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誤解スパイラル

 絵里ちゃんは、あんな状態でも登校していた。


 とはいえ、教室の自分の席に座り、暗く落ち込んでいる様子を見れば、皆もなにかあったんだと気付く。


 けど、そのあまりにも憔悴しきった様子に、誰も声をかけられなかった。


 あたしは、あえて日中は声をかけなかった。


 授業中、何度も先生に大丈夫かと聞かれていた絵里ちゃんだったが、なんとか一日を乗り切っていた。


 あんな辛そうにしているのに、声をかけてあげられなかったのは、親友として情けない思いで一杯だった。


 そして迎えた放課後、絵里ちゃんは一人で帰っていった。


 だけど、それは想定していたこと。


 あたしは絵里ちゃんより先に帰る準備を終え、校門で待ち構えていた。

「絵里ちゃん」

「! 麻衣ちゃん……」


 あたしの姿を見た絵里ちゃんは、驚きで目を見開き、そのあと辛そうに目を背けた。


 その絵里ちゃんの行動に、あたしの胸がズキリと痛んだ。


 やっぱり、あたしがなにかしたんだ。


 でも、なんでなにも言ってくれないの?


 言われなきゃ分かんないよ。


 とはいえ、今この場で問い詰めても、絵里ちゃんは絶対に口を割らないだろう。


 なんでもないよと、そう言うだろう。


 そんな絵里ちゃんの性格なんか分かりきってる。


 だからあたしは、ちょっと強引な手段に出た。


「絵里ちゃん、お茶飲みに行こう」

「え?」


 あたしは、あえてなにも気付いていない振りをして、絵里ちゃんにそう言った。


 まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。


 絵里ちゃんは驚いた声をあげた。


 絵里ちゃんが動揺したのを見たあたしは、一気に捲し立てた。


「ほら! 最近田村さんとこ行ってないじゃん? 昨日ママが言ってたよ、最近麻衣ちゃん来ないねって言われたって」

「……」

「ね! 行こ!」


 あたしはそう言うと、絵里ちゃんの手を取った。


 ちなみに田村さんとは、夫婦で喫茶店を営んでいる人で、ウチの両親の友達だ。


 淳史や裕二、絵里ちゃんの親の友達でもある。


 そのお店に行こうと誘ったのだ。


 絵里ちゃんはしばらく俯いていたけど、暫くして……。


「……うん」


 そう言って頷いてくれた。


 よっしゃ!


