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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
14/22

4日目ー①

 翌朝、6時の検診で目が覚める。


 ストレスなく寝て起きているなら理想的な気はする。時間が短くてもこれでいいのかもしれない。


 ただ今朝の6時の検診では体温が上がっていた。37.2℃。大して熱が出たわけではないが、いったん平熱まで下がっていただけに気になる。


 これといって思い当たることもなく、もちろん聞いてみた。


「炎症が治まったわけではないので、そのくらいは普通ですよ。むしろ正しく体が反応していると思います」


「そうなんだ。昨日歩いたから、無理し過ぎたかと思ってました」


 傷でも開いたかと心配だったが大丈夫そうだ。


 まぁ、そうだろうとは思っていたが、どの程度が適正で、どこから無理になるのか不安にはなる。正しい動きならそれはそれでいいが、適度に運動してくださいの適度がわからない。



 そして便通の問題も気にはなる。


 まだ時間的には焦らなくてもいい段階だ。


 昨日からそれなりに食べているが、だが時間が経ってなかなか出なかったときに力めるだけのパワーが今のお腹にはない。ガスは出ているから頑張って動いているのはわかるが、これも不安要素ではあった。



 逆に虫垂周り、右わき腹は押されてもほぼ痛みは感じなくなった。本来切って縫ったのはこの辺りで、もっと痛くても不思議はないが、本拠地は完全に壊滅したようだ。


 その逆にヘソ周りはまだ力を入れるとかなり痛い。起き上がりに気をつかえば痛みはほぼないとはいえ、間違っても腹筋などできない。



 手術後で丸2日が経過。生活面では痛み軽減も踏まえて回復を実感するが、治りの早いところと遅いところで回復の差が大きい。


 便通、発熱、食事時の吐き気(食いすぎ感)など不安な面も入り混じっていた。



 8時前、朝食が運ばれてきた。もう完全に普通食だ。


 食べきれるか心配ではあったが、朝だからパンと牛乳で食べ合わせはあっている。


 ごはんと牛乳とは違い食べようという気になり、食欲が感じられる。昨日の食べた直後のむかむか感は気になったがゆっくりと食べ始めた。


 食べ始めてすぐ気づいた。昨日と違う。


 一言でいえば、美味しい。


 不思議に食べてもつっかえたりはしない。パンにジャムをつけて食べ、牛乳を飲む。


 食べ合わせのせいなのか、それとも味が薄味だから食べやすいのか、すんなりと入る。


先ほどの不安は一気に解消し、なんとなく食べられそうで安心する。薄い酢の味つけのブロッコリーが食べにくかったくらいだ。


 この病院はブロッコリーが好きなのだろうか。しかも茹でて酢漬けで凝った味付けではない。


 ブロッコリーは結局そのまま食べるかせいぜいマヨネーズくらいしか味付けが思い浮かばない。これからも続くのだろうか。そんなブロッコリーについて考えている間にすぐに食べ終わった。


 食べ終わった頃にお茶も届く。たまたまかもしれないが、牛乳とお茶のタイミングがずれているところも気配りに思える。玄米茶だそうだが、これも匂いや味も気にならずに飲めた。


