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楽園をいきたい罪深い僕らは、  作者: 猫田ノコ
夜のとばりと悪魔
1/10

一話

◯登場人物


高田夏樹(24) 屋敷に住む青年。とある事情を抱える。


川崎翔(22) 飄々とした金髪ピアスの青年。時折、悪魔のような一面を見せる。


山田アリス(24) 美人なメイド。夏樹に対し、不干渉なのに過保護。


前野春(16) 夏樹の遠い親戚。よく女の子に間違われる。


笹木真由子(50) ご近所さん。夏樹の友人。

殺風景な部屋。アンティークな作りの椅子に座ると、対角線上にあるのは三脚に乗ったカメラ。


「十一、五十九、八十二」


紙に書かれた数字を読み上げる。

これらの数字が何の意味を持つのか、それは分からない。重要ではない。大事なのは、これは僕の仕事であって、僕が行わなければならない、ただそれだけなのだ。




僕の朝は早い。

目覚める頃には、時計はぴったり九時をさしている。顔を洗いうがいをしてリビングに向かうと、アリスが朝食を準備してくれている。


「おはよう」


アリスはこくりと頷くと、テーブルから席を離れ、リビングから出ていく。本当は、一緒に食卓を囲みたいのだけれど、彼女にとってそれは失礼な行為に当たるらしい。

朝食のメニューは、日本人の朝ごはんの定番だ。白くてどろりとしたもの、緑色した葉っぱ、赤くて真ん丸な実。どれも呼び名は知らないけれど、物知りなアリスが作るものだ、きっとこれが日本人の朝食というやつなのだろう。

一人、朝食を済ませると、食器類をキッチンに運ぶ。食器くらい洗わせて欲しいのだが、アリスに厳しく禁止されている。

それが終わると、昼食までのんびりと過ごす。本を読み耽ったり、近くの川で泳いだり、音楽を聴いたり。それから、朝食のときのように一人で昼食を済ませ、またのんびりと過ごす。

お風呂に入ったあと、夕食の前に、一仕事だ。


アリスとともに地下へ下り、頑丈な造りの扉を開けると、真っ白な部屋に入る。だだっ広くて、なかには椅子と、三脚に乗ったカメラだけ。ここへはアリスは入れない。アリスから渡された折り畳まれた紙を受け取り、扉を閉めて、椅子に座ると、紙を開く。

そこにはいつも数字だけが書かれている。法則として、今まで百以上の数字は出たことがない。多くて五つ、大抵は二つか三つほど。一つのときもある。これを順番に、ゆっくりと読み上げる。それだけだ。

この行為に何の意味があるのか、それはアリスは教えてくれない。ただ、これは僕の毎週一回のたった一つの仕事であり、この仕事があるから僕は生きていられるのだと、それだけは心に留めている。

そのあとはまた、一人で夕食。朝も昼も食べたどろっとしたものと、スープ、肉、それから三錠の薬。

歯を磨いて寝室へ向かうと、あたたかなベッドが用意されている。お日さまの匂いがする。天気のいい日には、アリスが干してくれているのだ。


「おやすみなさい」


真っ暗なせかいに言う、これは願いだ。自分と、自分を取り巻くあらゆるものたちが、どうか心穏やかに休まることを祈る。明るい朝が来たら、またゆっくりと過ごそう。正しく清らかに、うつくしい願いを。そうすればすぐに、朝が訪れてくれる。

いつの間にか、深い眠りに落ちていた。



そんな何でもない僕の日常は、ある日突然劇的に変化した。

初めに不思議だと思ったのは、朝食に向かいアリスに挨拶したあとも、アリスが席を立たなかったことだ。


「今日は夏樹に話がある。食べながら聞いてくれ」

「あ、うん」


彼女がこんなに話してくれたのは初めてだ。いつもは「分かった」とか「違う」とか、簡素な返事ばかりなのに。

黄色くてふわふわした固形物を口にする。ほんのりと甘い。


「新しく世話係が入る。この屋敷は広いから、私一人だとどうしても掃除しきれない。新人には主に掃除をしてもらいたいし、夏樹の面倒も見てもらいたいと思う。同じ性別のほうが、気を遣わないだろうし」


