公爵令嬢は王道フラグを折り続ける
異世界舞台のギャグコメディです。
ヒロインに対して現れる王道?ヒーロー達から逃走します。
王子、隣国の皇子、義弟、侍従、等々、ありがち?な出会いからの愛の告白から逃走します。
繰り返しの連続ですので、嫌な予感がされた方はブラウザバックお願いします。
ここはジュゲーム王国の高等貴族学園。賑々しく且つ荘厳な卒業式の最後、卒業生代表で最後の挨拶をしていたカイジャーリ王太子が突然調子を変え、一人の令嬢を名指しで壇上に呼び出した。
その令嬢はゴッコーノ公爵家の令嬢、スリキレーヌ。亜麻色の髪に榛色の瞳の完璧令嬢と呼ばれた18歳の美少女だ。
「スリキレーヌ・ゴッコーノ!貴様はこのカイジャーリの婚約者で将来王妃として貴族の女性を率いて行く立場だというのに、俺が寵愛するスイーギョ男爵令嬢に嫉妬して暴言暴力虐めの悪行三昧!このカイジャーリの目を誤魔化せると思ったか⁉︎貴様のような悪辣卑怯な妖女をジュゲームの王太子妃にする訳にいかぬ!今日この場で婚約を破棄してくれる!」
「何という酷い事をおっしゃるのでしょう。私、スリキレーヌはそんな事しておりませんわ」
「言い逃れようとしても無駄だ!我が側近である、宰相の孫スイギョーマと騎士団長息子ウンライマと大魔法使い孫フーライマが、こんなたくさんの証拠を集めてくれたわ!」
バッサー!!!
舞い散る悪辣非道な行いの証拠を記した紙束!
「冤罪ですわ!ゴッコーノ公爵家から貴族裁判を要求致します!って言うかキモーい!王太子キモー!」
「キモーとは何だ!キモーとは!」
「キモイですわ!キモキモですわ!冤罪を演出するのに証拠まで捏造して!手下も一緒にバッサーする為のプリント作りをする姿を想像するだけでキモすぎてキモ死にしますわーーーーーー!!!!!!!」
カイジャーリと間抜けな仲間達のキモ行動に、悶絶する美少女スリキレーヌ。
「なっ⁉︎これだけの証拠を前にして揺るがぬとは!流石稀代の悪女!」
「カイジャーリサマコワイ(棒)」
「安心するが良い、マイスイートハニースイーギョよ。妖女は今すぐ刀のサビにしてくれるわ!」
「やだ!キモイのに更に無理やりキモ展開を推める王太子キモー!!!」
「待てい!」
参観席にいたゴッコーノ公爵が壇上に到達する前に、手前から一人の美丈夫が大声を張り上げた。
「お、お前は留学生のシューリンガ!邪魔をするな!これはジュゲーム王国の問題だ!」
「カイジャーリ殿下、秘密にしていたが、私は隣国パイポ皇国の皇太子だ。そして留学して最初に学園を案内してくれたスリキレーヌ嬢に一目惚れした。そして愛するスリキレーヌ嬢の事を全て知り、守りたくて、護衛を兼ねた間者を付けた」
「き、キモー!一目惚れでストーカーとかキモキモー!」
絶叫するスリキレーヌだが、カイジャーリとシューリンガの対決は止まらない。
「私はスリキレーヌの登校から下校まで全ての行動を知っている!そしてパイポのシューリンガの名と、詳細な報告書により、スリキレーヌの無実を証明する!」
「なっ!」
バッサー!!!
舞い散るおはようからおやすみまで暮らしを見つめるシューリンガのストーキングの証拠、もとい、スリキレーヌの無実の証拠!
「さあ、マイエンジェルスリキレーヌよ、君の愛の虜囚の手を取っておくれ。私は君を世界一幸せに出来る完璧皇子!二人で輝く未来を創りあげようではないか!」
「キモー!ストーカーの上、ナルシストキモキモーーーーーー!!!!!!!」
「待ってくれ!マイスイーツハート!!!!!!」
スリキレーヌは円谷もベイジルもアベベも真っ青なスピードで、学園から歩いて30分、馬車で15分、滑って転んで40分の距離を、7分ジャストで走破した。
「はあはあ、婚約者があんなにキモかったなんて。いえ、もう元婚約者ですわ。みんなの前であれだけ騒いだら、婚約は撤回!ですわ!」
「お嬢様、どうなされましたか?」
「クウーネ、卒業式で酷い目にあったの。かくかくしかじかですわ!」
「成る程、それは大変でしたね」
バーンッ!!!!!!パリーンッ!!!!!!
