1-2『その少女、シャーロット・クロイツァー』
結局のところ、俺も暇を持て余していたこともあり、隊長に言われるがままに俺は、基地の正門の前までやってきていた。時刻はちょうど10時を回ったところ。第13師団の隊員達を乗せたトラックやジープが続々と基地の中へと流れこんできてた。
「向こうも無傷ってわけじゃないか……」
激しい泥汚れとともにいたるところに銃弾の跡が残ったままの装甲車が俺の目の前を重々しく走り抜けていく。
真暦1871年。蒼和50年の夏。
隣国、ベルフォール帝国が俺たちの国。暁の海国へ電撃侵攻を開始したのが事の発端だった。
奇襲攻撃であったにもかかわらず、通常兵力においてベルフォール帝国の約3倍の主力戦車を有する暁の海国は、帝国軍を国境線上まで押し戻すため、多数の戦車を前線に投入。
戦況はすぐに暁の海国の優勢なると思われていた。
しかし、予想とは裏腹に事態は意外な方向へと転がり始めることになった。突如として戦線に投入されたロボット兵器が、戦場を大きく変えたのだ。
『ウラカン』人工知能を搭載した人型のロボットは、人間が操作せずとも敵地に突撃し、命令一つで敵を破壊し尽くす恐怖の殺戮マシーンだった。
今までの戦争のあり方を根底から覆すような新兵器に暁の海国は苦戦を強いられることになる。
初動における機動力に翻弄された戦車部隊は次々と撃破され、戦線総崩れとなり、物量と圧倒的戦力差に戦線は押し戻されていくこととなる。
開戦から3年。戦況は未だによくなっていない。首都機能を奪われた上に、工業地帯だった南部地域も既に敵の手に落ちている。国土の約4割を失った暁の海国は、泥沼と化した対ロボット戦を終結させることができずにいた。
工業製品の量産の目処は立たず。もちろん戦車や装甲車の供給なんて殆ど無い。北部地域でなんとか敵の進軍を食い止めながら、少数生産の軍需品を作り戦地へと送る。一つだった国は、今や敵軍団により数個に分断され、各々がまだ生き残ってるかもわからない味方を探し求めて細々と命の炎をつなぎとめている。
そんな中、孤立したと思われた俺たち第14師団にとって、第13師団との合流は、現状力強い味方でもあり、精神的なにも多くの人達を支えてくれる存在であった。
「満身創痍ってやつか」
第13師団合流のニュースは、俺たち第14師団が守る街、蘭方市の人々を大きく沸かせた。しかし、現実は楽観的なものではなかった。それは、第13師団が撤退という形で第14師団に合流することになったからだ。
第13師団の主力でだった戦車部隊は、開戦前の約半分にまでなってしまっている。しかもどの車両もさっきの装甲車の様に修理しながらなんとか動かしているような状況で、とてもではないが、状況が優位に進める状態ではないということが、訓練生である俺の目から見ても分かっていた。
「しかし、この中じゃ、誰がウチに配属になった隊員なのか見分けがつかないな……」
俺はただただ呆然と目の前を走っていく車の流れを眺めながら困り果てていた。
隊長が俺に渡したメモには、『ライフルケースを背負った隊員」としか書かれていなかった。
「ライフルケース持ち歩いてる隊員なんて――」
そう言いながらあたりを見回していた時だった。視界の端に銀髪長髪の少女の姿目に入った。俺と同い年ぐらいの少女は、その華奢そうな身体に、大きなライフルケースを背負っている。どう見てもミスマッチな組み合わせではあるが、隊長から渡されたメモのライフルケースを背負っているという文にだけは一致していた。
メモを握りしめながら俺が首をかしげた時だった。銀髪の少女の視線がこちらへと向く。その蒼く澄んだ瞳がしっかりと俺をとらえると、そのまま俺の方へと歩み寄ってきた。
「あなたが第8特火隊のアサギリさん?」
