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盲腸で入院してみた話  作者: のろろん
10/22

2日目ー②


「終わりましたよ。今から、病室に戻りますよ」


 声をかけられて目が覚めた。


 事前に言われていたことではあるが、いつの間にか手術台下の拘束台から病室で使用していたリクライニング付きのベッドに移動していた。


 毎日のことなのだろうが70㎏以上ある腹を切った直後の体をどうやって移動させたのか、どんな手術をされたのかはまったくわからない。何も記憶がなかった。

 

 ただ寝ていただけとはいえ、一瞬気を失ったとかではなくそれなりに時間が経った感覚がある。少し寝すぎたあとのような少しぼーっとした感じが残っていた。


 周りを見ようとしたが天井しか見えていない。


 周りに人がいるのはわかるが頭が働いておらず、見えているような気がする、認識しているつもりはする、だが何も覚えていない。


 そんなよくわからない状態だった。



 手術前に聞いた記憶によれば病室で使っていたベッドに寝そべっているはずで、そのまま手術室を出る。通路をベッドごと押されて進み、エレベータで2階にあがって病室まで移動した。


 そのはずだが、これも見たというよりは、こういうことをされているはずだというイメージ記憶のような感覚だ。


 まだ麻酔が残っているためなのだろうか。移動したことはわかるが、誰が運んだのか、誰かとすれ違ったのかは覚えていなかった。



 部屋に戻り、周りに誰もいなくなって5分くらいたっただろうか。


 時間を見る。12時少し前。手術時間は1時間と聞いていたが、意識が回復するまでの時間なども入っていたからか、2時間弱たっている。


 不思議な感覚が続く。


 熟睡したようなたっぷり寝た感覚があるが、一方で集中力が完全にもとに戻っていないように感じる。考えることはできるが、考えてはいるがまとまらないまま時間だけが過ぎていく。


 答えに向かう手がかりが摘めないまま数学の問題をしているようだ。



 再び看護師さんが戻ってきた。ぼけた頭のままだが、病室に戻った後の検査とこれからの簡単な説明がある。点滴、心電図、体温などの検査が一通りある。


 検査自体はすぐ終わった。腸の音も確認していた。腸の動く音があるというのは今まで意識したことがなかった。


「4時間は安静ですから。なるべく動かないようにしてください。痛みが増したら言ってください。今はどうですか?」


「いや。特に。痛いことは痛いけど、痛いというほどではない。うまく言えないけどこんなもんなのかな?」


「痛み止めが効いているんですね。麻酔が切れるにつれて徐々に痛みが増していくと思います」


 えっと思う。やっぱり今の痛みはピークではなく、痛みが強まっていくのか。まぁ当たり前といえば当たり前だ。どこまであがるかがわからないが、さらなる恐怖がくることを宣言して看護師さんは笑顔で去っていった。



 朝と違っていることを確認する。


 切ったへその周りがあきらかに痛いが、だからといって我慢できなくもない強さだ。


 そして右下の虫垂があるあたり。ここも手術前の鈍痛から、切り傷のようなチクチクする痛みに変わっている。


 そのとき、うっかりまっすぐ寝ている状態で飲み込み、失敗してむせた。


 ゴホゴホホッ


「ふぉっ」


 虫垂のあった右下の方はたいした変化がないが、ヘソの周りに激痛が走る。


 当たり前だがこれは力を入れてはいけないと一発で理解できた。安静にしろというだけのことはある。今後万が一にも咳をしたりむせたりしたらと恐怖が湧き上がった。しゃっくりもまずいかもしれない。


 一瞬も気を緩めることができないとわかった。

 

 それ以外にもいつもと違うことがいくつかある。


 血栓防止用の圧迫したストッキングが気になる。手術前に履いたものだが、けっこう締め付けが強くて足首などは痛いくらいだ。



 そして一番厄介なのがトイレ。


 トイレといっても、トイレにいってするわけではない。尿管に排尿のためのパイプが入っているらしく勝手に出るということだが、いろいろなところに違和感がありまくりだ。


 そして少しで姿勢を変えたり、うっかり力を入れるだけで、これが思ったより痛みが強い。無理やり管が細いところに入っているからだろうか。これも場所が場所だけにお腹周りより痛かった。