帰宅後サロンに飛び込んだスリキレーヌがメイドのクウーネに説明し終わったその時、サロンのフランス窓が勢い良く開けられ、数枚の窓ガラスが落ちて割れた。
「話は聞かせて貰った!義姉様!全てこのコニスムトに任せて下さい!」
コニスムトはゴッコーノ家の一人娘スリキレーヌが王家に嫁入りする為、分家から養子に入ったゴッコーノ公爵の弟の息子、スリキレーヌの従弟だ。
「12年前に義姉様の家に来て、義姉様を姉と紹介された時から僕は義姉様を愛しています!僕が義姉様、いいえ、スリキレーヌを守ります!僕と結婚してゴッコーノ家を盛り立てて行きましょう!」
「キモー!キモキモのキモーっ!12年前のコニスムトは5歳、私は6歳ですわ!5歳の子供が6歳を性的な目で見るなんてキモー!そして12年間拗らせてる事もキモキモのキモーっ!」
「何を騒いでいるのだ、スリキレーヌ、コニスムト」
「父様!」
「父上!婚約破棄された義姉様と僕の「待て、私の話を聞け」」
サロンのドアからゴッコーノ公爵が入って来た。ちらりと割れたフランス窓に目をやると、クウーネが指を鳴らす。どこからともなくメイド軍団が現れ、あっという間にガラスが片付けられ、取り敢えず抜けた枠に段ボールが嵌められる。ひび割れているがガラスが落ちていない所は桜型のシールが等間隔で貼られている。うん、それ、和室の障子用だから。世界観ぶち壊し。
「先程の騒ぎを収められなくてすまなかったな、スリキレーヌ。しかし、あの騒ぎを見ていた来賓のヤブラ大公、陛下の叔父であるヤブラ大公が、気品を失わず美しく声を張り上げるスリキレーヌを妻に迎えたいと私に打診して来たのだ。どうだ、スリキレーヌ、ヤブラ大公家に嫁ぐ気はないか?大公は仕事の鬼で今まで妻を娶っていない。大公妃になれ「キモーーーーーー!」」
「キモキモのキモのキモのキモですわーーーーーーー!ヤブラ大公といえば御歳68歳!50歳差とか完全な犯罪ですわ!!!キモー!キモー!キモー!!!ついでに言えば、自分より年上のジジイに娘をくれって言われて、娘に打診出来る男は、男は幾ら歳を取っていても若い女相手にいける!と無意識に考えてるキモ中年でですわ!父上がキモー!キーモキモキモのキッモー!!!!!!」
フラリと倒れかけるスリキレーヌ。
「父様、今日は休ませていただきますわ」
へろへろと部屋に下がったスリキレーヌは、今後の事に思いを馳せる。今私はキモキモ包囲網の真っ只中にいる。キモジュゲームは良い。キモイけど私を娶ろうとはしていない。キモ三連星も同じ。だけど、現在キモ皇子、キモ義弟、キモ大公のキモスリーカード状態。そしてキモ受け入れ体制どんとこーいなキモ父がいる。
キモイ!激烈にキモイ!
