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楽園をいきたい罪深い僕らは、  作者: 猫田ノコ
消えない誓いをたてよう
6/10

六話

アリスと春はまだ夢のなかだろう。足音を立てないよう、静かに屋敷を出る。窓から見たら、眩しい日の光を浴びることができたが、外はまだほの暗い。きっと木々に囲まれているからだろう。


「こんなに早く起きたのは初めてだろ」

「うん」


僕がまだ眠っているとき、既に夜は明けているんだ。目覚めたばかりの、生まれたての朝の空気を吸う。心まで透き通って、気持ちがいい。

そうだ。この庭を抜ければ、もっと朝の歓びを味わえる。


「ついてきて」


朝露に濡れた草花で滑りそうになりながらも、駆け出した。




行きつけの川は、今まで見たことがないような表情をしていた。水の流れが早い。その様は、まるで#生__せい__#を咆哮するかのようだ。


「こんなとこ、屋敷の近くにもあったんだな」


斜面を下りる。翔さんが手をかしてくれ、正直、よくここに来る僕にとっては要らない気遣いだったけれど、素直にやさしさに甘えることにした。

洗いそびれた顔を洗う。口をゆすぐ。手のひらに掬った水が、朝の光を纏っている。


「俺に聞きたいこととか、ないの?」


翔さんが、太陽を背にして平べったい石の上に立っている。金色の髪も、耳に光るピアスも、いつもより輝きを増して、まるで物語のワンシーンみたい。


「だって教えてくれないでしょう」


なぜ彼が、鍵をかけたはずの僕の部屋にいたのか。その疑問が沸くのは当然だ。

でもそれ以前に、翔さんは、彼自身のことを何も教えてはくれないのだ。疑問を持つのは今に始まったことじゃない。

シャツをめくり上げ、濡れた顔を拭こうとすると、翔さんがハンカチを差し出してきた。清潔そうなグリーンが、目にやさしい。


「……それ、綺麗なやつ?」

「失礼だな。女の子の部屋から盗んできた、それはそれは綺麗な……って嘘嘘、俺のやつだから。そんな目すんなよな」


へらへらしながら彼が言うことは信用できない。けれど、その肌触りと、大好きな花の香りは、アリスが洗ってくれたであろうことを証明していた。

礼を言って返す。その場に膝を抱えて座り込む。翔さんも、隣に胡座をかいて座った。


「まだちょっと暗いけど、こんなに早くにもう朝は来てるんだね。知らなかった」

「そうだよ。夏樹くんは朝寝坊かもね。俺は、五時とか六時とかに、ぱっと目が覚めるんだ。朝日が昇るのと一緒に起きるって、めちゃくちゃいかしてんじゃん?」


ま、寝るのは遅いんだけど。そう言うと翔さんは、ポケットから小ぶりのつぶれた箱を取り出した。その箱から、白くて小さな棒状のものをつまみ上げると、薄い唇でそれを咥え、ライターで反対側に火をつける。しゅぼっと、心地よい音。

離れた唇から、白い煙が吐き出された。焦げたような匂い。


「たばこっつうんだ。吸ってみる? なんちゃって。俺がアリスちゃんに殺されちゃう」

「気持ち悪くないの?」


隣にいる僕ですら、匂いにむせかえりそうなのに。咳き込まずに直接吸い込む翔さんを見ながら、なんだかこっちまで吸っているようで、気分が悪くなる。


「全然。最っ高だよ。これは俺の一部。無くなっちゃ生きてけない」

「そんなにいいものなの?」

「からだに有害なもんしか入ってないけど」


え、とからだが硬直する。翔さんがげらげらと下品な笑い声を上げた。ピアスといいたばこといい、彼は本当に理解不能な人だ。


「こうやって、すこーしずつ、ゆるやかに、命を削ってるんだ。この世なんてろくでもないだろ。どうせなら、気持ち良く、好き勝手してから死にたいじゃん?」


表面だけの薄っぺらい笑顔の下が、ほんの少しだけ、見えた気がした。


「僕も吸いたい」


目が合う。彼の唇からたばこが離れる。むせかえりそうな匂いが、僕の命を削っていく。

だーめ、と唇が言葉を形づくった。


「夏樹くんは、駄目だよ」

「なんで。なんで君が良くて、僕が駄目なの」


ろくでもないこの世。生きるせかいは違っても、僕のせかいだって、明けない夜みたいに真っ暗だ。こんなにも息苦しいのに。

目の奥がじんと熱くなる。彼の顔が僕に近づく。その目のなかに、僕の姿を捉えた。


「怖いなら、助けてやるから」


だから、ちゃんと、生きろ。そう言われた気がした。目が語っているようだった。

頬に触れる体温。そのあたたかさに、やっと、気づいた。

僕を救ってくれていたのは、翔さんだったんだ。

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