ネットの噂
「麻衣、ギデオンの反応だ」
「またあ? 連日じゃん」
「愚痴ってもしょうがないだろう。相手は麻衣の都合には合わせてくれないのだから」
「分かってるわよ」
ある日の夜、夕食を済ませて自室で寛いでいると、ネルからギデオンが現れたと告げられた。
ちょっと最近、現れる頻度が多い気がする。
「ギデオンが地球に散らばってから時間が経っているからな。その間に成長したのだろう」
「ってことは……」
「これから連日……もしくは連戦の可能性もあるな」
「うええ……マジですか……」
ネルの言葉に辟易しながらも、ネックレスに向かって念を込める。
すると、あたしの姿は一瞬で例の……あの姿になる。
ネルから貰ったあの装備は、装備者が設定されると、その後常に身に付けられるものに変化する。
ネルの場合は腕輪(あたしからしたら指輪サイズだけど)
あたしは、ネックレスだ。
これは自分の意思で決められる。
ネックレスなら前からしてたし、特に違和感は持たれないだろうという考えから。
指輪は考えなかった。
そんなの嵌めて淳史に誤解されたら洒落にならないし、そもそも指輪は淳史から……。
「この状況でなんの妄想をしてるのかしらないが、早く行くぞ」
「分かってるわよ」
ネルは、すぐこうやってあたしの思考に割り込んでくる。
ちょっと幸せな妄想くらいさせてよね。
っと、愚痴を言ってる場合じゃない。
ギデオンが現れたのなら、何はともあれ行かないと。
アレは、実はあたしたちにしか対処できない。
どういう事かと言うと、ギデオンに取り憑かれた人間……世間では『悪魔憑き』という言葉で認知されているけど、その悪魔憑きに対処しようとしているのはあたしたちだけではない。
当然、警察も出動した。
だけどその結果は……。
制服警官だけじゃなく屈強な機動隊でも、明らかに特殊部隊っぽい人たちでも対処できなかった。
警察では戦力が足らないということで、とうとう自衛隊まで出てきたのだけど……。
結果は同じ。
日本では、悪魔憑きが相手とはいえ銃で撃つことはできなかったんだけど、海外で警察や軍が発砲しても駄目だったらしい。
どんだけ身体が強化されてるんだか……。
結局、日本でも世界でも悪魔憑きに対処できるのは装備の適合者だけ。
その尽くが魔法少女の格好だったために、魔法少女の名が一躍世界中に広まることに……。
もう広まっちゃったものは仕方がないし、それはいいんだけど……。
一つ、どうしても納得いかないことがある。
それは……。
魔法少女を目撃した人たちがネットで繰り広げている議論だ。
あたし以外の魔法少女については、あの地域に現れた子が可愛いだとか、この地域に現れた子の方が可愛いだとかそういう議論がされている。
装備の機能で顔は認識されていないけど、全体的な雰囲気で、だそうだ。
雰囲気が可愛いとかなんなんだろ?
それはまあ、別にいいんだけど……あたしを目撃した人たちの言葉がムカつくのだ。
なにが、魔法少女にしては歳がいってるだ!
魔法少女はローティーンだから可愛いだとか、あの体型で魔法少女の格好をしているとコスプレ感が否めないだとか、ひどいものだとイメクラなんて言う奴もいた。
現役の女子高生掴まえてなにがイメクラよ!
あたしだって、好きでこんな格好してんじゃないわよ!
この姿を想像したのはあたしだけども!
結局好きでこの格好してるってことか、チクショウ!
ギデオンに憑りつかれているわけでもないのに、仄暗い気持ちになりながら、部屋の窓をそっと開け、装備によって強化された身体能力をフルに使って夜の街に飛び出した。
「で? どっち?」
「この方角だ。急ごう、今回のギデオンは大分力が強そうだ」
「マジで!? 急がないと!」
あたしは民家の屋根を跳びはねながら現場に向かう。
ネルのいいようにこき使われるのはムカつくけど、こうして夜の街を跳び回るのは意外と気持ちいいんだよね。
なんていうか、自由に空を飛んでいる感じがして。
「む。いた、あそこだ!」
「オッケー、見つけた」
ネルの指す方を見ると、駅前で完全に自我を失って暴れまわる一人の女性がいた。
二十代半ばくらいかな?
スーツを着ているから社会人のお姉さんだと思う。
そのお姉さんが、駅前にあった自転車を片手で振り回して暴れている。
「うわあ……いつ見ても異様な光景だね……」
細身のお姉さんが、片手で自転車を振り回すという異常な光景に、とんでもない違和感を感じる。
けど、そんなことを言ってる場合じゃない。
早く止めないと、周りにも被害が出るし、お姉さん自身も危険だ。
なぜなら、悪魔憑きと呼ばれる人たちの身体は、ギデオンに無理矢理酷使されているだけ。
ギデオンを浄化すると操られていたときのことは覚えていないんだけど、意識を取り戻したあと、猛烈な筋肉痛に襲われるらしい。
筋肉痛ならまだ良い方で、対処が遅れると筋肉の断裂や骨折していることもある。
例の、海外で銃に撃たれた人は、全身の筋肉がボロボロで、今後の日常生活にも支障があるレベルの後遺症が残ったそうだ。
あたしたちの場合は、身体能力自体が強化されるから、そういう心配はないらしい。
……ネルから説明を受けたけど、詳しいことはよく分かんなかったのよ。
「よし、行くわよ……」
駅前ということで、人が一杯いる所に行かなきゃいけないから、意を決して、お姉さんの前に飛び出そうとした……。
そのときだった。
「待ちなさい!!」
「!?」
今の声はあたしじゃない。
あたしはその声に驚いて、出るタイミングを失ってしまった。
そして、その隙に誰かが暴れているお姉さんの前に立った。
馬鹿! 下手な正義感で立ち向かえる相手じゃない!
と、その人物を助け出そうとしたのだが……。
その後ろ姿を見て、固まってしまった。
そこにいたのは、パステルカラーでフリフリの衣装を着た、まさに魔法少女というにふさわしい少女だった。