「これは家出をして、市井に活路を開くしかありませんわ」
「無理でしょうね、お嬢様は市井の厳しさを知らない」
「クウーネ、それでも私はこのままでいられませんわ。キモ結婚を受け入れられるキモ父と、キモ結婚を申し込むキモ求婚者達に囲まれているキモチェックメイト状態なのですから」
「では、私がお嬢様を街に連れ出して差し上げましょう」
「本当に?クウーネ、ありがとう。小さな頃から献身的に仕えてくれて感謝致しますわ」
「では、貴重品を纏め、シンプルな服に着替えて下さい」
クウーネに連れられて街に出たスリキレーヌは、あちこちウィンドウショッピングしながらクウーネに着いていく。小さなカフェに入ってうっすい安物の紅茶を飲みながら、今後の計画を話す。
「お嬢様は何が出来ますか?」
「ダンスと刺繍と社交的な話が得意ですわ」
「市井では全く役に立ちませんね。ダンス教師には下位貴族の夫人も多いですが、家名があってこその権威ある教師です。お嬢様は家に連れ戻されたく無いのですから、家名を出しての活動は出来ません。刺繍だけ出来ても意味が無く、針子になるなら一人で服やドレスを完成させる程度の力量が必要です。貴族の社交ですと、ゴシップなら大衆紙が買ってくれるかも知れませんが、情報なんてあっという間に古くなります」
「難しいのね」
「兎に角今日泊まる宿屋を決めて、少し体を休めましょう」
「ええ、どうやって宿を決めたりお金を払うのか教えてね」
クウーネと入った宿屋はそれなりに良いものであったが、浴槽が無いと聞いたスリキレーヌは驚いた。たくさんの湯を沸かさねばならない浴槽は贅沢品で、街にはパン屋が竈門の熱を利用した、有料公衆浴場というものがあると知った。大概の宿屋では大きなタライの中にお湯、若しくは、水を用意して貰い、それで体を拭くのだという。
「お風呂は毎日入りたいけれど、とても贅沢な事なのですね」
「はい、お嬢様。ですが、お嬢様、私から提案があります」
「何かしら?」
「私クウーネは男爵家の者で行義見習いも兼ね幼少の頃よりお嬢様にお仕えしております。ゴッコーノ公爵はご存知ですが双子なのでございます。姉がクウーネ、弟がルトー。クウーネがお仕えして直ぐにメイドというのは本当に大変だと感じ、弟のルトーに相談しました。我がコロー家は元々大商会上がりの新興男爵です。両親は商会の仕事に掛かりきりで、クウーネとルトーは比較的放任されています」
「そうなのね。今まで知らなかった事だわ。それと提案とどう結びつくのかしら」
「クウーネの相談に、ルトーはこう答えました。自分たちはそっくりな双子で母親似だから、数日おきに入れ替わればクウーネの負担が減る、と」
スリキレーヌの心のキモーメーターがぐんぐん上昇する。
「お仕えして15年、気が付けば私達二人ともお嬢様を愛しておりました。コロー商会は多くの国に支店を持つ大商会。お嬢様を匿い、今以上の贅沢をしても全く問題の無い程の大金持ちです。私達でお嬢様を守って差し上げます。安心して我がコロー家においで下さい」
「二人ともって、女のクウーネが?私を?」
「ええ、クウーネもお嬢様を愛しています」
「キモーっ!同性愛者自体はそれもありだけど、私は普通に殿方に嫁ぎたいですわーーーー!」
「そうですか?大丈夫です、一緒に住めば考えも変わります」
「キモ!キモ!キモ!はっ⁉︎クウーネもって言った?今のクウーネはクウーネ?」
「私ですか?ルトーです。ふふふ。狼狽えるお嬢様も可愛い。安心して下さい。私も姉もお嬢様の隅から隅までずずずいいと知っておりますわ」
「キ、キモー!男メイド服キモー!違和感が無いのもキモさにキモキモ大増量ですわー!!!」
「お嬢様っ!」
ガシャーン!!!
