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復讐王子と氷姫  作者: 岩月クロ
番外編
8/11

幸福感

「はーい、終了! どう、綺麗になったでしょう? 気に入った?」

 シャルロッテが自信あり気に胸を張り、結ったばかりの髪を見せつけるようにオリビアを急かす。肩を叩かれたオリビアは、閉じていた目を開くと、目の前の鏡に映る自分を見た。

 それから、いつも通りに穏やかに「綺麗ですね。いつもありがとうございます」と笑った。

「うふふ、そうよねそうよね。流石私だわ!」

 当たり障りの無い返事にも、シャルロッテは嬉しそうに笑う。

「今までいろいろ弄ってきたけど、どれが好きなの?」

「そう、ですね…」

 彼女は困ったように眉を寄せた。それから思案顔のまま、「選べません。どれもシャルロッテさんがやってくださったものだから」と非常に素直に述べた。オリビアの嘘偽り無い言葉だ。他の者が言えば、世辞に捉えられそうな発言も、嘘を吐けないオリビアが口にすれば、最上級の信頼として響く。


「と、いうことがあったんですのよ」


 シャルロッテは、髪を結った時以上に自慢げな顔をした。

「…ほう。で、それを俺に言って、何がしたいんだお前は」

 苛立ちを隠そうともせず、黒い雰囲気を辺りに撒き散らしているリアンは、それでも気力で、書類に目を通すことは止めない。

 彼女の兄が、頼むからことを荒立ててくれるな、と懇願の視線を向けているが、シャルロッテはあえて無視した。

「オリビアは、殿下よりもきっと私の方が好きなのですわ!」

 ボキッ、とありえない音がした。

 恐る恐るジェイムスが様子を窺うと、彼の手の中にあるペンがあり得ない方向に曲がっている。ちょっと待て、あれはそんなに柔な物では無いのに。

「この前だって、」

「あーっ! あー、あー、あー! で、ででで殿下、先の休憩からもう六時間も経っています! 休憩しましょう、休憩!」

「あら兄様、どうかなさっ」

「頼むから口を開かないでくれないかな!?」

 本気で泣きが入った兄の姿に、フン、と鼻を鳴らし、今回はこれで許してやろう、と言わんばかりの様子だ。

 それでも最後にこれだけは、と自慢げな顔から一転、睨むような顔でシャルロッテは警告した。

「執務がお忙しいのは分かりますけど、彼女のことも気に掛けてあげてくださいませ。彼女はあの通り…殿下がいなくても、それはもう平然と暮らしておりますし、事実、寂しくも無いみたいですが」

 グサグサと言葉の棘が刺さっていることなど気にせずに、シャルロッテは最後の爆弾を投下した。

「あんまり長く続きますと、本当にどうでもいいと思われてしまいますわよ」

 その光景は、その場にいた男二人にも、容易に想像がついた。この世のもの自体にあまり執着を示さない―――それがオリビアだ。

 シャルロッテの言葉は、ただの脅しではないので、余計に強いのだ。

「今から休憩(・・)なのですよね。オリビアは自室におりますわ」

 最後に塩を送り、シャルロッテはその性質からは考えられない程静々と礼をして、まるでお淑やかな令嬢だと言わんばかりに退室した。

「………殿下」

 優秀な臣下は、どうなさいます、と訊こうとし、これは愚問だなと思い直す。代わりに、「いってらっしゃいませ。できれば一時間…いや二時間以内にお戻りください」と送り出した。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 オリビアの部屋は、彼女がリアン殿下の婚約者だと正式に決まった時点で、また引っ越しとなった。

 前の部屋も広かったが、今度の部屋もやけに広い。このため、やはりオリビアは落ち着かない。

 読書は、その違和感を忘れるには、ちょうどいいものだ。没頭していれば、時間は過ぎていく。しかし、これでいいのだろうか、という気もしていた。

 自分はここに住まわせてもらっている身。それならば、何かしら恩返しをするべきなのでは。

 しかしながら、オリビアができることなど限られているのである。料理などしたこともないし、立場上難しい。令嬢の間での嗜みである刺繍などは練習すればなんとかなりそうだが、そんなものを貰って嬉しいだろうか。疑問だ。ならば自分の身を盾にすることくらいだが、最近はどうも外に出ても厳重に護衛されてしまう。そもそも、そんな事態になること自体が、望むべきことではない。

 完全に詰んだ状態だ。

 ―――彼女が、リアンに想われている自覚があれば、また答えは違ったのだろうが。

 当事者だから分かっていないのか、オリビアの性質的な問題か。おそらくは後者の理由が大半だろうが。

 気付くと、紙を捲る手が完全に止まっていた。

 扉がノックされたのは、ちょうどその時である。お陰で、オリビアはその音を聞き逃した。

 しばらくして、扉が開く。

「―――なんだ、いるじゃないか」

 その声は、心なし安堵しているように聞こえた。

「リアン殿下…」

 少しばかり目を大きくしたオリビアは、ゆっくりと立ち上がり頭を下げた。「楽にしろ」と言われると、リアンに椅子を進め、自分も再度腰を下ろす。

「本日は、どうなされたんですか?」

「…用事が無いと貴女に会いに来てはいけないか?」

 オリビアは、少し黙った後に、「そのような決まりはありませんが、お疲れのご様子ですので、自室で休まれた方がよろしいのではないかと」と無表情で告げた。心配しているのか、そうではないのか、読み取れない表情である。

