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《バーディア》の商人

「チュチュチュチュチュン、どーも、どーもぉ!! 毎度おなじみ『パッセル道具店』で御座いまーす!! 油一欠片から、天下の《アーティファクト》まで何でも御座れえ!!」


 ※※※


 二人が出会ってから二日目の昼。

 当初はトイレや着替えをどうしようかと年頃の少女としては当然の悩みを数多く胸の内で抱いていたリルだったが、ハルトがそのあたりによく気を使える人間だったこともあり、この頃にはすっかりそういう点での懸念は解消されていた。


 残る問題の内、一番大きいものは食糧問題だった。

 リルの荷物の中には必要最低限の食料しかなかった。またハルトがグンマーから持ってきたカバンの中にもガムや飴などはあったが食料と呼べるようなものはなかった。必然と、必要な分の食料は森の中で採集することにしていたのだ。


 十四歳の少女一人分ならば少し森を歩けば木の実や野草などが十分量採れるのだが、そこに食べ盛りの少年一人が加わると途端に難しくなる。おまけにリルもハルトもいわゆるサバイバルの知識は持ち合わせていなかった。その知識を授けてくれる本と睨めっこしながら森を探るが、必要十分な量を集めるのは実質的に不可能だった。

 採った食料、持ち歩いている食糧。それらを分配する際、ハルトは客人の礼として遠慮をするが、リルはそれを許さず、きちんと公平に二分割するのを主張する。お互いがお互いに遠慮することによって、自然、二人とも消費する食料を抑え、空腹を抱いたまま歩くことになる。


 そこに彼女が、飛んできた。


 ※※※


「どーも、どーも、こんにちは!!」


 二人が倒れた木の上に座り、しばしの休憩をとっていると、突然頭上から声が聞こえた。ハルトとリルが空を見上げると黒い影がくるくると円を描きながら二人に近づいてきた。


「な、何だ?」


 太陽を背にしたそれ。


「あ、あれは――」


 ――パタパタ。

 茶色い羽根。彼女の背中にはそれがあった。そして器用にそれを動かし、地上に降り立った。


「初めましてで御座います。わたくし、パッセル道具店のマーチェと申します。以後お見知りおきを」


 彼女――マーチェは朗らかに挨拶をするが、しかし、ハルトはそれを聞いていない。


 目の前の羽を生やした少女。歳はハルトと同じか、一つ二つほど年上にも見える。大きな目、栗色の髪の毛、可愛らしい少女の姿。背中に生えた鳥の羽だけが実に不可思議に、ハルトには思えた。


「……そ、それは?」


 ハルトはマーチェの背中を指さす。


「それ?」マーチェはちょこんと首を傾けてから後ろを見る。「何です? 何のことです? 何も見当たりませんが?」


「ち、違う! 翼、翼だ。翼がある!」


「……は?」


 ハルトの狼狽ぶりを当の彼女は「何だこいつ」という目で観察する。「メンドクセエ客捕まえちまったなあ」とマーチェは心の中で密かに思うが、商売人としてそこまでは顔に出さない。


「私も初めて見ました」ぽつりと漏らしたのはリル。その声は新しい知識を吸収した時の声。「貴女は『バーディア』さんですね!!」


 リルの言葉に、マーチェは「ああ、田舎ものね」というような顔をちらりと見せる。しかし、すぐに商売人の顔に戻して、元気な声で言う。


「はい、見ての通り私はスズメの『バーディア』です。お客さん方、私のような《ツバサビト》と会うのは初めてですか?」


「はい、お会いできて光栄です!!」


 リルはぴょんぴょんと跳ねるようにしながらマーチェと握手をする。

 しかし、未だハルトは信じられないものを見たかのような顔をしている。そして、恐る恐ると言った感じに尋ねる。


「何なんだ? その……、バーディアってのは……?」


 マーチェはリルと握手をしたまま「あらら、何も知らないのね」というような顔をする。現にハルトは何も知らないのだ。

 彼に説明をするのはリル。読書家の彼女は知識だけはたくさんあるのだ。


「ハルトさん、ウェアスには七つの《種族》がいるんですよ。『バーディア』はその中の一つでいわゆる『鳥人』です。大きな翼をもつのが特徴で、多くの『バーディア』さんはそれで空を自由に飛ぶのです。ステキですよね!」


 リルの説明にマーチェは満足そうに「そうそう」と頷いてから後に続ける。


「私たち《ツバサビト》はこの特技を生かして文字通り世界中を飛び回っているのです。お手紙であろうと小包であろうと、私たちはどこへだって運んでしまうのです。ウェアスの経済を回しているのは我々です! 金は天下の周りもの。私たちの両翼にウェアスの貨幣経済が成り立っていると言っても過言ではありません! そんな《ツバサビト》を見たことないとはお二人は、失礼ながら、どんな芋くさい田舎から来られたのです?」


 これにはハルトは、あはは、と曖昧に笑うことしかできない。田舎は田舎でもハルトが来たのはウェアスの田舎ではなく、ニホンの田舎だ。


「まあ、よござんす。取りあえず何か御入り用の品は御座います?」


 マーチェはリルの手をそっと離し、肩からかけていたバッグから一つ一つ商品を取り出す。


「ええとですねえ。売れ筋ですとこちらの虫よけ草なんかがオススメです。これを燃して出た煙を体に浴びれば虫に刺されなくなりますよ。ランプ用の油は切れてません? 薬も切れていたら補充してください。旅に役立つ様々な《アーティファクト》も各種揃えています。新聞も大手各社のが揃ってますよ――」