キモキモな女装メイドの幻想をぶち破るべく、宿のガラスをぶち破り脱出するスリキレーヌ。入り組んだ街をひた走り、エネルギー切れで立ち止まった時、自分が何処にいるのか分からなくなっていた。しかも、貴重品は宿。恐怖のキモキモ双子、キモ女装メイドの元である。お財布忘れた愉快な令嬢、などと言っている余裕はない。
きょろきょろと視線を彷徨わせるスリキレーヌの目に、神の啓示が飛び込んだ。地獄に仏。大海の木片。干天の慈雨。神はまだキモ包囲網に一本の蜘蛛の糸を垂らしておられた。
『RESTAURANT
多国籍料理店
Larus crassirostris HOUSE
海猫軒
ホール従業員募集・賄い付・下宿可能
給料委細面談・経験者優遇・未経験者歓迎』
これはもう考えてはダメだ。当たって砕けろ、いや、砕けたくは無いけれど。それと、経験者優遇と未経験者歓迎が両方記載された求人は、ほぼ経験者しか取ってくれないのが、汚い大人の社会の暗黙ルールという噂です。当社調べ。
しかし、海猫軒の募集内容は看板に偽り無しというレアなやつだった。いや、従業員を欲して欲して欲しまくっていた故の表示だったのだ。先日まで勤めていた店員1128人目が、住み込みで生活の心配は無いけれど、労働省の無いジュゲームには最低賃金という概念が無い為、薄給が多いと有名なちびっこ園の職員も全力で釘バットフルスイングして逃げ出すレベルの薄給にゴールドバックラーの光速バックレをかましてた。
これによりスリキレーヌという市井すらど素人の1129人目の海猫軒ホール店員が爆誕した。1129、レストランにはちょっと縁起の良い数字である。1129、イイニク。1126なら、某魚も泳ぐ千石風呂な鳥違いのホテルに近い。4126でヨイフロ。1126ならイイフロ。よく分からないが良かった。
『カロンカロンカロン』
浮かれたカウベルの音を立てながら、スリキレーヌはパチモノ感漂うレストランに突撃した。
スリキレーヌは慣れないながらも海猫軒で元気に働いていた。店主は優しい初老の夫婦で、お小遣い感覚のやっすい給料でも、世の中の給与相場を知らないスリキレーヌが楽しそうに働く為、とても良くしてくれる、給料以外は。海猫軒は大型のオーブンがあって、持ち帰りの自家製パンやクッキーも作っているので、その余熱を使った家庭用風呂があるのもスリキレーヌとしてはポイントが高い。若いスリキレーヌがジジババの後の風呂では嫌だろうと、一番風呂に入らせてくれるのも嬉しい。因みに、スリキレーヌ、オババ、オジジの順番になっている。これもオババの心遣いで、若い娘の一番出汁の後がオジジでは気分が悪かろうと気を回してくれているのだ。ちょっとした心遣いで良い社会。
そんなある日、海猫軒にボロボロの旅装を纏った男が入って来た。袖から覗く腕は枯れ木の様にガリガリだ。その手の甲から腕に向かって、おどろおどろしい黒い紋章が絡み付き、恐怖を感じさせる。
「お、お前は!ダメだよ、スリキレーヌちゃん、近寄っては。それは呪われし紋章!呪われた者に近付くと呪いが感染ると言われているの!」
オババが恐怖に歪んだ表情で、男に近付くスリキレーヌを止める。しかし、スリキレーヌは臆さず温かなスープの椀を持って男に近寄り、その手を取った。
「女将さん、呪いは感染りません。もし近付くだけで呪いが伝播するのであれば、今頃この大陸は皆呪われし者となっていたでしょう。さあ、このスープを飲んで、一時の安らぎを受けとって下さい」
「な、何て優しい娘さんなのだろう」
「銅貨5枚です。パンを追加するなら全部で銅貨8枚です」
男の手を取って店員スマイルで微笑むスリキレーヌに対して感涙に咽ぶ男。その瞬間、スリキレーヌの体が煌めく光に包まれ、その光は男をも包み込む。どよめく店内に溢れる光。そして、光が収まった時、客の大半は視界に紫のモヤモヤが浮かんでいた。急激なフラッシュにご注意している時間が無かったからであろう。
