犬と青年
黒死病をもとにしておりますが、作者の無学が祟り、なにか足りない点やおかしな点がありましても脳内補完して読み進めていただければ幸いです
昔、ある町のはずれにとても優しい青年と、青年の飼っている見事な白い毛並みの犬がいました、青年はとても頭がよく、薬草や病を治す術に長けていました、犬はとても勇敢で、もし青年に危害が加わりそうになれば青年の前に躍り出て青年を護るのでした
ある年、不思議な客人が町に現れました、その客人はあまりよく思われていないオパールを身に付けていたからでしょう、町の人間は気味悪がってその客人を避け、家に入れないように扉をしっかりと閉めてしまいました
しかし、青年はその客人が宿がなくて困っているのを見ると、家の中に迎え入れて、もてなしをして、犬の取ってきた兎を使った暖かい食事を共にとり、ふかふかのベッドを貸してあげました、客人はそれにとても感謝をして青年達にお礼を言いました
次の日、客人はもう一晩だけ泊めて欲しいと言って、青年はそれを了承しました、その返事を聞くと客人は青年の手をとって言いました「貴方はとても優しいお方、しかし、気を付けなさい、この世の病は貴方を蝕みやすいようだ、賢い犬よ、君はしっかりと主人を護りなさい」
青年は客人の話がよく分からずに首をかしげていましたが、犬は客人をしっかりと見て、ただひとつだけ鳴きました、その日も、客人をもてなし、ふかふかのベッドを貸してやると、客人は寒いからと珍しく中に入ってきた犬と一緒に寝たのでした
犬は隣の部屋の青年が眠ったのを音で感じて客人の腹を鼻先で優しく押しました、客人はそれに気づくとゆっくりと身を起こし、いとおしそうに微笑みながら犬を撫でるのでした、客人は犬にしか聞こえないような小さな声で言いました「君達はとても優しい、流石の私も君達に悪意が抱けない、だから、ほんの少しだけ力をあげようか」
青年は犬に月の光を当てたガーネットを犬の相貌にかざしました、すると、月の光で犬の持つ青の瞳がキラキラと赤い光をたたえ始めたのです、そして、塗り薬も静かに犬の相貌に塗りました、すると犬は客人の後ろに黒い骸骨達を見ました、骸骨達は悲しそうに、惜しそうに虚ろな眼窩で犬を見ているのでした
「あちらと同じものが見える目と、災厄を遠ざける瞳だよ、主人にはもう贈り物をしたから、関わらなければ大丈夫さ」そう客人は笑いました、犬はただじっと客人と、骸骨達を悲しげな目で見つめるだけでした
次の朝、客人は青年の作った鹿肉の干し肉や、保存のしやすいパン等をもらって旅立ちました、その一月後、町には恐ろしい病が流行りました、ひどい熱が出て、息ができなくなったり、体が真っ黒になったり意識がなくなって死んでしまう病で、町の人はとても苦しんでいました
青年は仲間と共に鳥のようなマスクをつけ、患者達に真摯に治療を施しました、そこに溜まった悪い血を抜いてあげたり、熱冷ましの薬草を処方してあげたり、希望している人の遺書を代筆してあげたりと大忙しです、犬は患者を隔離した施設から遺書を運んであげたり、町から買い付けた強い毒を殺すような火酒を積んだ荷車を引いたりしていました
犬の仕事は物を運ぶことでしたが、犬はこっそりと骸骨の付いている動物を殺し、その遺骸を深く掘った穴に隠して骸骨に帰ってもらっていました、そんな事を一人と一匹がしてるうちに、どうにかその病はなりを潜め、町の人は半分が死にましたがもう半分は元気になりました
しかし、ある日、犬は青年の後ろに骸骨ではなく悲しそうな女の人が見えました、犬はその姿が嫌で、青年が寝た後こっそりと唸って脅かしましたがその女の人は悲しそうに赤い目を伏せるだけで何処にもいってくれないのでした
そして、ある満月の夜、犬が眠っていると外から大きな泣く声が聞こえました、それは沢山の女の人の泣く声で、犬は不安になって青年のベッドに潜り込んで眠りました、何故かその時には悲しそうな女の人はいなかったので、犬は安心して暖かい青年の体温を感じながら眠りにつきました
次の日、犬は冷たいベッドで目を覚ましました、隣を見てみると青年が眠っているように犬には見えました、犬は青年を起こそうと優しく鼻先を胸元に押し付けました、そこで犬は青年の魂がもうそこにはないことに気が付いたのです、犬は昨日の女達の泣く声より大きな声で泣きました、すると、町の人はそれに気がつき、青年をお気に入りだった家の外れの谷の見渡せる崖に埋葬し、立派な墓石を立てました
それから犬はずっとその墓の側にいました、お腹も空かないし、喉も乾かなくなっていて、恐らくは死んだことにも気が付いていないくらいずっと墓の側にいました、ある満月の晩に、客人が犬を訪ねてきました、犬は客人を見て青年を誇るように鼻を鳴らしました、客人は青年の墓に鼻を手向けた後、犬に青年とこっそり話して、伝えて欲しいと言われたことを話しました
「皆を護ってほしい」きっとそれが犬から見た青年の願いでした、犬はその願いに呆れたように墓石を尻尾でポフポフと叩きました、客人は暫く話に花を咲かせ、犬にこの後どうするか聞きました
犬はじっと谷の方を見て、そして墓石を眺めました、そしてゆっくりと墓石の上に座りました、ここが自分の場所とでもいうように、客人は笑いながら犬を撫でました、すると犬には谷の底から黒い大きな骸骨が覗いているのが見えました
「なら、君には本当に力を分けてあげよう」客人は犬の胸元にガーネットを埋め込むと、月に祈るような仕種をしました、その瞬間黒い骸骨が吐いた息が谷を這い上がって犬の元まで迫りました、しかし、それは犬の前で綺麗な花弁となって散っていったのです
「人にもなれるようにした、汚れで黒く染まって、落としたくなったら人に水を貰うのだよ」客人は優しく犬に告げると二本の探検を犬に渡し、また来ると言って去っていきました
それからというもの犬は大きな黒い骸骨から護るために青年の墓にずっといるのでした、時々人間に見つかって、黒犬だと怖れられながら、ずっと人間を護っているのでした
いつか、人間がその病に打ち勝つまで
読了ありがとうございました