 消化器というのか、食事は普通に食べれるところまで戻ったのだろうか。


 食べなかった期間はせいぜい2日だったから、そう戻るのにも時間がかからないのかもしれない。


 それでもまた吐き気がするかもしれない。食べ終わると念のため昨日と同じように消化を助けるための運動をすることにした。ゆっくりと起き上がり、腹ごなしに散歩に出た。



 立ち上がる時ちょっと気になったことがあった。


 たまたま触れただけだが、ヘソの上の切り口がこぶのようにかなり固くなっていることだ。


 さらにそこが出っ張っているからか、歩くとちょうどシャツをひっかけるようで擦れる。


 これが意外に痛い。ちょっと歩くだけで赤くなっている。


 傷痕のガーゼはすでにつける必要はなくなっていたが、こすれ防止のため脱脂綿をテープでとめてもらい、はずしたガーゼと同じようなものを作ってもらった。



 歩き回っていると病室からはまだ食器の音が聞こえてくる。周りは食事中のようだ。配膳中で食べ始めてすらいないところもある。ずいぶんと時間にズレがあることに気づいた。


 その作業を横目で見ながらのんびりと歩くがここでも回復を感じる。昨日とは違い背筋を伸ばすことができ、歩いていても段々と前かがみになっていくこともなかった。


 結局調子にのって30分ほど歩くが、吐き気やむかつきがでることはなかった。



 さすがにこれだけ歩けばいい運動になったはずだ。いったん病室に戻ろうとしたが、そのときあるものを感じた。


 きたきたーー。待ちに待っていたものがくる。


運動したからもあるのだろうが、慌ててトイレにかけこんだ。


 あきらかに便通の兆候だ。このタイミングを逃してはいけないと速やかに行動する。日頃の行いのおかげで、もちろん満室などということはない。


 もう一つの不安要素、硬さについても問題はなさそうだ。


 お粥はまだしも普通のゆで野菜を食べていたため硬いと大変だろうと思っていたが、塊になるかならないかくらいで、逆に言うと十分に水分が吸収できていない状態だった。


 そして昨日までは小のときにちょこちょこ出ていた血粒も今朝はでなかった。


 合格点だ。腹のキズの痛みはまだまだだが、消化器系の懸念事項が一気に解消し、晴れ晴れとした気分になった。



 気分が一気にあがる。今日はひたすら回復を実感している気がする。心なしか足取りも軽くベッドまでささっと歩け、軽くスキップ状になったがこれも問題ない。そしてそのまま勢いで腰かけた。


 ドスッ


「いたっ」


 もちろん衝撃は腹の傷にダイレクトに伝わり、一気に痛みを感じる。


 消化系は元気そうだが当たり前だが傷はまだだ。一線の位置が変わっただけで、超えてはならないところはまだまだある。慌てて調子に乗ってはいけないと自重した。


 そのまま寝そべる。リクライニングベッドに手、肘をつき、無理な体勢にならないように気を使ってゆっくりと横になった。


 それでも痛みは残ってはいるものの痛みの治まりは速かった。10秒程度でまた元の痛みのない状態に戻る。


 ここでも回復の兆しは感じ取れた。回復がさらにがんばろうという気持ちにさせてくれる。



 しばらく休んでまた歩きにいく。病棟散歩も慣れてきた。慣れてくるとなんとなく見えてくるものもあった。

 

 明らかに自分よりも若そうな男性がいる。彼も入院している以上は何かしら病気なのだろうが、自分よりはるかに元気そうだ。ちょっとぽっちゃり気味ではあるが、彼もリハビリ中なのだろうか。散策していると何度もすれ違った。


 一方で手すりに掴まって必死に歩いているおじいちゃんがいる。


 自分が一周歩く間にも大した距離は進めていないが、おそらく全力に近い筋肉の負荷なのだろう。頑張り具合、意志の強さはきっと何倍もあるように思える。


 自分も丸2日くらいだったから大して筋力も衰えてはいないが、これが何週間も寝ていたら、歩くのに四苦八苦しているおじいさんと同じくらい体力が落ちている可能性があっただろう。


 たとえ退院してもしっかり運動しなければと思えてくる。 


 他にも歩いているだけではなくいろんな人がいる。


 病室の前に椅子を持ってきて座っている人は、顔を覚えたのかこちらが通ると会釈してくれるようになった。たいていここに座っているところを見るとここが指定席なのだろうか。こいつまた歩いとるわというような目で見られる。


 ベッドで寝たままのおばあちゃんも、こちらが歩いて病室の前を通ると目があったりもする。


 日当たりのいいテラス沿いだと、年配の人でもふつうにスマホで情報を得ているし、スマホがない人はたいていスポーツ新聞を読んでいるようだ。

 

 逆にテレビを見ている人があまりいない気がした。どこの病院でも似たようなものかもしれないが、テレビカードというものがあってそれを使えば見れるようになっている。一定の時間ごとに残高が減っていくタイプだが、テレビがついている病室はほとんど見たことがなかった。