そしてボロボロガリガリの男の姿が、服はボロボロのままだが白皙の美丈夫となっていた。
「はっ⁉︎今の光は一体?そして、貴方は痩せ細ってた旅人さん?」
「私の名前はグリンダ。今は亡き、失われた国の大賢者です。我が国は聖王国として世界に名を轟かせていたのですが、長きに渡り隆盛を極め聖なる力だけでは飽き足らず、黒魔法を利用して更に国を発展させようと、暗黒魔女を騙して利用した結果、騙された事を知った暗黒魔女の命を掛けた呪いが王国民全てに降りかかり、私以外は瞬時に命を失ったのです」
何という事だろう。人は足るを知るべきであるのに、ついついその先に向かう事がある。幸せのぬるま湯に浸かりながら、もっと幸せになるのにはどうしたら?ちょっと位ヤンチャな方法でも良いよね?その結果が餡子熊女の呪い、いや暗黒魔女からの呪いマシマシ特盛ギガマックス。
グリンダは大賢者であった為、その有り余る聖なる力で命だけは守れたが呪いに体を侵されたまま、数えきれぬ程の年月を流離う羽目になったのだ。
「そして貴女の光は覚醒した聖女の証。聖女の光は全てを癒す。麗しき聖女スリキレーヌよ、呪いを解いて下さった事、心より感謝します」
「「「「「な、何だってー!!!!!」」」」」
「確かに、ワシの長年のリウマチが痛くない?」
「中華鍋を振り続けて腱鞘炎になり封印していた、若い頃の必殺技音速中華鍋炒めが出来る様になってる!」
「俺の痛まず沁まず人知れず治すべく、東方国からわざわざ薬を取り寄せて治療してた、魅惑のヒップに巣食っていた傷が痛く無い!」
「私の暗黒歴史時代に刻まれし、多数の腕の傷跡が跡形もなく消えている!」
「白髪混じりの髪が、艶々の烏の濡れ羽色にっ!」
「無理やり押さえつける事に成功していた、ぐりぐり癖毛の矯正魔法ストレートパーマが解けて、いきなりボンバヘッ!にっ!
ほぼ喜びの声が湧き起こる店内で、急に聖女と呼ばれ戸惑うスリキレーヌ。グリンダは微笑み、手を差し伸べた。
「美しき聖女スリキレーヌ。聖女の力は絶大なれど、相反する魔を引き寄せます。恩人であり聖女のスリキレーヌ、貴女の純粋な心と優しさに心を奪われました。我が大賢者の力をもって一生貴女を愛し守り慈しみます。どうか私の妻になって下さい」
「キモーっ!キモキモのキモー!!!」
スリキレーヌの叫びに、海猫軒の喧騒がぴたりと静まった。
「いきなり聖女の力に目覚めて戸惑う私に、魔の力なんていう恐怖キーワード使用の脅しをかけて不安を煽り、結婚を強要するなんてキモいですわっ!しかもっ!純粋で優しい聖女なら、下は0歳から上は曽孫玄孫に囲まれた御長寿レディも即座に伴侶として愛し守り愛しめるという、巨大なストライクゾーンもキモのキモのキモーっ!ですわああああ!」
「「「「「な、何だってー!」」」」」
「ち、違います!私は純粋に聖女スリキレーヌを「ちょっと待ちな、大賢者とやらのお兄いさん」」
聖女の光に目をシパシパさせていた常連客の一人がフラリと立ち上がった。
「俺達は海猫軒の常連。そしてまたの名を『スリキレーヌちゃんファン倶楽部』!!!」
「俺達、スリキレーヌちゃんファン倶楽部、通称スリキレンは、常に抜け駆けを抑え連携を取りスケジュールを立て、邪な思いを抱く悪しき者共からスリキレーヌちゃんを守る、スリキレーヌ聖騎士団!」
「いきなりやってきてプロポーズする、胡散臭い自称大賢者にスリキレーヌちゃんは渡さないぜ!」
「スリキレナイトの合言葉『Un pour tous, tous pour un《一人は皆の為に皆は一人の為に》』に掛けて、俺達がスリキレーヌちゃんを守る!」
キメ顔でナイフを頭上高く掲げ、打ち合う自称スリキレーヌ聖騎士団。スリキレーヌの顔が驚愕に歪み、大きく開いた口元に品良く両手をあてて、叫ぶ。
「キモーっ!キモキモペタマックス大量発生キモーっ!勝手に人を祭り上げて、変わるがわる監視した挙句、当人の預かり知らぬ所で情報共有までしているなんてっ!ペタを超えてエクサキモですわー!!!こんなキモキモ集団の巣窟で働いてなんていられませんわー!!!」