「あの……」


 ここに露店を開くかのような勢いのマーチェを止めたのはハルトだった。


「はい?」


「俺たちが欲しいのは食糧なんだ」


「食糧?」


「何か食べるものはありませんか?」


 リルとハルトの言葉に「うわー、こいつらほんとにほんとの初心者かよ」と思いながらマーチェは自分用の荷物入れを開ける。


「黒パンとチーズなら」


 大きく丸いパンと真っ黄色なチーズ。二人の腹の虫が、きゅぅ、と鳴いた。


「それ売っていただけますか?」


「ええ、どうぞ。私が食べるように持ってきたやつで宜しければ」


 その言葉に、え、とリルの手が止まる。


「マーチェさんが食べるためのならいただけませんよ」


「いえいえ、どうぞ遠慮なさらず」マーチェは苦笑した。「どうやら、お二人はあまり旅の経験がないようですので……、私からのサービス、ということで。こんな森の中で食料を不足させるなんて、旅人、特に初心者にとっては命取りですよ。正直言って見てられません。この職業は旅人さん方とのギブ&テイクで成り立っていますから、もし感謝していただけるのでしたら、また会う時までに立派な冒険者になって情報収集や物の仕入れにご協力ください」


 ですからどうぞ、とマーチェは言いながら、相当に安い(と後でハルトはリルに教えてもらった)値段でパンを譲ってくれた。

 リルが腰からぶら下げている小さな袋の中には数枚の硬貨が入っていた。ウェアスの統一通貨『エール』だ。


「あ、あと」

 と、リルは付け足した。「旅のマントのようなものはありませんか?」


「マントですか?」マーチェはリルの言葉を繰り返しながらも「もちろんありますとも」と言いバッグの中から真っ黒な外套を取り出した。


 リルはそれを大きな硬貨と交換して受け取る。

 あのバッグはきっと四次元につながっているんだろうな、とハルトはその様子を眺めた。


「ハルトさん」


 だから、くるりと振り返ったリルがそのマントをハルトに差し出したのには驚いた。


「プレゼントですよ。受け取ってください」


 突然のことに呆然として、プレゼントを受け取らないハルトに業を煮やしたリルは、彼に無理やり外套を着けさせた。


「ハルトさんの、その兵隊さんみたいな服は目立ちます。あと、その剣も。ですからこれで隠してください。いいんです。これは一緒に歩く私のためでもあるんですから。ハルトさんは黙って受け取ってください」


 リルの言うように、そのマントによって、学ランと日本刀はすっぽり覆い隠された。

 春の風にも体温を奪われずに済み、これは実に合理的な衣装だと思えた。


「ありがとう、リル。大切にするよ」


 ハルトは、それだけを、しっかりと彼女の眼を見て、言う。


「どういたしまして、ですよ」


 リルは下を向いたまま、笑った。


「では、私はこの辺で失礼致します」マーチェは広げていた物をひょいひょいと鞄の中にしまった。「お二人さんが旅を続けていればまた私と会う機会があるかもしれませんので、その時はどうぞまた『パッセル道具店』をよろしくお願いしますね」


 そういってマーチェは再び空へ、それこそ春風のように去って行った。

 スズメ色の羽が一枚、ふわりふわりと舞いながら、二人の前に音もなく落ちた。

 ハルトはそれを拾い、木漏れ日にかざしてみる。羽を通してみた太陽の光には何とも言えない奇妙な美しさがあった。


「元気な人だったな」


 ハルトの婉曲表現にリルはくすくす笑って頷いた。


「不思議です。何だか、また、すぐ会えそうな気がします」


 リルのその言葉と全く同じことをハルトも思っていたが、それは声に出さず、胸の中にしまった。


 ※※※


「こ、これが、サンドウィッチ……、こんな美味しいパンの食べ方があるとは、私、知りませんでした……!」


「そんな大げさな……」


 マーチェに貰った黒パンはパサパサとしていて味気なかった。特に粉もの大国でもあるグンマーの出身であるハルトにとってそのパンはとても美味しいと言えるものではなかった。そこでハルトはチーズと少しだけ残っていた干し肉とをパンで挟んで、簡単なサンドウィッチを作った。

 リルが見たことのないだけなのか、それともウェアスにそもそも存在しないのか、彼女はそのサンドウィッチを奇妙な目で見た。最初それをそのまま齧れと勧められると、リルは「下品ですよ」と首を横に振ったが、ハルトがサンドウィッチ伯爵という貴族が昔考え出したものだ、と説明すると、恐る恐るリルは齧った。


「サンドウィッチ伯爵、恐るべし……。グンマーにはこんな素晴らしい貴族文化があるんですね……」


 しみじみ、という具合でリルが言う。

 サンドウィッチ伯爵の出身地について誤解しながらも美味しそうにパンを頬張るリル。


「本当は野菜を挟むと色鮮やかになっていいんだけどな。酸味の利いたソース類もあればもっと食欲も進むし。ゆで卵なんかを挟んでもグッドだ」


「わわ、美味しそう」


「王都について、余裕があったらフルーツサンドを作ってみような」


「ふるーつさんど?」


「酸っぱい果物と甘いクリームをパンに挟んだ甘いサンドウィッチだ」


「……天才の発想ではないですか、それ」


 口の周りにパンくずをつけたままのリルは、ハルトに微笑みかける。


「ハルトさん」


「ん?」


「早く、グンマーに帰って、美味しいサンドウィッチをたくさん食べないといけませんね。私、応援してます。絶対、サナライズに行きましょうね、ね!」


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