納得いかないぞ!
絵里ちゃんが悪魔憑きになって数日後、ようやく絵里ちゃんが復活した。
「おはよう麻衣ちゃん、淳史君」
「絵里ちゃん!」
「おはよう絵里。もう大丈夫なのか?」
「うん。もう全然平気だよ」
そう言う絵里ちゃんの顔は、非常に朗らかだった。
「久しぶりの学校だが、授業は大丈夫か?」
「うん。淳史君のノートでずっと勉強してたし、多分大丈夫だよ」
「ほえぇ、凄いなあ絵里ちゃん、あたしだったら一週間も学校休んじゃったらもうちんぷんかんぷんだよ」
「麻衣は、毎日学校に通っていてもそうだろ?」
「ひどっ!?」
「ぷっ! あははは!」
淳史の無遠慮な一言に、絵里ちゃんが吹き出した。
「ちょっ! 絵里ちゃん!?」
「あはは、ご、ごめんね」
本当に楽しそうな様子の絵里ちゃん。
どうやらネルの言う通り、安定しているようだ。
とりあえず、あたしが今できることは絵里ちゃんがまた思い悩まないように気を付けるってことだけだ。
でも……それってどうやればいいのかな?
そんなことを思いながら三人で登校していると、裕二が合流した。
「あ、絵里! もう大丈夫なのか!?」
「うん。心配かけてゴメンね」
「全然! そっか、良かったあ」
そう言う裕二は、心底安堵したような表情だった。
やっぱり、幼馴染みの具合が悪いと心配になるよね。
これでようやくあたしたちは元通りだ。
これからは、二度と絵里ちゃんがギデオンに取り憑かれないようにするだけだ。
どうか、平穏な日々が続きますように。
あたしは、そう願わずにはいられなかった。
と、そう願ったのも束の間……。
「麻衣、ギデオンの反応だ」
学校が終わり、今日も遊びに来ていた亜理砂ちゃんと一緒にいるとき、突然ネルがそう言った。
ちょ……あたしの平穏、短すぎない?
朝願ったとこだよ?
「お姉さん! 早く行きましょう!」
亜理砂ちゃんは、もうすでに装備を展開し魔法少女アリーサに変身している。
やる気に満ちすぎでしょ、この子。
「はぁ、分かったわよ」
早く行きたそうな亜理砂ちゃんに急かされるようにあたしも装備を展開する。
そして、いつものように窓から外にでてネルが示す現場に向かって急行していた。
「まったく……いつになったらギデオンは全滅できるのよ……」
「それは分からんな。なにせこの星は人口が多い。各国でも多くの適合者によって日々ギデオンは浄化されているが……正直、どれくらいの数がいるのか分からん」
ネルの言葉に、あたしは目眩が起きそうな気がした。
「それって……いつ終わるか分からないってこと?」
ギデオンがどれくらい地球に蔓延しているのかまったく把握できていないというネルの発言は、あたしがいつまでも適合者としてギデオンの相手をしないといけないということを示している。
それって、あたしが結婚して子供ができてもまだ出動しなくちゃいけないってこと?
ママなのに魔法少女……。
「嫌な未来すぎる……」
「なにがだ?」
「なんでもないわよ!」
内心で思ったことは口には出さない。
くそう、こうなったらそれまでにはなんとしてもギデオンを全滅させてやるわよ!
「あ、お姉さん。忍者さんです!」
「え?」
亜理砂ちゃんの見ている方向に視線を移すと、そこにはあたしたちと同じように民家の屋根の上を疾走するNINJAがいた。
屋根の上を走るNINJA……。
似合いすぎでしょ。
あたしたちが視線を向けていると、NINJAの方も気が付いたみたいだ。
「む? 魔法少女コンビか」
ぶっきらぼうにそう言うNINJA。
こんだけ現場が一緒になるってことは、こいつも同じ地域の人間なんだろうな。
「あ、あら、NINJAさんじゃない。偶然ね」
「お姉さん? なんか口調が変ですよ?」
「う……」
この間の一件で、NINJAと顔を合わせるのがなんとなく気まずい。
あたしは淳史一途なはずなのに、NINJAのちょっとした言動を意識してしまっている。
なんなのよ、これ。
こんなのあたしじゃない。
そう思って、無理矢理話題を作ることにした。
「こ、この前の子!」
「ん? ああ、お前の友達か」
「そ、そう。あの子、ちゃんと社会復帰したから」
「そうか」
「……」
ああ! 会話が弾まない!
