張るのは怖いと言ったから配慮してくれたのだろう。



 あのよくわからない薬名とかよく覚えられるなと感心する。無機の物質名みたいにある程度ルールがあるのだろうが、ローマの皇帝並みに意味不明な名前にしか思えないものだ。



 ノルマだろう説明が終わると、平日ではないことでそこまで忙しくないのか、そのまましばし雑談する。


「痛くはないですか?」


「うーん、腹筋とかしなければほとんど感じないなあ」


「痛みに強いんですか?」


 確かに盲腸は痛いと聞く。何人かから痛くないのか、痛みに強いのかと聞かれた。もちろん痛みを感じるときは感じるし、幸いなのか通院前も手術までも激痛にのたうちまわるということはなかった。手術後もうっかりバランスを崩して反射的に力を入れたり、おかしな体勢にならなければ痛みは感じなかった。


 どちらかというと排尿の管などのほうが痛かったくらいだ。


「まぁ、痛みの程度は人によるらしいですしね。切除するのは腹膜炎などが疑われる緊急時が多いですよ。歩くことすらできないほどの激痛の方もいますし」


「そ、そうなのかな。歩いてきたし、そのあとは薬を飲んでいたからそんなものかと思っていたよ。手術も空いてるから次の日やろうかって感じだったし」


「運がよかったのかもしれませんね」


 だそうだ。腹腔鏡は楽とはいえ回復まで1週間程度かかることを考えるとタイミングもよかったのだろう。


 実際ほかの看護師さんもやたら車いすを持ってこようとしたり、手術室に歩いていくと言うのも微妙そうな顔をしていた。結局車いすに乗ったのも、急患室から病室に移動した最初の一回だけだ。


 それだけ話すと服縞さんは仕事に戻っていく。残念ながらマスクなしの素顔を見ることはできなかった。


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