3日目ー③
昼食の時間だ。
お膳が運ばれてきた。かなり柔らかそうなお粥ではあるが、一応米粒は見えるレベルだ。先日のおもゆのようなドロドロではない。おかずもある。ブロッコリーとニンジンの煮物だが、ほとんど味がついていない。
よく絶食のあとはすぐに大量に食べてはいけないと聞く。そのわりにはジュースの次にお粥というのは急にレベルアップしたし、食事の量からするとこれでも十分なのだろうとも思った。
食べ始めてすぐにわかった。かなり量が多く感じる。胃腸は直接切ってはいないから、消化については問題ないはずだが、食べて少しすると吐き気がする。程度は大したことはなく実際に吐きそうというわけでもないが、むかつきがある。胃もぐるぐるなっているのがわかるが、空腹と食べ物を受付ない感じが両方ある。
なまじ味なしの野菜、特にブロッコリーも食べにくさを助長している気がする。
丸2日食べてないだけで、こんなになるのか。もし1週間とか絶食したら。漫画とかでいきなり食べて吐くシーンとかみたことあるが、なんとなく納得した。
小さめの茶碗のお粥だが、どんぶり並みに食べ応えがあった。
食事が終わって少しすると点滴があった。薬を飲み食事もしているが、それだけでは足りないのだろう。ただ点滴の間隔は大幅に長くなった。
定期的にしていたものが、数時間に一回程度。それも30分程度で終わる。動き回れる時間が増えてきた。
午後、手術をしてくれた紫畑先生や、大ボス外山先生も様子見にきてくれた。切った痛みは動かない限り痛みはないこと、歩いてみたことも伝える。
しゃがんだり、腹筋しようとすると痛いことを伝えると紫畑先生には、
「あんまり無理するとヘルニアになったりしますよ」
注意を受ける。まだ傷口は塞がっていないだろう。張り合わせただけだから、無理するとダメなのはわかる。少しビビってしまい、痛みがあったら即やめようと思った。
それでも食後の休憩が終わると散歩に行くことにした。入れ違いに今日の担当の看護師さんとすれ違う。田植さんはすでに2回目の担当だ。
ここは部屋ごとに担当が決まっていて、そのメンバーでローテーションを組んでいるのだろうか。同じメンバーに当たる気がする。3日目だがすでに2回目の人がちらほらいた。
「しっかり運動してきてくださいよ」
「いや、でも無理するとヘルニアになるとか言われたし」
「無理はダメですけど、動く方が回復が早いですよ」
こちらの意見では問題ないらしい。再びやる気が出てきた。
しっかり歩かないといけないがやりすぎはダメ。矛盾する気もしなくもないが、歩くことに専念した。
1週120mくらいの周回コースだが、ゆっくりと歩く。
30mくらいで徐々に前屈みになっていく。それをゆっくり背筋を伸ばして歩く。
パリパリと音がする気がする。自分の感覚で動いていなかった腸が揺れ動いてほぐれていくような感覚だ。あるいはかさぶたが取れていくような感覚と言えばいいのか。
これも最初だけで、廊下を2周もするとこうした違和感も無くなっていく。
一方でずいぶんお腹が張っているようで膨らんでいるのがわかるが、歩くとグルグル音がしてガスが出る。これがなんとなく安心する。
だがそう長くは歩けなかった。周回ごとに動いている時間制洗濯機のカウンターが減っていくの見ながら歩いたが、7周か8周で限界を感じた。
疲れて動けなくのとは違う。ただなんとなくこれ以上はまずい気がし始め20分ほどで休憩だ。
そのあとはスクワットのような立ったり座ったり、それを片足でできるかなど筋力の低下を確認する。
戻って横になる。点滴。終わるとトイレと軽く歩行。その繰り返しで時間が過ぎていった。
15時、16時、17時、特段大きな変化がない。熱も37℃以下で平熱になっている。
気になるとしたら、トイレに行くと小さな血の粒が見えるくらいだ。
「今度トイレに行ったらスマホで写真撮って見せてください」
などと言われた。トイレしたところをスマホで取るなどというのは初めてだ。ある意味別の意味で緊張する。次にトイレに行く機会まで待つことになった。
その機会はそう時間がかからずおとずれた。後遺症なのかそう溜まってはいないはずだが、時々急にトイレに行きたくなるタイミングがある。言われた通りに撮影して見せたところ、
「あートイレのために管を入れるとちょっと傷つく場合があるんですよ。この程度はよくあります。これが増えるようなら言ってください」
「増えたりするんですか?」
「もし色が黄色ではなくなったらすぐに連絡してください」
「え? そんなことがあるの?」
トイレに行ってそんな状態になるとか恐怖でしかないが、結石になったりするとそういう話も聞く。色が赤くなるくらいとなるとどのくらい出血しているんだろうか。
ただ小さい血の粒は確かに真っ赤だし、少量でも赤くなるのかもしれない。
少しビビっていると、
「なったらですよ。今回はないと思いますけどねー、真っ赤になったら内部で出血してますね」
そうそうないと聞き安心はしたが、真っ赤なものも見慣れているのだろうか。よくあるんですよという物言いに世界が違うことを感じる。