「あ、ああ。朝霧啓吾1等訓練生だ。君は?」
「私は、第13師団38狙撃隊より転属なったシャーロット・クロイツァー1等訓練生。よろしく」
そう言って少女はその白く細い手を俺の方へと差し出してきた。俺も、少しとまどいながらもその手を掴み握手をした。
銀色に輝く髪を乾いた風がなびかせる。俺と同年代であろう少女の瞳は、やけに大人びていて、そして、冷酷な色を帯びていた。
「早速で悪いのだけど、狙撃場はこの基地にある?」
「野外演習場でよければあるが、荷物はいいのか?」
「荷物は後から届くから構わないわ。それに私にはこれさえあれば十分だから」
シャーロットはそう言ってチラッと背中のライフルケースを動かしてみせた。
「というわけだから、野外演習場に案内してもらってもいいかしら?」
「ああ。案内するよ」
俺はシャーロットを引き連れて野外演習場へと向かうことにした。
野外演習場は、一辺2キロ近くになる高い塀で囲っただけの簡単な作りで、要は野原みたいな場所だ。あるものといえば、十字架に貼り付けられた演習目標のウラカンの残骸ぐらいだ。全く見ているだけでも嫌悪感がこみ上げてくるものだが、目標にするにはこれほどのものはないだろう。
シャーロットがライフルケースを地面に置くと、その中からスコープを取り出した。そして、それを覗き込みながらあたりを見渡し始める。
「あれならちょうど良さそうね……」
スコープを覗き込むシャーロットの200メートルほど先に貼り付けにされているウラカンの残骸が見て取れた。
「あれを狙撃するのか?」
「ええ。そうよ」
そう言って黙々とライフルを組み立て始めるシャーロット。彼女が持っていたのはA-750という対物ライフル。女の子が持つには少々でかい銃だ。
とはいえ、12.7mmという馬鹿でかい弾丸は、超射程、高威力。歩兵が携帯できる銃の中では一番の威力を持っている。
「この双眼鏡。借りていいか?」
「かまわないわ」
ライフルケースに入っていた双眼鏡を手に取ると、俺は先程確認したウラカンの残骸へと倍率を合わせた。
基本的に狙撃というのは、スポッターとスナイパーの二人一組で行うのが基本とされている。これは、スコープを覗いている間のスナイパーの視野は極端に狭まるため、周囲の状況把握がおろそかになりやすい。そのため、スポッターと呼ばれる、スナイパーとともに行動する人間が双眼鏡などで周囲の状況把握。ターゲットとの位置関係や距離、風速などという気象条件などをスナイパーに伝える。
つまり、スナイパーが狙撃だけに集中できる環境を作る事によってその能力を遺憾なく発揮できるようにするのがスポッターの役目である。
だが、シャーロットは少し違っているようだ。
ライフルを組み立て終えると、ライフルを地面に据えて狙撃体制を取るとスコープに付いているダイヤルをスコープを覗き込みながら回していく。そして最後に12.7mm弾が詰まったマガジンをライフルに装填するとボルトハンドルをガチャンと引っ張った。
「銀の……」
シャローっとが小声何かを囁いた。
「えっ?」
俺がそれに反応してしまった時だった。ドンッっという耳をつんざくような銃声があたりに響き渡る。赤いマズルフラッシュに気を取られそうになりつつも、俺は慌ててターゲットであるウラカンを見る。
「……当たってない?」
「それじゃない、奥のやつ」
「奥って……マジかよ」
確かに俺がターゲットだと思ってたウラカンのはるか後方にもう一体のウラカンが貼り付けられている。だか、その距離はここから約1キロ弱。しかも、そのはるか向こうにいたウラカンの目に当たる直径5センチほどメインカメラのレンズが吹き飛んで薄く煙をあげていた。
「ターゲット沈黙。行動不能」
シャーロットは静かにそう言い放った。