「………。そうだな、疲れているのかもしれない」

「でしたら」

「だから、ここで少し休ませてくれ」

 リアンは立ち上がるなり、一人掛けの椅子に座っていたオリビアを引っ張り起こすと、腕の中に彼女を閉じ込め、ベッドに倒れ込んだ。それから、身体の力を抜いて、ふう、と息を吐く。

「自室の方が休まるのでは?」

「………こちらの方が良い。安心しろ、何もしない」

「何も、とは?」

「………」

 恥じらいを持たない、というよりもそういった面での知識(あるいは、情緒)が皆無であるオリビアに、リアン(婚約者)は黙秘で答えた。いずれ教える時は来るだろうが、それは今ではない。髪から漂う香りに、思うところが無いわけではないが、今はこれで十分だ。と、自分に思い込ませる。結構必死に。

 対するオリビアは、自室よりもこちらが良いということは…これが“人恋しい”という状態なのだろうか、と合っているのかいないのか、微妙な考えを頭の中に展開していた。

(でも、確かに…)

 一人では得られない温もりは、心地よいものだ、とオリビアは感じた。

 すり、と頭を擦り寄せると、びくりとリアンの身体が震えた。やがて恐る恐る、彼の手が彼女の小さな頭を優しく撫でる。

「確かに、落ち着きますね」

「………そ、うか」

 何かを抑え込んだような声に、不思議に思い顔を上げようとすると、頭に置かれていた手が、それを阻止し、オリビアの頭を胸に押し付けた。

「見るな」

「?」

「いいから、頼むから、見るな」

 何か気に食わないことでもあったのだろうか、とオリビアは思った。自分の婚約者が、まさか自分で自分の首を絞める状態に追い込まれていることなど、そして自分が追い込んでいることなど、当然彼女は知る由も無い。

「………はあ」

 ちっとも休まっているようではない主。

「やっぱり自室の方が休まるのでは」

「…そうかもしれない」

 しかしそう言いながらも、オリビアを囲む腕の力は、増したようだった。

 その微妙な心の在り方は、まだオリビアには理解できない。不思議、と思う程度だ。

「なあ」

 思わず出てしまったというような、呼び掛け。頭を押さえつけられた状態のまま、「はい」と返す。

「貴女は今、幸せか?」

「はい。三食食べさせて頂けますし、身体も洗えますし、本が読めます」

「…そういう意味では、無いんだが」

「では、どういう意味ですか?」

 訊ねられたリアンは、しばしの沈黙の後で、やけに強張った真剣な顔で、「俺とシャルロッテ、どちらが好きだ」という質問をオリビアに投げ掛けた。

「………シャ、」

「もういい分かったそれ以上言うな」

 答えろと言ったのは、貴方なのに。どことなく、理不尽だ。

 しかし、ひどく疲れ切った様子のリアンを見、妥協も必要だ、と考えグッと我慢する。おそらくその瞬間、身体も強張ったのだろう、リアンがぽんと背中を叩いた。

 ぽん、ぽん、とあやすようなリズム。徐々に微睡んでくる。意識が朦朧とする中で、口元緩んでいたのだろう。普段なら心の内で考える程度のことが、口から溢れた。

「リアン殿下は」

「ん?」

 甘い響きを意外に思いながら、オリビアはゆるゆると目を閉じる。

「幸せですか?」

「…そう、だな。少なくとも、絶望はしていない」

「そうですか」

 いつも通りに素っ気なく返してから、いつも通りの無表情で、続ける。

「貴方が幸せであるなら…私はとても嬉しいです」


 そのまま、すう、と眠りに入ったオリビアを前に、ビシリと固まったリアンが復活したのは、たっぷり数十秒は経った後だった。詰めていた息を、ふうう、とゆっくり、長く、吐く。ぽすん、と頭が枕に沈んだ。

「その言葉が、貴女の好意から来るものであったらいいのに」

 寝食を提供してもらっている感謝から出た言葉な気がしてならない。だというのに、リアンの頬は意思に反して緩む。

「今はそれだけでも…いずれ…」

 腕の中で、規則正しく息をしながら眠る想い人を抱き締めて、リアンは祈るように目を瞑った。





オリビアさんが、シャルロッテさんの方が好きな理由は、


これまで見たどんな人よりも、表情がころころ変わって面白いから。


…だったりします。

つられるように、一緒にいると表情が変わりやすくなります。


オリビアさん自身の考えと、周囲の認識が異なるのはご愛嬌。

何分(なにぶん)、彼女は考えていることを伝えるのが苦手ですし、そうでなくても、人同士が分かり合うには、彼らには圧倒的に時間が足りていません。

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