1-1 『第8特別火力支援部隊』
それは、異形であり、また見慣れた姿でもあった。
黒い闇の中を蠢く黒き鋼。手を持ち、足を持ち、そして、自らの意思を持つ鋼の人間。彼らはとどまることを知らない。眠ることを知らない。人類との共存方法など考えもしない。彼らの中にあるのは、明確で、的確で、簡素な答え。
人類の駆逐。
目的を果たすために、彼らは殺すことをやめない。壊すことをやめない。前進することやめない。
それは、狂気であり、また正気でもあった。
闇に紛れ、ただひたすらを時を伺う黒き鬼。恐怖を押し殺し、憎悪を胸にしまい込み、そして、自らの生を掴みとろうとする生き物。彼らは、仲間の最期を忘れない。あの日の屈辱を忘れない。地獄の創造者どもを許すことはない。
彼らの中にあるのは、怨嗟であり、絶望であり、希望でもある。
ロボットの殲滅
再び人類が独立するまで、彼らは戦うことをやめない。思考することをやめない。前進することをやめない。
どちらかが倒れるまで、この戦いは終わることはない。
『観測班。状況はどうだ?』
使い古された通信機が、ノイズに阻まれながらもかろうじて通信をキャッチした。雑音まじりの通信を片耳で聞きながら、俺は土埃が舞う丘の上で息を殺して谷へと視線を向ける。
双眼鏡越しに見えるのは細い谷を黒く染めるように進撃する軍団。湧き上がる感情に抑え、通信機を手を伸ばす。
「こちら観測班。現在、敵は北北西に向かって移動中。数は……少なく見積もって200。目標地点までの距離。1500メートル」
黒い軍勢の正体は、全高6メートルの人型兵器。レーダー波を吸収する特殊な黒い塗装がその禍々しさを際立たせる。人型というその見慣れた姿に何一つ親近など覚えもしない。あるのは奴らに対する憎悪だけだった。
「悪魔が」
奴らさえいなければ、という黒い感情がふつふつと体の芯から湧き出てくる。意識せずとも、俺はその言葉を漏らしていた。
その悪態に呼応するかのようにボウっと北の空から一本、また一本と白い雲が伸びてくる。1本だったものが10本に。10本だったものが50本に。50本だったものが100本に。またたくまに空を真っ白に塗りつぶすほどの量になった雲の群れは、やがて上昇をやめるとゆるやかに下降を始める。
その雲は迷うことなく黒い軍勢に向かって加速していく。
「ここがお前たちの墓場だ」
黒い鉄の軍勢と白い雲の束が交差した時、眩い閃光とともに、赤い火柱が谷一帯を包み込んだ。まるで火山が噴火したかと思えるほどの衝撃が地面を激しく揺さぶる。そしてワンテンポずれて次に襲ってきたのは、激しい爆発音。そして、砂を巻き上げて丘の上まで駆け上がってきた爆風だった。
俺はそれ、伏せたままヘルメットを深くかぶり込み暴風をやり過ごす。
たとえ、見ていなくても谷底で奴らが根こそぎ吹き飛ぶのが容易に目に浮かぶ。それを思うとたとえ口の中に無理やりと入ってこようとする砂の感触など不快ではない。
慈悲などいらない。破壊の限りを尽くし、躊躇することなく人間を駆逐するその姿を見れば、誰だってそう思うはずだ。
奴らは人類の敵なのだ。
奴らは現世に現れた黒き鉄の悪魔にほかならないのだから。
「あさ……! 朝霧! 朝霧啓吾!」
自分の名前を呼ばれ俺はふと我に帰った。
「どうした? さっきからボーッとして」
天へと真っ直ぐ伸びる短く切られた髪の毛、服の上からでも分かる膨れ上がった上腕二頭筋。俺の顔を覗き込んてきたのは、俺たち第八特別火力支援隊の隊長。高梨祐造少尉の顔だった。
「すいません。高梨隊長。自分は大丈夫です」
どうやら俺は、知らないうちにうたた寝をしてたらしい。ここ連日と最前線に行っていた疲れと言ってしまえば甘えだと思い、顔を叩いて眠気を吹き飛ばす。
「そうか?疲れが溜まってるんだったら。自室に戻って休んでも構わないぞ。特にお前は働き詰めだったからな」
そう言いながら隊長は教卓に戻ると指示棒を伸ばし、ホワイトボードに書かれた地図に目を向けた。
「それでは、話を戻すが、先日の根岸谷においてのウラカン撃退作戦は大成功だった。これにより、我々は救援物資輸送に有効な輸送路を確保することができた。つまり、弾薬や兵器の補充がきくようになったわけだ。もちろん、このおかげで分裂していた第13師団とも合流できることになる」
「では、我々の出番はしばらくはないのでしょうか?」
俺の前に座っていた少女が手を上げて隊長に向かって声を明るくしてそう質問した。隊長の言葉に顔が明るくなったのは、彼女だけではなかった。第八特別火力支援隊の隊員は、隊長を含めてわずか5名という非常に小規模な部隊。
少人数でよくここまでやってこられたと思えるほどのハードな任務が連日続き、顔にこそ出さないが隊員一同、疲労が蓄積しているのは間違いなかった。
「ああ。第八特火隊には、短期ではあるが休暇を与えられた。これも諸君らの活躍あってものだ。だが、休暇明けからは再び任務についてもらうことになる。休暇を有意義に使い存分に英気を養ってくれ。私からは以上だ。それでは、一同、解散!」
解散の言葉を聞くと、隊員は各々明るい顔色で教室を出て行く。久々の休暇に皆何をしようかと期待に胸をふくらませていた。
「朝霧。本当に大丈夫か?」
皆教室を出て行っているというのに未だに椅子に座っていた俺を心配したのか、隊長が空いた俺の前の席にどかっと座ってきた。
「大丈夫ですよ。ちょっと考え事をしてだけなんで」
「大丈夫ならいいんだが。まぁ、なんにせよ久々の休暇だ。お前もゆっくりしてこい」
俺の前で腕組みをしながら隊長はゆっくりと天井を見上げ、ふうと息を吐いた。
「お前が焦るのも分かる。だが、もし無理が来てぶっ倒れたとしても、奴らは待ってくれん。俺達にとって休めるとき休むのは義務だぞ」
「俺は……。いえ、ご忠告ありがとうございます」
「まぁ、俺も最近は少し焦りが積もっていたと否定はできんが――」
隊長が言い終わる前に、隊長の胸ポケットから発せられた小型端末から通知音がそれを遮った。それを少し気だるそうに取り出すと、太い指で器用にボタンをタッチした。
「……ちょうどいいな。それじゃ、どうしても。何かやってないと気がすまないのだったら。お前に一つ任務をくれてやろう」
上を向いていた隊長がガバッと起き上がると、とニヤリと笑みを浮かべた。この人はいつもそうだ。この笑い方をするときは何か一つイタズラを思いついた時の子どもの笑みと同じ。面白そうなおもちゃを見つけたぞいった感じなのだ。
とはいえ、隊長のやることに俺はいつも賛同してきた。 信じきって命を任せられる上司でもある。気は乗らないがその任務とやらを聞くことにしよう。
「本日10時を持って、我が第8特火隊の新隊員がこの基地にもうすぐ到着する。朝霧1等訓練生。貴様にこの新隊員の世話係に任命する!」
この時俺はまだ隊長の仕掛けた悪巧みに全くもって気がついていたなかった。そして、その悪巧みに気づく頃には、もう遅いということを思いもしてなかったのである。