絵里ちゃんは不安定
裕二と一緒にカラオケに行った次の日。
あたしは朝から次のカラオケでなにを歌おうかなと考えていて、つい鼻歌を歌ってしまった。
「なんだ? 朝から随分とご機嫌じゃないか」
「ん? いやー、別にご機嫌って訳じゃないんだけどさ」
「けど、なに?」
「裕二とさ、今度淳史と絵里ちゃんも誘ってカラオケ行こうって話になってさ」
「カラオケね……」
「そう。そんときになに歌おうかなって考えてたら、自然に出てた」
「そうか……」
「なに?」
「いや……俺、人前で歌うの苦手なんだよな」
「えー? いつもの四人なんだし、別にいいじゃん。恥ずかしいことなんてないって」
「とは言ってもな」
「むー。あたしはみんなと一緒に行きたいのに」
カラオケに消極的な淳史に対し、つい拗ねたような態度を取ってしまった。
でも、しょうがないよね?
だって四人で行ったら絶対楽しいし、そう考えたらワクワクするもん。
絶対、淳史もカラオケに誘ってやる!
そう決意したときだった。
「あ、おはよう、絵里……ちゃ……」
いつもの通学路に、絵里ちゃんがいた。
ただ、その様子が尋常ではない。
目の下に隈ができて、目も充血している。
「え、絵里ちゃん!? ちょ、どうしたの!?」
そう声をかけると、絵里ちゃんはあたしに疲れたような笑みを見せた。
「おはよう、麻衣ちゃん。大丈夫、なんでもないの」
「なんでもないって……」
「ホントになんでもないから。あ、淳史君。昨日の委員会のことで聞きたいことがあるんだけど」
「お、おう」
「絵里ちゃん!」
「ホントに、なんでもないから」
絵里ちゃんはそう言うと、淳史と会話をし始めた。
なんでもないわけない。
あんな絵里ちゃん、見たことない。
なにかあったんだ。
でも、さっきの絵里ちゃんは、まるであたしのことを拒絶するみたいな反応をした。
え? あたし?
あたしがなにかしたの?
まさか、あたしが絵里ちゃんを悩ませるようなことなんて……。
いくら考えても、思い当たる節がない。
でも、今、絵里ちゃんは確実にあたしを避けた。
なんで?
どうして?
目の前で淳史と話している絵里ちゃんは、やっぱり調子が悪い気がする。
そんなになるほどのことを、あたしがしたの?
分からないよ絵里ちゃん。
「おっす! あっ君、麻衣、え、り?」
途中で合流した裕二も、絵里ちゃんの様子を見て驚いている。
「どうした絵里! なんかあったのか!? あっくんにいじめられたのか!?」
裕二がそう言うと、淳史は裕二の頭を思いっきり叩いた。
「痛ったー!! なにすんだよ、あっくん!!」
「お前が馬鹿なこと言ってるからだ。言っとくけど、俺はなにもしてないぞ。朝会ったときから様子が変なんだ」
「朝からって……絵里、ホントにどうしたんだよ」
裕二が本当に心配そうに絵里ちゃんに声をかけてる。
「なんでもないよ。ちょっと寝不足なだけだから」
絵里ちゃんはそう言うけど、それだけのはずがない。
とてもじゃないけど、そんな風には見えない。
だから、なにがあったのか、あたしがなにしたのか訊ねたいんだけど……。
その思いは、次の瞬間に吹き飛んだ。
「え、絵里?」
絵里ちゃんは、裕二に返事をしたあと、ボロボロと泣き始めてしまった。
「ご、ごめんなさい!」
急に泣き始めた絵里ちゃんは、あたしたちを置いて、走って学校へ行ってしまった。
置いて行かれたあたしたちは、呆然だ。
「な、なんで? なんで絵里が泣いてんだよ!」
「知るか! こっちが聞きたいくらいだ!」
「おい麻衣! お前、なんか知らねえのかよ!」
「知るわけないでしょ! むしろ知ってんだったら教えてよ!」
あまりのことに、あたしたちはつい言い争いをしてしまった。
それくらい衝撃だった。
いつも優しい笑みを浮かべていた絵里ちゃんが泣いた。
もしかしたら、あたしがその原因かもしれない。
そう考えただけで、胸が張り裂ける思いがした。
「いい加減にしろ裕二! ここで言い争っていたってしょうがないだろう!?」
「それは! そう、だけど……」
「麻衣」
「なに?」
「絵里から、なにがあったのか聞き出せるか?」
「それは……やってみないと分かんないけど……」
さっき、絵里ちゃんは、あたしを拒絶する素振りを見せたけど……。
あたしの言葉を聞いてくれるんだろうか?
今まで、感じたたことのない不安が込み上げてきた。
どうしようと悩んでいると、裕二が悲痛な顔であたしにお願いしてきた。
「頼む麻衣……絵里から、話を聞いて来てくれ……」
そう、だよね。
大事な幼馴染だもんね。
昨日、皆で楽しく遊ぼうって言ったばかりだもんね。
よし!
あたしは、今日の放課後、絵里ちゃんから話を聞くことを決めた。
多少強引にでも聞き出してやる。