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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
15/22

4日目―②


 ベッドに戻って横になっていた。


 トイレの失敗に対する安心度が高くなってきている。もう失敗することはないだろう。


「尿管に管入れた時に傷がついていると真っ赤なおしっこが出ます。その時はすぐ連絡ください」


 幸い、連絡をする機会がくることはなかった。


 当初はそう看護師さんに言われ、血粒が出ていた間はどうなるのかとけっこう気になっていた。だがそれも回復し食事の消化も目途がつくと、次にくるのはやはり経済的な話だ。


 数日程度であればなんとかなるが、それでも日々出ていくものは当然ある。お金の話が気になったからもう少し調べてみた。


 虫垂炎の腹腔鏡手術の費用的は高額ではないが安価というわけでもないようだ。腹膜炎がついてくるか、虫垂だけなのか、大腸側まで切除するかでけっこう費用も変わるようだが、おおよそ20-25万程度(3割負担)だった。


 ここから国の高額医療費の補助があることは知っていた。一般的には9万弱で上限になる。それ以上は基本的にそう大きくは変わらない。


 普段の健康保険は割高にも思うが、こういうこともあると安心料と思える。厄介な時にも上限が用意されていると思うといざというときに助かる。


 ここは素直に感謝した。


 なんの準備もなく青天井で費用がかかるとなると、考えたくなくなってしまう。海外で医者にかかるとそういうこともあるらしいが、おそらく食費や服、入院に備えてコンビニで買ったものを入れても10万以下だろうと予測できた。



 タイミングがいいのか、概算が確認できたタイミングで女性の事務員さんが訪ねてきた。ここに看護師や薬剤師などの師がつかない医療関係者がくるのは初めてかもしれない。


「少し早いですが、退院時の話に参りました」


 考えることはどっちも同じようだ。退院後のことについては、体調が良くなり出した昨日くらいから自分も考え出していた。


 内容は退院時の手順についてのようだ。


「まず退院時は入院時に預かった診察券をお渡ししますので、一回受付横にある自動精算機で支払いを完了してください」


 そういえば一回の受付の横に大きい支払い機が並んでいた記憶がある。最近は現金だけでなくクレジットカードなどで払えるようになっているらしい。なんの機械か気になっていたため記憶に残っていた。


「それが終わると明細書と退院許可証が発行されるので、それを持ってこのフロアの事務センターに来てください。それを書類に張り付けることで退院できるようになります」


 そう言われた。確かにお金を払わないといけない。しかもちょっと外来で診察しただけじゃないため、1万やそこらではすまないだろう。検査もしているし、数日の入院だ。


 ネットで調べた範囲では20-25万程度になるはずだ。



 身構えているとふと思った。普通そんなに現金を持って救急車には乗らない。財布を持った状態で運ばれたとしてもせいぜい数万だろう。下手したら保険証や銀行のキャッシュカードすら持っていないかもしれない。


 一階にコンビニがあったからATMは中にありそうだ。カードがあれば下ろせるだろう。だが自宅に置いていたらどうするのか。こういう時は近くに信用できる身内か通帳を預けられるレベルの友人がいないとキツいと思った。


 遠い親戚や一般的な友人だと、預けた金をパクられそうな不安もある。親戚がいつの間にか親の金を引き出していたなどという事件は情報サイトなどでもよく目にする。弁護士ですら、そういう事件の話を聞く。


 1000円、10000円ならそうでもないかもしれないが、50万、100万だとどうころぶかはわからない。しかも入院している身となると取り返しにいくこともできないだろう。


 さらにもっと厳しいのは手持ち(口座内含む)が足りない場合だ。


 保険証が使えて3割負担にできたり、生命保険で対応するにしても一時的には手持ちが必要だと言うことは誰にでもわかることだ。



 そんなことばかり考えて、細かい話のことはあまり聞いていなかった。何やら薬の名前とか何をしたかとかの話が続いていたはずだが、覚える必要はないと思える。


「……ですので、保険証を使った場合ですと合計は約22万円程度になります。明細は明日持ってきます」

 