看護師となるとこれも日常なのか。ちなみにほんとにやばいと真っ赤になるそうだ。実際そうなると途中で止めるわけにもいかず、恐怖で耐えるしかない気がする。そもそも止まらなかったらどうなるんだろうか。想像するだけで身震いしてしまう。
こんなのは問題のうちにならないということで安心はしたが、そうならないように気をつけようと思った。もちろん気を付けてどうなるものでもないが。
そうしているうちに別の看護師さんがやってきた
「今日、シャワー入れますけど、どうします?それとも体を拭くのがいいですか?」
昨日きったばっかりだがシャワーは浴びてもいいらしい。シャワー自体は手術前の初日に入ったからどんなものかはわかっていた。
言われて思い出したが、手術後はずっと手術用の服を着ていたが、タオル布地だからか体臭と消毒臭、薬品臭が混じって独特の臭いがしていた。この臭いは強くはないがずっと漂っている。これはなんとかしたい。そうなると選択肢はない。
「シャワーができるなら、シャワーでお願いします」
即答すると、ではどうぞと促された。さっそく道具を持って行く。丸2日ひげもそっていないため、ここは身ぎれいにしたいところだ。
シャワー自体は問題なかった。点滴用のカテーテルをビニール袋で縛ってもらい防水にしたくらいだ。ただ服を脱ぐのがきつい。さいわい靴下は履いてなかったが、立ったまま前かがみになって下着を脱ぐというのは、想像以上にお腹にきつかった。
目一杯曲げるため、ちょっと傷が引きつる。
あとは傷をこすらない程度に体を洗ってシャワーで流す。特に髪の毛を洗えたのは大きい。汗などでねばっとしていたのを洗い流した。
ただ自分の右太ももの半分はしっかり毛が剃られている。心臓病などに使う心筋治焼灼などを入れる部分とは違う気もした。なぜここを剃ったのだろうか気になってはいたが、結局肝心なときには忘れて聞きそびれていた。
外に出て体を拭き、再びきつい思いをしながら下着とズボンを履き外に出る。体を石鹸であらうと例の病院臭がなくなった気がする。これは大きかった。
さっぱりしたところで戻る。しばらくすると夕食の時間になった。
食事はお粥ではあったが魚がついている。鯖の味噌煮のようだ。主菜が追加され昼よりも食事らしくなったが、昼と同じでかなり量が多く感じる。
後半はかなり必死で食べないといけない。食べ放題の最後に詰め込んでいるような感じだ。
なんとか食べ終えたが、ちょっと吐き気がするくらいだ。明日以降通常食になる。そして最終日は特別食にしているが、この食事の満腹感からするともしかしたら無理したかと思えてしまう。
食べ終えてからもなんとなく腹がムカムカする。消化の一助になればと散歩に行く。時間はまだ18:30だ。普段なら仕事が終わってすらいない。
昼と同じように歩き回りつつ、周りを観察する。この時間帯は各部屋では研修なども行われているようだ。リハビリセンターでも実習が行われていた。
その後も10周、時間にして15分ほどうろついて病室に戻る。運動としては焼石に水レベルだが、食べた分は動きたくなる。なんとなくノルマは終えた気になって病室に戻った。
それでも19時前。まだまだ長い。
もう歩くのも限界がある。体力的にというわけではないが、1日目でもあり、無理をしないという意味でだ。あとはお茶を飲み、スマホを見たら、トイレ行く。その繰り返しだった。
21時消灯、22時の検診と点滴があった。
ここでシャワーを浴びたことは関係ないのだろうが、点滴用のカテーテル内にちょっとした血の塊ができていることに気づいた。
今までも血がカテーテル内に逆流して中が赤くなり、うまく言えないが水で薄めたトマトソースのようなものが溜まっていることはあった。
だが今回のはあきらかに長さ1㎝くらいの糸状の血のりが溜まっている。トマトソース状はなんども食塩水のシリンジで押し流して体内に戻していたが、さすがにこの塊を入れるのは詰まりそうな気がした。
「これ、この血のりって、これも押し入れても大丈夫なんですか?」
それとなく看護師さんに聞いてみる。いつもなら、『大丈夫ですよー。静脈の中で溶けちゃいますから』と笑いながら言う看護師さんの顔が曇る。
え? やっぱり、これはやばいのか? 自分でもおかしいなと思うくらいだから、聞いて正解だったのか。やはり勝手に判断しないで聞いてみるのが大事だと思えた。
いつもと逆方向で手元に吸い出して取り除こうとしているようだが、そううまくは動かないようで管の中でひっかかっているように見える。
「これはちょっと交換した方がいいですね」
数分いろいろ試していたみたいだが、結局血の塊だけとるのは早々に諦めたようだ。カテーテルを交換することになった。
0時になってもさして疲れていない。
だらだらとスマホを見ながら時間だけが過ぎていく。そろそろ読む漫画もなくなりそうだ。
興奮でもしているのか、なかなか寝付けない。周りの人たちはぐっすり寝ているようでほとんど物音がしない。我慢して過ごす。
ようやく寝入ったのは3時を回ってからだった。