どうしよう?
そう思っていると、亜理紗ちゃんが首を傾げていた。
「お姉さんと忍者さん、なんか変です。どうしたんですか?」
「べっ、別に! なんも変なことないわよ」
「心外だな。コイツはともかく、我は正常だ」
「コイツはともかくってなによ!」
「事実だ!」
なによコイツ!
やっぱムカつくだけだわ!
あれはやっぱり、絵里ちゃんのことであたしの心が弱ってたせいね。
そこでちょっと良いところを見たもんだから、勘違いしたんだ。
吊り橋効果って恐ろしいわ。
「んー? いつも通りです? でも、なんかちょっと違うような……」
「それは気のせいよ」
「そうですか?」
「おい、いつまでじゃれ合ってるつもりだ。もうすぐ現場に着くぞ」
「うっさいわね! 言われなくても分かってるわよ!」
ホントにコイツは!
一瞬でも、ちょっといいかもなんて思ったあたしが馬鹿だった!
もう二度と気の迷いは起こさないからね。
あたしは淳史一筋なんだから!
っと、そんな言い合いをしているうちに現場についた。
眼下では、男の人が暴れているのが見える。
うわあ、今日も野次馬が多いな……。
この中に飛び込んでいくのは、毎回勇気がいる。
そう、あたしが躊躇していると。
「魔法少女アリーサ、参上!!」
「やっぱり名乗るんだ!?」
これだけ衆人環視の前で堂々となのるとは……恐れをしらない小学生よ……。
「魔法少女アリーサ!? おい、今あの子名乗ったぞ!!」
「本当だ! 初めてじゃないか!」
「動画! 配信しないと!」
ああもう、こんなとこにまで動画配信者がいるのか。
そんなひとたちの前で堂々と名乗っちゃったら、ネタを与えるだけなんだってば!
これは叩かれるぞ……。
「うおお! 可愛い! やはり魔法少女はこうでなくては!」
「年増の魔法少女が名乗ったらドン引きだけどな!」
「それな!」
なっ!? 受け入れられただとおっ!?
そして、誰が年増の魔法少女だ!
こっちはリアルにその可能性が出てきてるんだ!
傷をえぐるようなこと言わないでくれる!?
「おい、なにを落ち込んでいる?」
「うっさい!」
心ない野次馬どもの言葉に傷ついていると、NINJAが話しかけてきた。
そういえば、コイツもかなり痛い格好してるじゃん。
ケケケ、アンタも散々に言われるがいい!
「お、おい、アイツ……」
「ああ……この前の忍者だ……」
「こんな人前であの格好……」
「しかも秘密組織のエージェントなんだと……」
「なんだよそれ? そんなの……」
「「「格好良い……」」」
「なんでよ!?」
なんであたしは痛くてコイツは格好良いのよ!
感性腐ってんじゃないの!?
「ふふ……やはり、見るものが見れば、我は格好いいのだよ」
覆面越しにだけど、コイツが勝ち誇ってるのが分かる。
くっそ!
別に認められたいわけじゃないけど、なんか納得できない!
「お姉さん! そろそろアイツ浄化しないと!」
「ととっ、そうね。こんなところで遊んでる場合じゃなかった」
おのれ……この鬱憤を全部込めて浄化してやる。
そう決意して力を集め始めたときだった。
「おーっほっほっほ!!」
喧噪の中に、突如高笑いが響いた。
その突然の出来事に、あたしだけでなく亜里砂ちゃんもNINJAも、そして周りの人たちも動きを止めた。
「え? なに?」
「あ! お姉さん、あそこ!」
あたしも周囲を見回すが、亜理砂ちゃんが一足早くその存在に気が付いた。
あたしとNINJAも亜理砂ちゃんが指さしている方へと視線を移し……。
二人して固まった。
なにせ、そこにいたのは……。
黒いマイクロミニのスカートに、黒いチューブトップ、そして黒いベストを羽織った。
女王様がいた。