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復讐王子と氷姫  作者: 岩月クロ
本編
4/11

04

 赤髪男は、定期的にやってきた。一日に一回は、必ずどこかのタイミングでやってくる。真面目男が裏についていたり、いなかったり。それもその時々で変わる。

 シャルロッテは、世話係という名の通り、毎日やってきては、世話を焼いてくれる。身体を清める機会が、一日に一回あるというのは、オリビアにとって驚くべきことだったが、気持ちいいのでありがたいことだと思った。お手洗いもバケツなどではないのだと知り、驚く。逆にシャルロッテにも驚かれたが。

 マナー教室のようなものも開かれた。何故こんなものを学ぶ必要があるのだろうとも思ったが、学べる分には構わない。学ぶことは楽しい。

「教科書的な知識力は高いのね」

 改めて教えることといったら、最近の事情くらいだ。最新情報はあの湿った部屋には載っていなかった。100年程前で止まっている知識に上乗せする形で、学習していく。

「吸収力も高い。…ところで、文字の読み書きはどうやって憶えたの?」

「元いた場所には、子供向けの学習材料がありました。それに、辞書もありました」

 簡単な読み書きを憶えてからは、辞書を読んだ。出てくる知らない単語を、追いかけっこするように探していく。当時は、覚えたての言葉を使って“冒険”することが、本当に楽しかったのだ。

 最近は、会話をすることも増えたので、他者との会話も、比較的スムーズに行えるようになってきた。会話に潜む“曖昧さ”というものに関しても、徐々に理解しつつあった。

 ガリガリだった手足も顔も、女性らしい丸みを帯びてきた。食事も少しずつ、量を増やしていけている。それでもまだ、平均的な量より随分少ないそうだが。少なくとも、健康的とは言わないまでも、一、二時間しか動けないような状態からは脱した。

 “見せられる形”になってきたのか、ある日、シャルロッテが言った。

「そろそろ城内を歩いてみましょうか」

 にこりと笑いながら。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


「いい、覚悟なさいね。中には、殿下以上に酷い悪意を向けてくる人もいるわ。でも貴女はいずれ、それらを乗り越えなくてはならないの。この先、どういう結果になるにせよ、ね」

 半分以上意味の分からない言葉だった(正確には、言葉的な意味は分かるが、何の意図で言われたのかが分からない、だ)が、シャルロッテはそれも承知の上なのだろう、あえてオリビアの返事は聞かなかった。

 程々に着飾って、廊下に出る。怖いな、と思う気持ちは、顔には出ない。

 チラチラと見てくる人の視線。コソコソと話される内容は、全ては聞き取れない。

「あれが………国の………」

「………汚らしい………」

 ああ、なるほど。

「害は無いな」

 理解したことが、口から漏れた。

 遠巻きに見られているだけなのは、おそらくシャルロッテの影響だろう。彼女の兄は、リアン殿下の腹心だ。下手に喧嘩を売ると、話が筒抜けになる。

 それでも仕掛けてくるとしたら、余程の馬鹿か、余程の策士だ。

 さて、目の前に立つ令嬢はそのどちらか。オリビアは不敵に笑う女と、真正面から向き合った。

「もう出歩けるようになったのですね、お可哀想なオリビア姫様」

「お陰様で、この通り元気です。ルーヴェンス王国の皆様の、優しき御心に感謝するばかりで…ありがとう存じます」

 無表情のオリビアは、かなり威圧感がある。元の造形が綺麗な分、迫力が増すのだ。相手の令嬢は、一切動じないオリビアに、出鼻を挫かれたような顔をした。しかし、仕掛けたのは自分である。もはや、すごすご帰る訳にもいかず、パサリと開いた扇で、口元を隠した。

「ですが、我が国としても、いつまでも役立たずの敵国の姫を庇い立てすることはできなくてよ」

 我が国とは大きく出たものだ。後ろに控えていたシャルロッテは、内心で笑う。まさか自身の意思を、国の意思とするとは。まあ、あながち間違ってもいないのだが。

「承知しております。ルーヴェンス王国、またリアン殿下には、多大なる御恩がございます。なんらかの形で(・・・・・・・)、その御恩をお返しする所存です」

 含みを持たせた言い方に、令嬢は、視線を彷徨わせた。深追いするべきか、どうか。動かなくなった令嬢に、オリビアは一礼した。

「若輩者の身ではございますが、よろしくお願い致します。それでは、失礼」

 令嬢の横を通り抜ける。シャルロッテから「お疲れ様」という言葉を掛けられる。

「深追いしてもいい? なんらかの形ってなあに?」

「まずは、復讐心を満足させられるよう、尽力致します。死ねと言われれば死にます」

 シャルロッテは押し黙った。もしかして、と戸惑い顏で続ける。

「あの場でそれを言うつもりだった? あのご令嬢が追及してくれなくて良かったわ」

「何故ですか?」

 眉を寄せて問われたシャルロッテは、小さく息を吐いた。「貴女も、もう少し自分のことを大事にできたらね」と彼女は悲しそうに言った。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 赤髪男が来るのは、大概が夕刻だ。

 部屋の中がオレンジ色に染まるころに来る。彼は、(陛下)(第一王子)の右腕として公務をこなしていると聞いた。こんなところに寄っている暇は無いように思うのだが、何故か来る。

 見極めは、いつ終わるのか。

「俺だ。入るぞ」

 今日は、一人のようだった。

「外を出歩いたそうだな」

 誰から情報が入っているのか。まあ、誰からでも構うことはない。オリビアの行動が逐一報告されるのは、ある種当然のことだ。

「他人から向けられた悪意はどうだった?」

「特には何も」

 外から言われる分には、害は無い。直接的な攻撃力は無かった。

「お前には、心が無いのか」

 赤髪男が、苛立ったように言った。

 こころ。それはどういうものだろう。自分を大事にしろ、と。シャルロッテにはそう言われた。それも、心だろうか。

「心が無いなら、作れ。お前の心が傷付かなければ、俺の復讐心は消えない」

「どうやって作れば?」

「………」

 知らないということか。オリビアも顔を背けた。書籍でも、心の作り方など見たことが無い。

 人は心を持っているのが当たり前なのだ。だから、作り方なんて載っていない。

 ならば、自分は人ならざるものなのか。

 その問いに、オリビアは、そうかもしれない、と心の中で答えた。自分は、人にすらなれていないのだ。




復讐がしたい人と、恩返しをしたい人。

利害(?)は一致しているようで、ままなりません。


「そんなに簡単に進むな、ということですわよ」

「まあまあまあまあ」


イライラしているシャルロッテさんと、それを宥めるおにーさん。

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