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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
12/22

3日目ー①

「朝食の時間ですよ」


 看護師さんがやってきた。看護師さんが配膳してくるということは、痛み止めの薬も持ってきてくれたのだろう。


 そして予測していた通りだ。手術前にも看護師さんによる配膳があったから、通常の食事ではない。テーブルに置かれたものは紙パック。手術前と同じ、例の塩水の類のように見える。



 ふーっとため息が出る。これを朝食と言ってもってくるところがきつい。


 まぁ考えてみればあたりまえだ。まる2日程度とはいえ絶食状態だ。こんなものといえば仕方ない。



 出されたものは紙パックだが味がついていた。なぜストロベリーなのか、他にも味はないのか。だが交換してくれとは言いにくく、苦手だが仕方なく飲むことにした。


 ストローを挿し、ゆっくりと飲んでみた。何も食べていないからか、やたら甘く感じる。1口分、口に含んだだけだから大した量でもないが、結構きつい甘さだ。



 あらためて見たパックの表示は明治のメイバランス。どうやら医療向けの飲み物らしい。


 こんな飲み物があるのかと詳しく表示を見ると、125ccで200kcalもある高カロリー品だ。そのへんのミルク系の飲み物でもせいぜい100㏄で50kcalだから、3倍以上あることになる。


 カロリー表記が1本時と3本時の両方が書いてあるが、これが意味するところは、これを3本まとめて飲まないといけない人もいることになる。


 さすがにそれはなんというかいやがらせレベルに感じる。


 食わないよりはマシかも知れないが、全部いちごだと泣いてしまいそうだ。または頭にくるかもしれない。


 もちろんすでに飲み進めてはいるが、このあと何回くらいこの手の食事が続くのか心配になってきた。食事時間は15秒ほどだった。



 食後の薬を飲んで少し経つと、看護師さんがやってきた。今度は待ちに待った時間だ。


 いつもの検温や血圧、お腹の動きを見る聴診が終わる。熱がずいぶん下がっていた。36.8℃だ。抗生物質が効いているのだろうか。


 ベッドの角度調節のおかげもあって、痛みもずいぶんマシになっている。その分水平に戻すとお腹が反り、肉が張って痛くなる。それでもずいぶん体が動かしやすくなっていた。



 検診が終わるとまず切ったおへその周りに当てていたガーゼを取る。この粘着テープは結構キツくなかなか剥がれない。ゆっくりと剥がしていくので時間がかかったが、ようやく取れると、術後初めて切ったあとの傷を見た。


 ヘソの上下に2cmほど。右側にも2cm弱の切れ目がある。おへそを中心に『ト』のような形になっている。


「特に血も滲んでないし、膿も出てないし良好ですね」


 傷の確認が終わると、そうお言葉をいただけた。お腹の縫合跡のつっぱりも無くなっている。ガーゼ下だったあたりをよく見ると、おへその周りの毛はすっかり無くなっていた。


 皮膚は黄疸気味なのか、黄ばんだような色をしている。


 ただいつもよりかなりお腹が膨らんでいる。腫れているのとは違うが、ろくに食べてもいないのに、お腹いっぱい食べたときのようなお腹だ。


 といってもどうしようもない。手術後はこんなものだろうと勝手に納得して、そのままにするしかなかった。



 そして取れる計器の対応。


 まずは心電図などがなくなった。心電図の端子はテープ貼りだったが、こちらは接着方法が違うのか、剥がす時も痛くなかった。


 次にトイレ用の管。カテーテルだ。


 丸一日寝転がっていたための馴染みもあり、じっとしていれば痛みもなくなり慣れはしたが一定の不快さはある。


 これが取れるのは大変嬉しい。そのかわり一定時間ごとにトイレに行かないといけなくなる。当たり前だが歩いて行けるのかという不安があった。


 そんなことを考えている間にカテーテルを抜く準備が終わったようだ。膀胱内に残っているものを空気でも入れて押し出したようで、残量0になった。


「ゆっくり息を吐き出して楽にしてください」


 そう言われて息をゆっくりと吐き出す。


「はい、取れました。終わりですー」


 なんとなく割り切っているからか恥ずかしさはない。


 取る時は少し引っ張られるような痛みはあったがすんなりと取れた。取る時も痛いのかと思っていたが、そうでもなくてホッとする。


「では何かあったら言ってください。歩く練習をしてくださいね」


 そう言い残して看護師さんは去っていった。



 まずはいつでもトイレに行ける確認をする。まんがいち行きたくなってから立てなければ悲惨だ。早速試練が訪れる。


 リクライニングベッドを使って体をある程度傾けたあとに、さらに肘、手をついて体を起こす。そらし過ぎず、前屈みにもならないようにゆっくりと時間をかけ、ベッド端に腰掛けることができた。


