夢オチとか、最悪なんですけど。
「麻衣……」
「え……あ、淳史?」
ちょっ、なにこれ?
か、顔が……淳史の顔が近い!
「麻衣―?」
遠くであたしの名前を呼ぶ声が聞こえてるけど、今はそれどころじゃない!
なんで!?
昨日までそんな素振り見せてなかったのに!
「ちょ、淳史! ど、どうしたのよ?」
「麻衣……好きだ……」
「はぅあ!?」
「麻衣―!」
は!? え!? うそ? うそでしょ!?
「ちょ、ちょっと! 冗談やめてよ!」
「冗談なんかじゃない。麻衣は……俺のこと嫌いか?」
「き、嫌いなんかじゃ……」
「じゃあ、なに?」
淳史の顔がさらに近付く。
ああ……なんか、頭がぼーっとしてきた……。
今まで絶対に覚られないようにしてきたけど、もういいや!!
「す……」
「す?」
「……すき……」
顔に血液が集まってるのが自分でも分かる。
真っ赤な顔を見られたくなくて俯いていると、淳史があたしの顎をクイッと持ち上げた。
「嬉しいよ、麻衣」
「あつしぃ……」
淳史の顔がどんどん近付いてくる。
ああ……あたしのファーストキス……。
そう思ったときだった。
「麻衣!! いい加減に起きなさい!」
「んはっ!?」
あ、あれ?
まさか……。
「夢オチかよ!!」
「なに馬鹿なこと言ってんの! 早くしないと遅刻するわよ!」
「え?」
あたしを起こしに来たママの言葉で時計を見てみると……。
「七時半!?」
「メイクしないんなら、余裕なのに」
「はあ!? 淳史の前にスッピンで出れるわけないでしょ!」
「だから早くから起こしたのに。どうせ夜更かしでもしてたんでしょ」
「そ、そんなに遅くはなかったけど……」
「もういいから、早く用意して朝ごはん食べなさい」
「は! そうだった!」
やばいやばい!
早くメイクして朝ごはん食べないと!
淳史は、朝ごはん抜くと超怒るんだよなあ。
あたしは速攻で顔を洗い、迅速かつ丁寧にメイクを施し、食卓に用意されていたトースト、スクランブルエッグ、サラダをかきこむ。
するとあたしの横から非難の声があがった。
「うわ、汚ねえ食べ方すんなよ」
「むぐむぐ……んぐ。うるさいコージ! 弟のくせに生意気な口聞くな!」
最近、特に生意気になってきた弟の光二だ。
「だったら、もうちょっと姉らしく振舞ったら? こんなのが姉だなんて、恥ずかしくて言えねえよ」
小六のくせに、高二のあたしに対してこの口の聞きよう……。
心底腹が立ったので、光二の一番嫌がる話題で反撃してやる。
「はーん? でも亜理紗ちゃんは、毎朝「おはようございますお姉さん」って挨拶してくれてるけどぉ?」
「そ、それは……亜理紗が毎朝迎えに来るんだから、しょうがねえだろ……」
「へーえ、じゃあ、あたしが亜理紗ちゃんに、もう迎えに来なくていいって言ってあげよっか?」
「ばっ……余計なこというんじゃねえぞ!?」
「さあ、どうしよっかなあ?」
「むぐぐ……」
朝から、しょうもないことで姉弟喧嘩をしていると、向かいに座っているパパから怒られた。
「麻衣、光二、いい加減にしなさい。朝っぱらからみっともない」
「「はーい」」
「それに麻衣。光二の言うことももっともだぞ? もうちょっと落ち着いて食べなさい。折角ママが作ってくれたご飯が勿体無いだろう」
パパ、いまだにママとラブラブだからなあ。
ママが作ったご飯を味わうことなくかきこんでいるのが許せないんだろう。
けど、しょうがないのだ!
「だって、時間ないんだもん!」
「それなら、もうちょっと早く起きなさい。また夜更かししてたのか?」
「いや、その……夜更かしっていうか、なんていうか」
「は! まさか! お、男と遊んでたんじゃないだろうな!?」
「それは大丈夫よパパ。昨日は麻衣、外に出てないもの。大方携帯ゲームでもしてたんじゃないの?」
「そうそう、姉ちゃんが男と夜遊びなんてありえないって」
ママのフォローはありがたいけど、光二、それはどういう意味かな?
まあ、確かにしないけど。
「そ、そうか。まあ、夜更かしはほどほどにな。夜更かしは美容にも悪いっていうし、肌がボロボロになったら淳史君に嫌われるぞ?」
「男と遊ぶのは駄目なのに、淳史はいいんだ……」
「当たり前だろう! お向かいの道場の跡取りらしく毅然とした佇まい。それでいて成績優秀で生徒会長までやってるんだ。あんな男子はそうそういないぞ?」
「そ、そんな評価なんだ……」
そっかあ……パパは淳史の本性知らないからなあ……。
っていうか、ほとんどの人は知らないと思う。
アイツ、猫かぶり上手いから。
「いいか麻衣。パパ、淳史君以外の男は認めないからな!」
「っていうか、淳史兄ちゃんにも選ぶ権利はあるんじゃね?」
「光二うるさい!」
ったくコイツは!
生意気なことを言う光二をどうしてやろうかと考えていると、その光二は、ある質問をパパにしていた。
「お父さん、裕二兄ちゃんは?」
「裕二君かあ。あの子もいい子なんだけど……」
「けど?」
「……あの子、女癖悪そうじゃないか?」
「確かに」
光二はパパの言葉に納得したのか深く頷いた。
裕二は見た目がチャラチャラしてるからなあ。
周りから色々と誤解されてる。
まあ、だからといってわざわざフォローしないけど。
「ほらほら二人とも、いつまでもお喋りしてないで、早く行きなさい。淳史君行っちゃうわよ? 光二も……」
ママがそう言ったところでインターホンが鳴った。
「ほら、亜理紗ちゃん来たわよ」
「やっべ、行ってきます!」
「あたしも行ってきます!」
「はいはい、気を付けてね」
光二と喧嘩してたら本当に時間がなくなっちゃったじゃん!
もー!
あたしは光二と競うように、大急ぎで玄関に向かった。
(はあ……毎朝慌ただしいねえ)
靴を履いていると、小さい声が聞こえてきた。
ちょっ! こんなとこで!
「え? 姉ちゃん、なんか言った?」
「な、なんにも!? ほら! 早く行くよ!」
「うっせーな。分かってるよ」
光二を先に玄関から出したあと、あたしは小声で文句を言った。
(ちょっと! 光二もいんのに何考えてんのよ!? いい? 外では絶対喋るんじゃないわよ!?)
(はいはい)
あたしはその声に一言釘を刺すと玄関を出た。
どうか、まだ淳史が登校してませんように!
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「なあ、ママ」
「なに? パパ」
「麻衣と淳史君って、付き合ってるのか?」
「まだのはずですけど」
「そうか……あんなに毎朝一緒に登校してるのにな……」
「本当にね」
「このままだと、光二と亜理紗ちゃんの方が先に付き合うんじゃないか? っていうか、もう付き合ってんじゃないの?」
「亜理紗ちゃんが積極的ですからねえ」
「それに比べて麻衣は……」
「誰に似たのか、奥手で純情ですからねえ」
「おおっと! 俺も、もう行かないとな!」
「はいはい。気を付けてね」