 しばらくは立ってはいけない。絶対立ってはいけない。それは圧倒的に理解した。



 時間が過ぎていく。気を付けるところがわかったからか平和が続くが、時計を見るとまだたったの5分。『まだあなたには3時間55分の安静が残っています』などという声が聞こえる。


 ストッキングの締め付けもじみーにきつく、この痛みが徐々にきつくなってきた。


 切ったところの痛みが最大になると思っていたがそうでもないようだ。


 これは一種の呪いだ。まず安静の定義が今ひとつよくわからない。


 もしトイレ大になったらどうするのか。特に便秘。丸2日音信不通の身としては、突然の訪問には対応できないと不安が募る。もちろん今はしばらく何も食っていないが気になる。

 

 手にも胸にもあそこにも管があるが、動きは制約されない。そのためふいに動かしてしまう。指一本動かすなというのは無理に等しい。


 そしてじっとしているせいか徐々に腰あたりも痛くなってきた。


 こんな状態でうつ伏せになろうとは思わないが、安静だからといっても身動きするなという加減がわからない。


 とはいっても足などと違って腹はギプスで固定することもできない。当然力を入れてはいけないし、切ったばかりではくっついているはずもないから、無理はできないことはわかる。


 寝たきりはよく床ずれなどがあるとも聞くが、10分も経たずすでにかなりの辛さになっている。



 しばらくは動かない自制と動かないで増す痛みの間でどうするか考えていたが、動いた時に突っ張るような痛みがなければセーフという独自基準を作成し、どの程度まで動けるのか確認することにした。


 手足は点滴や計測器のケーブルによる移動範囲の制限もあるが、その範囲では力を入れれば普通に動ける。


 左右の足は交互に片側だけなら上げられたが、両足同時は腹筋、切ったところが一気に痛くなる。持ち上げられそうではあるが無理はしないことにした。深呼吸も特に問題ない。


 上半身は特に問題なかった。スマホを持ち上げる手はだるいが、これが唯一気を紛らわせることができる時間つぶしアイテムだ。スマホ利用には制限はなかった。


 しかし……下半身が身動きできないのは予想以上にきつい。


 早くもギブアップしそうだ。腰の辺りが既に痛い。すでに切った腹よりよほどそっちが気になる。


 だが動かしちゃダメの呪いが発動する。スマホ片手に時間を紛らわすがキツイ。


 全然時間が経たない。身動きできないのがこんなにキツイとは思わなかった。


 これが何も持たずに来ていたら、できることと言えばテレビをみるか新聞か雑誌を買ってきてもらうくらいだろうか。外の景色は変わり映えしないし、あとは天井を見るだけだ。



 15分、20分。かろうじて時間が経つが、秒針を見つめるが如くゆっくりと過ぎていく。



 完全拘束で身動きできない拷問があると聞いたことがあるが、その理由、効果のほどがわかる気がする。3日間放置とかされたら、絶対おかしくなりそうだ。


 

 ふいにカーテンが揺れた。


 看護師さんが様子を見にきてくれた。ほっとして腰の痛さを訴えるが、


「お腹に痛みはありませんね。まずは4時間は安静でお願いします。動いちゃダメですよ。傷口が開きますから」


 腹が痛くないと分かるとそっけない。さらなる呪いが追加され動きを封じられた。せめてちょっとなら動いてもいいですよ、もしくはこういう動きならいいですよなどの言葉は一切ない。みんなこんな痛みに耐えているのか。


 他の病室にいたじいさん、ばあさんですら、戦友のように勝手な仲間意識が生まれだした。

 

 

 その後ももぞもぞと腰をひねったり、左右の足を立てて腰を浮かせたりしてみる。


 少しくらいなら大丈夫じゃないかというのと、ちょっとでも動くと傷口が開いたりするのかという不安とが混ざり合う。


 同時に徐々にトイレの仕方も学んでいかねばならない。出ているという感覚はないが、逆に出続けているとも言える。時折チクッチクッと痛みがあるが、これも結局慣れる方向にはまったくいかない。


 腰と排尿の痛みは地味にダメージを受ける。一度気になると余計に気になるようだ。


 4時間、そう長い時間ではないはずだがまだまだ長い。


 とてつもなく先のように感じる。このまま4時間経つのを待つしかないのかと覚悟はするが、終わりがくるのか辛すぎる。耐えるしかないが、耐えられるのかと先行きが思いやられた。


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