表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐王子と氷姫  作者: 岩月クロ
本編
5/11

05

 陰口を言われることにも慣れた頃、赤髪男に問題が発生したらしい。

「もうそろそろ逃げられませんよ。―――妃選び」

 真面目男が恐ろしい笑顔で、夕刻に訪れた赤髪男を引っ張っていった。

 王族というのは大変なのだな、と思う。オリビアには、王族の自覚など、今だって無い。

 だからまさかこの時は、この問題によもや自分も巻き込まれることになろうとは、これっぽっちも考えてはいなかったのだ。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「おい小娘、出掛けるぞ」

「何故ですか?」

 前例を打ち破り、赤髪男は朝からやってきた。本のページと赤髪男の顔を交互に見ながら、訊ねる。暗に本を読みたいと主張するオリビアの瞳には、若干の不審も見て取れる。

 「以前の、何も疑わずに従うお前はどこにいった」と赤髪男は半眼で睨む。当時、言われるがままに動いていたことは、承知していたようだ。

「良いから、黙って従え」

「………」

 拒否権は無い。仕方なく本をパタンと閉じて、立ち上がる。これみよがしにため息を吐いた。

「おい」

「なんでしょうか」

「なんだその態度は」

「シャルロッテ様が、嫌なことを命令された場合は、このようにしろと」

 淡々と話すオリビアに、赤髪男は、口元を引き攣らせる。そろそろシャルロッテから引き離すべきか、という呟きが聞こえたので、精一杯嫌そうな顔をしてみせた。シャルロッテのことは、多分、好きだ。

「参ります」

 軽いケープを肩に掛け、赤髪男に告げる。日を追うごとに、オリビアは女らしく、綺麗になっていく。見ていると吸い込まれそうになる瞳に囚われ、赤髪男はしばし、言葉を失った。

 訝しげに顰められた眉に、ようやく我に返る。んん、と空咳をして、「なら、行くぞ」と言う。

 廊下に出る。王家の廊下は、どこを通っても同じような造りをしている。迷ったら、調度品の種類を見て渡り歩くのだ。幸い、記憶力には自信のあるオリビアである。既に歩いたところであれば、脳内の地図が完璧にできあがっている。

 だからこそ、無闇矢鱈と歩いているようにしか見えない赤髪男に、首を傾げた。更に彼は、オリビアに、彼の横を歩くことを強要した。

 これではまるで、仲睦まじく連れ立っている者に見える。

「………そういうことか」

 ボソッと口から漏れた。

 つまりは、妃選びの牽制だ。誰に対する、なのかはいざ知らず。まるで、オリビアを“特別扱い”しているような形で。

 そうすれば、注目を集め、誹謗中傷されるのはオリビアだろう。彼はきっと、自分を傷付けたいのだ。

 それにしても、なんとも面倒なことをするものだ。オリビアは内心で嘆息した。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 長くいれば、情が移るのは、道理だ。心を殺せる者でなければ、土台無理だ。

「ちょっと、殿下! どういうおつもりですか! オリビア姫をあんな場所に連れ出して、矢面に立たせるなんて!」

「別に。静かになるかと思っただけだ」

「なるはずないでしょう! 逆効果ですよ、ヒートアップしますよ! 下手したら、殺されるか謀られるかしますよ、彼女が!」

「いいのではないか?」

 その言葉は、ひどく冷たく響いた。シャルロッテの怒鳴り声によって活気づいた場が、一気に冷える。冷酷な光を宿した瞳が、シャルロッテを捕らえた。

「いつから、お前は俺ではなく、アレの味方となった」

「それは…っ」

「隠れ蓑にはちょうどいい。これでしばらくは俺自身は楽ができる」

 くつくつと笑う彼は、どこか、狂っているようにも見える。シャルロッテは、静かに返す。

「…それで貴方が、解放されるなら、そうしたらいいのですわ」

 踵を返した。今の主人は、隣国を滅ぼした時以上に、復讐に囚われている気がした。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 隣に並んで歩く頻度は、増えていた。

