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チキュー、ニホン、グンマー

「チキュー? ニホン?」


 ハルトの説明にリルは鉄製のカップを抱えながら首を傾げた。

 タイヨウ系――チキュー――ニホン国――カントウ地方――グンマー県。彼の所属していた世界はそのような言葉で表現することが出来た。


「そう。地球があって、日本があって、そしてその中に俺の住んでいる群馬があるんだ」


「うーん……、よく分かりません」


 リルは細かく刻んだお茶の葉を少しだけ混ぜたお湯をゆっくりと口に含みながら言った。そもそも住んでいる世界が丸い大地の上にあるという発想自体が想像の遥か上なのだ。

 ウェアスに存在する三つの大陸の外はどこまでも海が広がっているはずで、それがこの地面の裏側でぐるっと繋がっていると、にわかには信じられなかった。


「でも私、聞いたことはあります。このウェアス以外にも世界があるってこと。そこから時々、物であったり、人であったりが流れ着くって。きっと、きっとハルトさんはこのウェアスではないそんな世界からやって来たのですね」


 ハルトもカップに口をつけ、温かなお茶を飲む。ニホンのティーパックで入れるものより随分薄味だが冷えた体にはありがたかった。


「ウェアスって言うのは?」


 ざわざわとウェアスの大地が音を立てる。ウェアスの春風が木々を揺らした。


「えっと……、この『世界』のことです。私たちが今いるこの大地と、そこにある山や川、広がる海、青い空。そのすべてを含めて、私たちは自分たちが生きているこの世界のことをウェアスと呼んでいます。私たちはウェアスを造った神々のもとで日々、生活をしているのです」


「なるほど。そのウェアスってのは俺たちの言う地球と同じような意味か、な?」


 ハルトは自分の腰かけている岩をそっと撫でた。チキューではない世界の、けれど、ここに実際に存在するモノの感触をしっかりとその手で感じる。

 この異世界の名前が、ウェアス。


「不思議な感じだ」


「……何が、です?」


「こうやって別の世界に自分が立っていることが。どうして俺はこの世界に、ウェアスに落ちて来たんだろうな」


 ここがチキューではない別の世界であることは、ハルトは自分でも驚くほどすんなりと信じることができた。理屈も理由も分からずとも、全身で感じるリアルな感覚がその証拠だった。


 リルはハルトの言葉に少し空を見てから、答えた。


「きっと呼ばれたんですよ」


 まるで『答え』を知っているかのようなリルの瞳。大きく、円く、透き通っている。


「誰に?」


「ウェアスの神々に、です」


 その時、

 ハルトの目線の先、遠くに太陽の頭が見えた。

 明かりが広がった。暗闇が晴れる。木々の覆う葉っぱの隙間から幾多もの光線が矢のように二人に降り注ぐ。

 孤独に寂しい夜も、星の光の眩しい夜も、同様に夜は明ける。開けない夜はない。

 一人ぼっちの、少女を襲った、怖い怖い夜は去った。


「グンマーには」リルがカップの中身を飲み干してから言った。「グンマーには神様はいないんですか?」


「いるよ。八百万」


「は、八百万!?」


 あまりの数の多さにリルが驚きカップを落とす。その様子を見てハルトは「ははは」と面白そうに笑った。


「ずいぶん多いんですね。ウェアスの四神とは比べものにならない多さです」


「そんなの、数じゃあないさ」


「……まあ、そうですけど」


 リルは頭の中に色々な姿の神様たちが、わらわらとまだ見ぬグンマーの大地に群がっている様子を思い浮かべる。


「ハルトさんは、では、そんな神々の国の兵隊さんか何かなのですね」


 リルの言葉にハルトは「え?」と返事する。


「いや、違うけど。どうしてそう思ったんだ?」


「その恰好……」


「この恰好?」


 ハルトは自分の来ている服を見る。

 学校指定の学ラン。革靴。


「その詰襟は兵隊さんの制服ではないのですか?」


 ああ、そういうことか、とハルトは彼女の言うことを理解した。

 確かに学ランは軍服に倣って作られていると聞いたことがあった。この世界――ウェアスの国の住民からしたら、この服は軍人階級のものに見えてもおかしくないかもしれない。


「俺はただの学生だよ。群馬、いや、日本の学生は詰襟の服を着て学校に通うんだ」


「学生!?」


 リルがこれまで以上に大きく声を上げた。


「学生だなんて、ハルトさんはとても高貴な家の方なのですね」


「いや、そういうわけじゃ……」


 現代日本に生きていたハルトには想像もつかないことだが、ウェアスでは『学校』に通うのは選ばれたごく一部のエリートのみが通うものだった。そのため高等教育機関である『学校』は一つか二つしかない。

 だから、ハルトがニホン、グンマーでは庶民でも学校に通うのだ、というようなことを口にしても、リルは俄かには信じがたかった。


「すごい所なのでしょうね。グンマーは」


 心の底からそう思いリルは、はあ、と小さな息とともに言葉を外に放った。

 グンマー出身のハルトはそれに苦笑いするしかない。


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