「「「「「待って!」」」」」
「聖女スリキレーヌ!」
「ああっ!格安且つ集客力抜群な労働力がっ!」
スリキレーヌは海猫軒から飛び出し全力ダッシュをした。ハリー、エンリケ、ボブも真っ青なスピードで。
どこに行けばキモが無いのか?どこに行けばキモレスの願いが叶うのか?それは伝説の国なのか?それは誰もが行きたがるが遥かに遠いのか?キモの無い楽園、キモレスユートピア。走るスリキレーヌは自然に人の少ない方へ向かっていた。何故なら、キモは人に宿るから。ノーヒューマン、ノーキモ。
その時、急に大きな影が街にかかった。皆が上空に目をやると、そこには悠々と旋回するレッドドラゴンの姿。強いね、赤いね、レッドドラゴン。秘奥義無双転生剣があれば倒せるだろうか。だが、そんな技の使い手はジュゲームには居ない。
街の城門までたどり着いたスリキレーヌの前に、ゆっくりとレッドドラゴンが着地すると同時に紅き光がドラゴンを包んだ。光が収まるとスリキレーヌの前には、燃えたつ紅き髪とルビーの瞳と捻れた角を持つ、マッチョ美丈夫が立っていた。
「我は赤竜ブラコ。運命の番よ、名前を教えてはくれまいか?」
「名乗られて名乗らぬのは、貴族の恥。私はスリキレーヌ・ゴッコーノ。ジュゲーム王国、ゴッコーノ公爵の一人娘ですわ」
「左様か。レディスリキレーヌ、良い名だ。我ら竜族は、一生のうちたった一人の愛する番のみを伴侶とする気高き一族。レディスリキレーヌは我が番。我らが竜族と獣人族の国へ旅立とうではないか」
「き、き、き」
「き?」
「キモーっ!キモい!キモければ!キモい時!キモキモー!何ですの運命の番とかって!勝手なキモキモ運命に私を巻き込まないで下さいます?」
「何を言っているのだ、レディスリキレーヌ。運命の番は抗えぬ魂の結びつき。我と瞳を合わせれば、レディスリキレーヌにも激情に満ちた愛が溢れるだろう⁈」
「キモいですわ!キモすぎますわ!目と目があったらミラクルでも起きるとおっしゃいますの?先程からブラコ様より不躾な視線で私の瞳はがっちりロックオンされておりますわ!その状況で、私にこみ上げるのは激情のキモ感ですわ!運命とか、勝手に決めるんじゃねーです、のよ!魂で運命が決まっているのなら、惚れた腫れたの刃傷沙汰は起きず、どんなに苦労しても番じゃないというだけで思う相手がいても報われぬ恋にFALLIN' LOVE出来ないなんて、酷すぎますわ!愛する心の自由を求めますわ!番システムなんていうキモシステム、私は認めませんわああああ!!!!!!」
「ま、待ってくれ!レディスリキレーヌ!」
スリキレーヌは走った。覚醒した聖女のフルパワーを使いタキオン粒子も真っ青なスピードで走った。ノーヒューマンノーキモ理論は間違っていた。人とは違う種族の竜族や獣人族には、番というキモシステムが存在したのだから。ノークリーチャノーキモなのだ。生きとし生けるものはキモ属性を備えている。
であれば、どこに向かえば良いのか。生き物から外れた世界。ある意味生きているという定義から外れた精神体魔族なら、或は⁉︎確かに、魔族なら肉体を持たない。生き物の精神力を吸収するというのが生命維持活動だとすれば、クリーチャーと言えるかも知れない。しかしながら、学園で受けた魔族の授業では彼らは生き物と定義されていない。
気がつけばそこは魔族の国の入り口であった。深き森を形成する樹木は人の世界のそれとは異なり、くとぅるふふたぐんにゃるらとてっぷつがー しゃめっしゅしゃめっしゅにゃるらとてっぷつがくとぅるふふたぐん感満載だ。ここならもうキモの手は及ばないだろう。あのキモ赤竜も魔界の重き瘴気に包まれれば、まともに動くのも困難の筈。後はこの魔界樹林の中で、聖女の力を活用して生き抜けばいい。
数々のキモバトルから勇気ある未来への進軍を華麗にキメ続けたスリキレーヌには、いつの間にか生き抜く力が備わっていた。