 それに比例するように、周りからの冷たい視線も増えていく。

 この頃になってくると、シャルロッテを連れずに一人で歩くことも多くなった。後ろ盾のないオリビアには、容赦ない罵声が浴びせられた。

「………やはり害は無いが」

 ただ、鬱陶しい、というのはある。

 いつぞやの令嬢に肩がぶつかった。

「ごめんあそばせ。…あら、オリビア姫様ではありませんか。この間仰っていた、なんらかの形での恩返しとは、あの噂(・・・)の事でしたのね。なんて厚かましい御方なのかしら。よもや殿下の妃に、などと」

「私自身がその地位を望んだことはございません。しかし、殿下のお力になりたいという気持ちは本当です」

 苛立ちの雰囲気が更に濃くなったような気がする。関係が無い…例えこれで嫌われ、命を狙われたとしても、尚。

 それに、先程の言葉も嘘では無い。お陰で最期は、美味しいものを食べて、自由に外を歩くことができた。その点において、感謝していることは紛れも無い事実だ。どの道、あのままではそう長くは生きられなかったことは明白だ。

 オリビアのビジョンに、長生きする自分の姿は無い。

 部屋に戻ると、中に赤髪男がいた。別の者なら、部屋の主がいない間に上がり込むなど、失礼に当たるだろう。しかし、彼はオリビアの主であり、そもそもこの部屋自体、オリビアが借りている側だ。部屋の物で、オリビアの持ち物など何一つ無い。だから、文句は無い。

「そろそろ参ったか?」

「いえ、特には」

 答えながら、嘘でも堪えていると言った方が良かっただろうか、と首を捻った。しかし、嘘を言ってもすぐに見破られるだろう。

「………お前はどうしたら傷付く?」

 嫌そうな顔をされた。

「下町に放り出しても、素直に死んでいきそうだな」

「はい」

 それはそうだろう。オリビアは、生活力の無さなら、自信がある。どんな汚いところでも居られる自信はあるので、もしかすると、案外なんとかなるかもしれないが。

「さっさと傷付いてくれよ」

 懇願するような声に、「どうかしましたか」と思わず訊ねた。オリビアから赤髪男に何か話し掛けるのは、初めてのことだ。

「お疲れのようですが」

「…お前には関係無い」

「そうですね」

 違いない。

 オリビアは頷き、長椅子に座ると、本を手に取った。赤髪男の用事はもう済んだだろうと思ったのだ。

 腰まで伸びた銀色の髪を一房、手に取られる。「どうかしましたか」と再度訊ねた。

「綺麗になったものだな」

「シャルロッテ様がよくしてくれますので」

「そうか」

 会話は終了した。この人は何をしたいのだろうか、とオリビアは訝しむ。

「…傷付かないなら、いっそ俺から逃げ出してくれ」

「それが貴方の望みならば、善処しましょう。しかし、心を作ることすら上手くいかない状態ですので、どこまでご期待に添えるか」

「………お前は、本当に」

 泣き笑いの表情で、赤髪男はオリビアを見つめる。何を想って、そんなことを口にしたのか、人の心に疎いオリビアには、さっぱり見当がつかなかった。

 恐る恐る、縋るように、まるで強く抱き締めて壊れることを危惧するように、震えた腕の中に閉じ込められ、オリビアは窓の外を見た。ちょうど、夕日が沈みきり、夜が訪れるところだった。

 しばらくの間、抱き締められたままだったが、どうやら、そのまま眠ってしまったらしい。朝起きると、赤髪男の姿は無く、自分自身も長椅子ではなくベッドの中にいた。

 誰かの腕の中で眠るのは、初めてのことだった。胸に手を当てる。とくり、とくり、といつも通り動く心臓。なのに、どこか同じではない。

 不可思議だ。

 しかし、オリビアは考えることを放棄した。これ以上考えても、分かることではない気がした。




揺れ動く心は、誰のものか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