 退院前に金額が確定するのか? これはけっこう驚いた。まだ、数日残っている。もし追加で発生した場合再計算になるのか? 普通に考えたら使った分だけ払うはずだ。逆に言うと、見込みで大目に計算されているのかもしれない。

 

 昨日も服とお腹が擦れて当て布がわりのガーゼとテープをもらった。まあこの程度は誤差のうちかも知れない。大きな怪我など具体的な症状が出たら見直しはあるのだろう。



 だが事務員さんの説明目的はどうも違うようだ。金額よりは払い方の話が続く。


「限度額適用認定証を持っていますか?」


「なんですか? それは」


「お持ちではないのですね? わかりました」


 最初に聞かれたことは認定証の有無だった。医療費は一定以上になると補助が出るのは知っていたが、事前に申請していると支払いの限度額が考慮され、支給を想定して足りない分だけ払えばよいらしい。


 知りませんと伝えた時点でその説明はあっさりと打ち切られてしまった。もちろん事前に申請がいるわけで、虫垂炎含め医者にかかることは想定していない。計画入院のような場合には便利なのだろうが、大半は持っていないだろう。


 だが事務員さんの懸念はもっともだ。一時払いだと心臓などの高額手術だと、3割負担でも100万円程度のものもあった。たしかにこれを補助なしで一旦支払うとなったらすぐに準備するのは難しいかも知れない。


 今回も20万ちょっとであるが、現金でとなるとなかなか面倒だろう。持ってきてもらうのも大変だし、受付で札を数えるだけでもなかなかに面倒だ。


 特に手持ちがなかったときはどうなるのだろうか。


 銀行や郵便局などでローンは組めるのかもしれないが、それも1日や2日では支給されないだろうし、そもそもその申請自体も銀行などの担当者にきてもらって、返済についての審査をしてもらわないといけない。


 実際他の病室にもたくさん患者さんがいるが、みんなはどうしているのか気になった。まぁ、気になっても教えてくれるわけではないのだが。


 そう思っていると事務員さんはそのあたりについても何か資料を持ってきてくれていたようだ。それぞれ名前がついたプランをいくつかリストアップして、こんな方法もありますがどうしますかと教えてくれた。


 少し心配そうな事務員さんだが、確かに急患での入院なら取るものもとりあえずで運ばれてきている人も多いだろう。病院の提供したものに対して費用をもらう、商売ではないだろうがここが一番大事なところなのもわかった。


 まだ肝心な資料の中身の説明はしていないので、どのプランの説明がほしいのかという表情にも見えた。


 幸い今回は財布を持ってきて入院しているため、クレジットカードがいつも入っている。今回はそれで払えるなら問題ないはずだし、説明を聞いてもそれらのプランを使うことはないだろう。



 高額療養費の事前申請は興味があったが、これもなんとなく矛盾している気もした。すでに持っていたらの話であって、今さら聞いたところで数日なら間に合わない。それなら後からでも自分で調べられるから聞く必要もないと思えた。


「じゃあカードで支払いできます。それでいいですかね?」


「それなりの金額ですが、限度額は大丈夫ですか?」


 念押しをされる。確かにカードもいろいろあるから大変だろう。無料カードだと限度額が低いものも多い。


 病院もボランティアではないから、毎日この手の確認をしているのだろう。事務員さんの気苦労が偲ばれた。


 事務員さんとはいえここは安心してくださいと言えてほっとする。病弱な身ではあったが、病院にきて初めてできる男をアピールする機会がやってきた気もする。


 もう一つ、迂闊に知りたいと返事をすると、おそらく規定に沿った説明が長く続く懸念もあった。


「大丈夫です!」


 力強く宣言する。幾分気が楽になったようにも見えたが、


「そうですか。ではあとで明細を持ってきます」


 特段好印象という反応でもなく、それだけ言うとすぐに出ていった。なんとなくそっけない気がするが、まあ払うべきものを払うだけで当たり前ではある。


 事務員が事務的なのは当たり前だろう。妥当な反応なのだろうと思った。


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