「ふむ、これは珍かな来訪者。ようこそ、か弱き人の娘よ。我が名は大魔王チヨ。千の魔の世を統べる者だ。名は何と申す?そしてこの瘴気の中来訪した理由を聞かせよ」
「これはこれはご挨拶痛み入ります。私はスリキレーヌ・ゴッコーノ。人の国ジュゲーム王国からやって来ました。私は聖女の力を保有している為、瘴気の影響も受けません。私は多くの方々から一方的な愛を向けられ、些か疲れてしまったのです。この瘴気に囲まれた魔界なら、安寧の日々を送れると思いました。大魔王チヨ様の許可がいただけるのなら、ここを安息の地と定めたいのですが、宜しいでしょうか?」
「む、スリキレーヌ、其方が我が名を呼んだ時、我が心に嘗て無い衝撃が走った。強き聖なる力が、我が魔なる力と共鳴しておる!スリキレーヌ、我が妻となり魔界女王となれ!」
「きいいいいいいいいいいいいいいいいいい!もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!キモキモキモキモキモキモキモー!!!!!ゼタ盛りマックスキモキーモ!」
大魔王すらキモい!キモすぎる!この世界はキモで溢れている!スリキレーヌは己の持つ全ての聖女の力を内に向かって爆発させ、キモワールドから逃げるべく、己の命を燃やし尽くした。
スリキレーヌ・ゴッコーノ、享年18歳。キモに囲まれたキモライフであった。
「こ、ここは?」
「気が付いたか?ここは転生神が治める雲上の転生神殿。私は転生神キューメイだ。其方にはまだ寿命が残っておったのに、何故、命を絶ったのだ」
「私は、一方的な愛を押し付けられ、どこに行っても純粋なお互いを思いやれる愛を見つけられない事に絶望して命を絶ったのです」
「ほう。其方は、うん、前世の名はスリキレーヌ。ゴッコーノか。確かに、其方にとって納得のいかぬ愛に囲まれた人生であったようだな」
「はい。私は純粋な愛を求めました。相手を思い、相手に思われ、心から湧き出る愛を最上と考えているのです」
「素晴らしい!純粋で相手を思いやる慈愛と共感の愛!其方の様な者は、より大きな愛を持てる者だ。私、キューメイと婚姻を結び、ここ転生神殿で愛すべき人々の良き転生を見守ろうではないか」
「き、キモーっ!神なのに配偶者を求めるなんてキモっ!キモキモのキモーっ!神は万物を愛する孤高の存在であるべきなのに!キモすぎてキモすぎて、キモ度最高ヨタキーモ!」
スリキレーヌはキモキューメイの前からダッシュを掛けた。しかしここはキューメイの管理する転生神殿。キューメイにまわり込まれて大ピンチ!だが、ノーキモエンジンはターボ全開、ノーキモスコープが活路を開く!
「そこよ!」
転生神殿の奥に並ぶ、数え切れぬ程の転生の井戸の間。逃げようとするスリキレーヌに対して、外に逃さぬとまわり込んだキューメイからすれば逆方向。スリキレーヌは転生の井戸の間に飛び込んで、入り口の大扉を閉めた。抜かりなくでっかい閂もぶっさす。これで時間も稼げる。でっかい門に閂とくれば、攻城兵器撞車あたりが無ければ早々攻略出来まい。
スリキレーヌは次々と井戸を覗いていく。今世、と言っても今は中間世界だから前世だが、がキモに塗れていたのは過去の話。来世にワンチャン賭ければ良い。
「キモーっ!」
「ここもキモー!」
「やだキモー!」
「キモキモのキモー!」
「キモマックス!」
「キモ祭り開催!」
「老いも若きも皆きんも!」
スリキレーヌが次々覗く転生の井戸の先、数多の世界にもキモは存在していた。というか、世の中とは須くキモなのか?
頑張れ、スリキレーヌ、負けるな、スリキレーヌ、人の魂の数だけ転生先は存在する。きっと何処かにはスリキレーヌの納得のいく人生を送れる場所があるだろう。だからそれを見つけるまで、スリキレーヌの長いノーキモ転生先探しの挑戦は続く。そう、スリキレーヌはようやく探し始めたばかりだからな。この果てしなく遠いノーキモ転生先探しを……。