 ベッドの傾斜が変わっている時はピリピリと痛んだが、座ってしまうと痛みはない。そのままゆっくりと立ち上がってみた。


 立てるかという不安はあった。まったく力が入らず、腰が砕けるかもしれないと身構えていたが、問題なく立ち上がれた。


 よかったとホッとする。


 2日目から立ってもらうと言われたが、実際にできることを確認すると問題ないんだと納得できた。


 ゆっくり動く分には、前屈みになったり背中をそらさければ何とかなりそうだが、落としたものを拾うときは背筋を伸ばしてスクワットしかできないと理解する。


 これもノウハウだろう。


 そして自由を手に入れた。ゆっくりなら歩けそうだ。そのまま1歩2歩と歩いてみるが問題はない。少し体を曲げてみたがそれも問題ない。


 寝ていたのも実質丸一日。筋力もほとんど落ちていないのだろう。


 心配しすぎていたとも思うがまずは無理をしないことにする。つまずいたりすると咄嗟に目一杯力を入れそうだ。滑ったりしないよう気をつけねばと思いつつベッドまで戻った。


 だが最大の問題は戻ってからだった。


 起き上がりは力を徐々に入れればよかったが、ベッドに腰かけてから横になる時の力の抜きかたが難しい。


 腕、肘、順に下げていくが、肘をつくタイミング、肘から肩をつけるタイミングで、どうしても勢いがついてしまいガクッと崩れるタイミングがある。ここではついお腹に力を入れて支えてしまうようで、けっこう傷にきた。


 それでもなんとか横になった。力は抜いたが、まだ傷痕がいたい。しばらく動かずに痛みが引くのを待つが、もう一つ副作用があった。


 トイレの後遺症だ。ずっと管が入っていたせいか、少したまっただけでかなりトイレに行きたくなる。


 今立って歩いてきたばかりだというのに、10分もしないうちに結局再び立ち上がる。そのままトイレに向かった。


 これが術後の初トイレになる。


立ったままでもいいが、万が一バランスを崩して便器にダイブは避けたい。ここは大人しく洋式に座ってすることにした。


 和式だったらやはりかなりお腹に負担になるのだろうか。


 昔の人々に思いをはせつつ出そうとしてみたが、先ほど空にしたばかりだ。それほど溜まってはいない。30秒以上待ってようやくちょろっと出た。


 排尿時もとても違和感がある。実際に出てはいるのが見えるが、感覚では出てるのか出てないのかわからない。麻痺しているようだ。

 

 おまけに小さな粒が出るような感覚があった。


 便器の中を見るとどうも血の粒のようなものが混じっている。痛みはないが少し気になる。なぜ血の塊が出るのか。1粒だけではあるが、結石でもあると大変まずい。


 その後はすぐに何もでなくなったが、どうにもできった感がなかった。


 それ以上待っていても仕方ないのでおそるおそるゆっくりと立ち上がってみた。


 立つ分には特に傷が痛くなることもなく、歩くことはまったく問題がないようだ。外に出てみるが、まだ終わっていない感覚がよみがえる。

なんとなくまた戻ってしたくなる。


 戻ったが出ない。しばらく立って立ち上がるが、トイレのドアあたりで再びしたくなる。そんなことを3回ほど繰り返した。



 体調は完全には戻っていないが、行動の自由は大幅にあがった。体の動かし方さえ気を付ければ、普段とそう変わらない生活ができる。


 さらに100歩ほど歩いて気が付いたが、下手に寝転がっているよりは、歩く方が傷の痛み、特に右下脇腹の虫垂あたりの痛みがなくなる気がした。


 不思議は不思議だが準備運動みたいなものなのだろうか。


 こわばった体や筋肉痛でもしばらく動き回っていくと徐々になれて痛みが軽減していくように、しばらく歩き回っていると傷のひっぱりなどがなくなるんじゃないかと自分なりに推測する。


 痛みが減るのなら適度に運動しようとモチベーションがあがっていく。


 ひとまず自販機まで20mほど往復し、冷たい飲み物だけ買って戻った。そう、朝のジュースのあとはお茶が好きなだけ飲めるようになったのだ。


 冷たいものを飲むのは2日ぶりだ。


 一度戻ってごろんと横になっていると薬剤師さんがやってきた。服縞さん、たぶん今回の入院の中で一、二を争うかわいらしさだ。麻酔の子もかわいかったが決めるのは難しい。


「退院後のお薬の説明にきました。これはお昼の痛み止めです」


 さっきようやく歩けるようになったばかりだが、痛み止めを渡すついでで退院後の飲み薬の説明にきたようだ。


「え? もう? 退院後ってさすがに早すぎる気がするけれど?」


「そうなんですけど、土日の間はこられないので、早めに説明しておこうと思いまして」


 なるほど。すっかり忘れていたが今日は金曜日、週末の土日はお休みなのだろう。


 まったく冗談を挟む余地もなく、薬の説明が淡々と続く。薬の名前は早口言葉かと思うくらいよくわからない名前だ。


 中身は退院後7日分飲む痛み止めの説明だ。どの名前がどういう薬かを聞き、最後に抗生物質は耐性菌防止のためにも、しっかり飲み切ってくださいと念を押された。



 一通りの説明が終わって戻ろうとした服縞さんを呼び止める。薬関連で自分も頼んでおかないといけない大事なものがあったからだ。


 それはもちろん気張らなくても済むようにする薬だ。ガスは出ていた。だがしばらく食べていないものもあって出るものがでていない。


 さっきトイレに行った際、ちょっとだけ力んでみたが、さいわい下腹部は切っていないため痛みというものはなかった。ただ万が一にも出せなくなってしまって、気張ってお腹が大打撃なんてことは可能な限り避けたい。


 手術後にもその点については出たかどうかの確認があると聞いていた。


 もちろん服縞さんは優しかった。相手の職業柄かあまり恥ずかしさなどもなく、ズバット聞けることも大きい。


「2種類ありますよ。刺激性のものと量を増やすタイプのものと。それも追加しておきますね」


 そう快く了承してくれ、またきますねと言い残して去っていった。


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