 どの病室にどんな人がいるのか、なんとなく覚えていく。いろいろな人がいるのがよくわかった。



 運動して体がほてってくる。ちょっと汗をかいているのもわかる。


 ただトイレの際に血粒が出なくなったこともあり、水分補給にためらいがなくなった。もうカテーテルを抜いた直後のような漏らしそうな感覚も完全にない。飲食を制限する心理的なものがなくなり、やればやるほど気分が上向きになっていくのがわかった。



 昼食の時間になった。


 薬はもう慣れたいつものものが用意されている。レバミピドとロキソプロフェン。名前が覚えられそうだ。意味のないと思っていた言葉も、語呂とかでなんとなく馴染んできた。


 食事はゴボウと牛肉のすき焼き風。さすがにもうブロッコリーはなかったがゴボウだ。ブロッコリー以上に繊維質の多いものがでた。


 それでも見た目と匂いが食欲をそそる。純粋に魚以外の肉を見るのは入院後初めてかもしれない。


 また食べられるかとの不安があったが、味がしっかりついているからか、体調が復活してきているからかすんなりと食べられる。次々と胃袋の中に納まっていく。


 気が付いた時には、すっかり皿はからっぽになっていた。


 この食事で食事に対する不安はほぼなくなった。肉が食べられるくらいになれば、たいてい食べられそうだ。これよりきついものといえば揚げ物くらいだろうか。


 少なくとも普通の量の食事であれば、よく噛んでさえいれば食べきれないということはなさそうだ。



 この食事の頃からもともと水飲みだったことも、あってお茶の消費量が増えた。食事のあともかなりマメにお茶を飲むようになる。


 まださすがにコーヒーや炭酸飲料は飲む気にならないが、少なくともお茶を飲み過ぎるくらい飲んでもトイレが億劫にならなくなった。



 昼食後の散歩はさらに気が楽になる。時間とともにどんどん行動力があがっていくのがわかる。


 秋口ではあったが病院の中にいる分にはほぼ暑くも寒くもない。歩き続けるから汗ばみはするが、ふつうだと汗をかくこともほとんどない。


 このくらい体力が回復すると余裕もでてきたのだろう。明日は洗濯機を使って洗濯しようかなどと思いながら周回した。


 洗濯物はシャツと下着があるだけだ。病院内だと靴下も履かないから、まる3日ほど経つがあまりたまっていなかった。


 別にしないと足りないということもないが、興味本位だ。下着以外では顔を洗ったときのタオルがあるくらいか。


 たしか病院の入院時にあった説明では、毎日の着替えサービスだと1日500円。自分で洗濯すると1回200円。大した金額ではないが高いのか安いのかは何とも言えない。


 さらに入院しているが自由に体が動いてかつ時間が余るような状況でないと洗濯はできない。安くすませられる条件は限られるはずだ。


 ただ幸いにして今回は体調もよい。


 手間はあるが他にすることがあるわけでもなく、これも経験と自分で洗濯してみようと思えた。もちろん病室には干すところがないため、大量にためてから洗濯というのはかなり難しい。


 知らないだけで物干場もあるかもしれないが、基本は乾燥機で対応することになる。長期入院なら3日に1度は洗濯する必要がありそうだ。


 ある意味洗濯できることすらここにいると贅沢と言えるかもしれないが、長期で入院するとなると、この金額差は食事代などと一緒で案外無視できないなと思える。


 入院すると収入がなくなる上に金がかかる以上、このお金の話は避けられない。


 この3日痛みや手術のことばかり考えていてお金についてはあまり考える時間がなかった。


 家族がそばにいればいろいろと頼むこともできるだろうが、体が思うように動かず、誰も頼れないとなると大変だ。


 歩き回りながら周りの人の様子、特にお金や身の回りのことはどうしているのだろうとか、入院時にはどこまで自分でしているのだろうとか、そのあたりのことが急に気になりだした。




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