面倒なんて見てもらわなくても、僕はもう大人だ。そりゃ、家事はアリスがしてくれているけど、一人で起きれるし一人で眠れる。


「面接をしたが、ちょっとした胡散臭さと下品な笑い方が気になったが。まあ、話しやすそうなのはいいかもしれん。夏樹の知らないせかいのこと、たくさん知っているだろうし」


あとは、夏樹がどうするかだ。アリスはそう締め括ると、唇をいつものように真一文字に結んだ。

世話をしてもらうのはあまり嬉しくないけど、話し相手が増えるという点ではいいかもしれない。アリスは多くのことを教えてはくれないし、あまり一緒にいることもない。従兄弟の春は二週間に一度来るか来ないかだし、近隣に住む真由子さんも、お仕事があったりしていつも会える訳じゃない。


「いいよ。いつから来てくれるの?」


アリスが、壁にかかった時計に目をやる。針は九時半を指していた。


「昼過ぎくらいかな。昼食が終わったら、彼と色々話してみるといい」




昼過ぎになると、アリスと共に屋敷を出、庭で彼を待つことにした。

敷地内の庭はとても広い。周囲を木々が囲み、食事が出来るテーブルと椅子も置いてある。ときどきここで、読書をするのが好きだ。

池のなかの鯉に餌を投げ入れる。アリスと一緒に屈み込み、鯉が餌をぱくぱくと食べるところを眺めた。


「どんな人だろうね」


アリスの返事はない。これはもう慣れっこだ。アリスは、無駄に話さない。だからこそ、何か喋ってくれたときはとても嬉しい。


「仲良くなれるかな」

「ここでの規則はきちんと話したが、ちゃんと守ってくれるか分からん。夏樹、少しでも嫌な思いをしたら言え。即刻辞めさせるから」


いつもと変わらず無表情なアリスだが、何となく、険しそうな顔をしている。


「分かった」



暫くすると、庭の向こうで、聞き慣れた声がした。


「真由子さんだ。アリス、ちょっと行ってきていい?」

「や、ちょっと待ってろ」


アリスはすっくと立ち上がると、ふわふわの長い髪を揺らしながら駆けていった。

アリスが門を開けると、二つの人影が現れる。一つは真由子さん、もう一つは見慣れないものだった。

アリスの手招きが見えたので、急いで立ち上がり、向かう。真由子さんの隣にいたのは、大きなリュックを背負った金髪の青年だった。


「なんか道に迷ってそうだったから声かけたんだけど、夏樹くんちの新しいお手伝いさんって言うからさ。案内したの」


アリスが頭を下げる。僕もそれに倣って「ありがとう」と礼を言いつつ、青年をちらと見る。にこにこしているのだけど、真由子さんの笑顔と違って、なんだかつめたい。本当に申し訳ないけれど、例えるなら、まるで悪魔みたいだな、なんて思う。


「初めまして、川崎翔っていいまーす。カワは流れる川、サキはヤマヘンに奇妙の奇、ショウは翔ぶの翔でーす」


重力に逆らうように尖った髪の間から覗く耳たぶに、きらりと光るものがある。あれは一体何だろう。


「初めまして、高田夏樹です。ええっと、高は高いの高いで……」

「ああ大丈夫っす、アリスちゃんに教えてもらってるんで!」


そうだよね、とアリスに向かって川崎さんが笑いかける。アリスは不機嫌そうに目を合わせないままだった。


「こんなど田舎に、金髪ヘアーな都会人がいるもんで、驚いちゃった。私、夏樹の友だちで、ときどき一緒に遊んでるんだ。よろしくね」

「よろしくです、真由子さん。この辺のことよく知らないんで、色々教えてくださいねー!」


真由子さんと打ち解けているみたいだから、僕も仲良くなれるかもしれない。不機嫌なアリスの様子は、ちょっと気になるけれど。

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