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恋に恋

作者: 一条 灯夜

 指を掛けたネクタイの先には、ジト目で俺を見詰める姪の姿があった。

「ん~、どうした~?」

 高校の卒業式で、どことなく気疲れしていたので適当に声を掛けながらネクタイを解き、ジャケットを脱ぎ捨て――。

「ずいせい!」

 どこか怒ったように叫んだ姪目掛けて、第二釦まで外して、Tシャツと同じように脱いだワイシャツを放り投げた。

「呼び捨てて呼ぶんじゃないよ、小学生の分際で」

「臭い。カレイ臭」

「アホか、兄貴でもあるまいし」

 どこで覚えて来るんだか――って、十中八九兄貴の嫁さんの影響なんだと思うが、今年で十歳になる姪は、変なところばっかり口達者で困る。その癖――。

「ほれ、下も着替えるんだから出てろっての」

 普通に、俺の部屋にもノックもなしに入ってくる。

 義理の姉さん曰く、恋に恋するお年頃とからしいが、それなら叔父に当たる俺ではなく、親父である兄貴を母親の帆仲さんと取り合って欲しいものだ。

 ベルトをカチャカチャしだすと、流石に察したのか、ぶすっとした顔のままではあったが、姪の光は部屋の外へと出て行った。


 年々、中々に、めんどくさくなる姪の扱いに、短く息を吐いた。


 ウチの家族構成は、特殊……ってほど特殊ではないが、俺の上に兄貴が二人いる。しかも、どっちも既に成人済み。一番上とは十四歳差で、二番目とも十二歳差がある。

 ちなみに、なんでそんなに離れて俺が生まれたのかと言えば、親父とお袋が女の子が欲しかったからとかいう理由だったりするらしい。未だに散々それでからかわれているので、そこは疑いようが無い。

 しかも、絶対女の子だと喜び勇んだところで、三番目も男ってオチまでついてるし。


 まー、だからこそ、帆仲さんと兄貴が結婚した時や、光が生まれたときの両親の喜びは……キモイものがあったけど。

 つか、兄貴の子供と八つしか違わないというのも、非常にやり難いんだよな。

 妹って感じもイマイチしない年齢差だし。

 しかも――。


 部屋着に着替え、居間の炬燵へと向かう。流石に、兄貴達夫婦は今家にいない。って、弟の卒業式に有給使う兄ってのも変かもしれないが。いるのか、現実にそんなの?

「あれ? 親父達は?」

 三月で花粉は飛んでいても、気温はまだそれほど高くは無い。炬燵の先客に訊きながら、足を突っ込むと、今日は癇癪の日なのか、不貞腐れた顔で光が答えた。

「作るの、めんどくさいから、おゆはん買いに行くって」

「マジか、兄貴にでも頼めば良いのに」

 ぽてん、と、炬燵に顎というか、顔を乗っけて潜り込んでる光。小四の平均身長とか分からないのでなんともいえないが、まあ、今の俺から見れば、ちびだな、とは思う。

 あと、ボブの髪も年相応だけど、ツリ目なのは帆仲さん由来だな、とか、そのぐらい。

「つか、なんでお前、怒ってんだよ」

 多分、自分も卒業式に出たかった、とか、小学生らしい回答が来るものだと俺は予想していた。だが、ちょこん、と、炬燵の上に手を出した光は――。

「第二ボタン」

 小学生らしくないことを言いあがった。

 どこで覚えて来るんだか、と思ったのは一瞬で、帆仲さんが収集してる少女マンガを読んで覚えてくるんだろう。

 てか、微妙に耳年増になってる気がするんだけど、兄貴達の教育方針、これで良いんだろうか?

 間に受けるわけにも行かず――いや、そりゃ確かに俺も彼女出来た例は無いが、そこまで飢えてるわけじゃない。良い雰囲気になった女子のひとりふたり……さんにんぐらいは、今までいたし。

 ともかく、俺は目を糸みたいに引き絞って、棒読みで返事した。

「はっはー、俺はもてるから、釦なんて全部奪われてしまった」

「嘘ばっかし」

 いや、少しは本当の事でもある。

 卒業式の後、クラスで集まった際に……甘酸っぱい青春的な雰囲気ではなかったが、のりで適当に配ったり交換したりした。

 そもそも、行ってる、いや、行ってた、が、今は正解かもしれないが、ともかく俺の高校ってブレザーだったので、ボタンも二つしかないし。袖のを入れればもっと増えるが、あっちのボタンは小さいのが四つ並んで縫いとめられてるからなぁ。

 剥がし難い。

 ので、袖のなら余ってる。

「いや、まじまじ、俺、モテ期きたし」

「そんなこと言ってると、結婚してあげないよ」

 いや、してあげないってな、上から目線かよ。

「三親等以内だから、光は俺と結婚できないし」

「む――」

 勝ったな、と、小学生を論破した喜びと虚しさを感じていると、光は帆仲さん由来のどっか気の強そうな表情で言い返してきた。

「あのよるがわすれられないの」

「……誰の入れ知恵だ?」

「お母さん」

 まあ、だろうな。

 ……って、アホか。

 帆仲さんも、止めれば良いのに、むしろどこか光をけしかけるしな。困ったものだ。

 それだけ、信用されてるってことなのかもしれないけどな。

「あー、じゃあ、ネクタイやるよ」

 何の気なしに言ったせりふだったんだが、光は少し葛藤するような顔になった後、ぽそりと呟いた。

「……ボタンじゃなきゃいやだ」

 中々に融通の利かない恋心である。ボタンよりもネクタイの方が高価だろうに。

「第二ボタンくれなきゃ絶交だからね。アタシの領地に入ってきたら、攻撃するから」

「はいはい」

「後悔するなよ!」

「はいはい」

「ば、ばーか」

 もって三日の絶交に意味があるのか分かりはしないが、こういうのも一過性っていうか、大人の階段を上ってるってことなんだろうな、と、微妙な気持ちで日々成長する姪を見送り……。

 短く溜息をついた。

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― 新着の感想 ―
[一言] すごく良かったです!ヒューマンドラマの括りなので、もっと淡白な固い小説かなと思いながら読み始めたのですが、タイトル通り絶妙でした。 なんて言うか、一条さまの作品はまだ数作しか読ませて頂いてい…
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