 ちょっと強引だけど、こういう風に言えば絵里ちゃんは義理を優先させて付き合ってくれるって思ってた。


 そういう子なんだよ、絵里ちゃんは。


 あたしは、繋いだ手を放さないようにしながら、相変わらずなにも気付いていない風を装って絵里ちゃんに話しかけた。


 なにを言っても「うん」や「そうだね」などの生返事しか返ってこなかったけど……。


 無言で手を引いて歩くより、全然マシだよ。


 そうして歩いているうちに、目的の店に着いた。


 お店の名前は『HEUREUSEウールーズ


 フランス語で『幸せ』って意味の言葉らしい。


 お洒落な店の名前に負けないくらい、お店自体もお洒落な喫茶店で、紅茶が絶品。


 コーヒーは苦いから飲まない。


 パパや淳史曰く、ここはコーヒーが美味いのに、とのこと。


 よくあんな苦いもの飲めるよね。


 お店に着いたあたしたちは、そのまま店の扉を開いた。


「こんにちわ!」

「こ、こんにちわ……」


 店に入ってすぐに挨拶をすると、奥さんが出迎えてくれた。


「あら、いらっしゃい麻衣ちゃん、絵里ちゃ……どうしたの? 絵里ちゃん?」


 絵里ちゃんを見るなり、奥さんが慌てて駆け寄ってきた。


 奥さんは、旦那さんと結婚する前は占いで生計を立てていたらしく、すごく当たると評判だったとか。


 噂(パパ談)では、人のオーラが見えるとも言われている。


 そんな人が、絵里ちゃんの様子に気付かないわけはない。


 気づかわし気に声をかけてくれるが、絵里ちゃんはやっぱり「大丈夫です」と弱々しく微笑んで奥さんのことを拒んだ。


 絵里ちゃんに拒まれた奥さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに引き下がった。


「そう? なら、美味しい紅茶でも飲んで、ゆっくりして行ってね。紅茶でいいのよね?」

「あ、はい」

「お願いします」

「はい」


 奥さんはそれだけ言うと、カウンターの向こうへ行った。


 そこにいたマスターが心配そうな顔でこちらを見ているので、あたしは大丈夫という意味を込めてニコッと微笑んだ。


 するとマスターは、小さく頷いて仕事に戻った。


 なんというか、奥さんとマスターのこういう仕草って、大人だなあと思う。


 さて、何はともあれ絵里ちゃんだ。


 お店に入ってしまえば、腰を据えて話し合える。


 あたしは、奥さんが紅茶を持ってきてくれるのを待ち「ごゆっくり」と去っていくまで待ってから絵里ちゃんに切り出した。


「絵里ちゃん」

「……なに?」


 なんというか、素っ気ない感じの絵里ちゃんに心が折れそうになるけど、踏ん張った。


「あたし、なにかした?」


 そう言うと、絵里ちゃんの雰囲気が明らかに変わった。


 眉間に皴を寄せて、なんというか……怒ってる? 感じ。


 や、やっぱり、あたし絵里ちゃんを怒らせるようなことしたんだ。


 一体なにを言われるんだろうと戦々恐々としていると、絵里ちゃんが口を開いた。


「……昨日、なにしてたの?」

「昨日?」


 昨日と言えば。


「裕二とカラオケ行ったよ」

「!!」


 その言葉に、絵里ちゃんの身体が強張った。


「ふ、二人で?」

「え? う、うん」


 はっ!


 も、もしかして、昨日絵里ちゃんを誘わなかったから、仲間外れにされたと思って落ち込んじゃったんじゃ!?


 もしかして、昨日裕二とカラオケ行ったの見られてた?


「……麻衣ちゃんは」

「ゴメン絵里ちゃん!」

「え?」


 あたしは、とにかく謝ろうと思って絵里ちゃんがなにか言いかけたのを遮って先に謝った。


「昨日は裕二のやつが遊び相手がいないって言うからさ! あたしが付き合ってあげただけなの! 決して絵里ちゃんを仲間外れにするつもりはなかったの!」

「……え?」

「昨日さ、裕二と話してたんだよ。二人でこんだけ楽しいなら、絵里ちゃんと淳史もいればもっと楽しいだろうなって。だからさ、今度は絶対一緒に行こう? ね?」


 言い訳がましいけど、あたしはそう言って必死に絵里ちゃんに謝り倒した。


 絵里ちゃんは、少しの間目を見開いてあたしを見てたけど、やがて小さく呟いた。


「そ、それだけ?」

「うん? 昨日はそれだけだよ?」

「ほ、他には? ほかに二人で遊びに行ったりとか……」

「え? ないよ? っていうか裕二、他の日は別の友達と遊んでるじゃん。知ってるでしょ?」


 やっぱり仲間外れにされたと思い込んじゃってる。


 これはいかんぞ、あたしはそんなつもりは微塵もございません!


「じゃ、じゃあ……え? 早とちり……なの?」

「そうそう! あたしが絵里ちゃんを仲間外れにするなんてありえないじゃん! 絵里ちゃんの早とちりだって」

「そっか……そうだったんだ……」

「……分かってくれた?」

「うん……ごめんね、麻衣ちゃん」

「いいよお! 誤解させちゃったあたしも悪いし、気にしないで!」


 良かったあ!


 絵里ちゃんの誤解が解けた!


 いやあ、一時はどうなることかと思ったよ。


 まさか友情の危機? なんてさ。


 はあ……安心したら喉が渇いちゃったよ。


 折角マスターが淹れてくれた紅茶が冷めてしまう前に頂こう。


 そう思って紅茶に口を付けた。


「私は……なんてこと……」


 だから、絵里ちゃんのその呟きは……。


 聞き逃した。



 誤解だった。


 麻衣ちゃんと裕二君は付き合っていなかった。


 ただ、裕二君の暇つぶしに付き合っていただけだった。


 思えば麻衣ちゃんと裕二君は昔からそうだ。


 お互いに遠慮がない。


 だから、あのアイスのやり取りも、全部いつも通りのことだったんだ。


 そのことに関しては、良かったと思う。


 けど、私の心は晴れなかった。


 私は……。


 麻衣ちゃんに裕二君が獲られたと勘違いした私は……。


 麻衣ちゃんを恨んだ。


 恨んでしまった。


 長く一緒にいた幼馴染を。


 私のことを深く理解してくれている友達を。


 一番の親友を。


 恨んでしまった。


 醜い。


 私の心は、なんて醜いんだろう。


 消えたい。


 消えてしまいたい。


 そう思った私の心に……。


 黒い染みが広がっていくのが分かった。



今回出てきた喫茶店は、私の知人のお店の名前をお借りしました。

小説に出してくれて良いよと了解を頂きましたので、今回使用させて頂きました。


ありがとうございます。

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