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復讐王子と氷姫  作者: 岩月クロ
本編
2/11

02

「リアン殿下!」

 外に出るとすぐに、真面目そうな男が、赤髪男に近寄った。殿下、という呼称に、この男は王族であるらしいと知る。この国の王族はオリビア一人だと言っていたから、おそらく他国の王族だろう。

 前後の情報を繋ぎ合わせると、この国は、どうやら侵略を受け、陥落したらしい。つまり、この国自体が無くなるのだ。どうでもいいことだが。

「もう! いつもいつも、勝手にいなくならないでくださいよ! こっちは心臓がいくつあっても足りません!―――そちらの女性は?」

「アドフォース家唯一の生き残りだ。捕虜として連れ帰る」

「………殿下、差し出がましくも意見致しますが、復讐はどこかで切らなければ」

「黙れッ!」

 命令通り、真面目男は黙った。

 ギリ、と赤髪男が歯軋りする音が聞こえる。

 復讐。はて、自分はこの男に何をしただろう。いや、することなどできなかったはずだ。では、自分の“肉親”なる誰かが、彼に何かを致したのか。

 ………別段、知らなくてもいいことのような気がした。知っても知らなくても、何も変わらないし、何も得られない。

 物言いたげな真面目男の前で、オリビアは赤髪男に腕を引っ張られながら、考えることを放棄した。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 数日後に、赤髪男に再会した。当然のように腕を乱暴に引っ張られながら、移動する。ようやく、数日前に掴まれた時の跡が消えたところだったのに。まあいい。

「今日からここがお前の住処だ」

 嘲笑うように言われた部屋は、元の住処よりも随分と快適そうだった。壁は薄汚れているが、石ではないので冷たくなさそうだ。それに絨毯も毛布もベッドもある。おまけに机と椅子なるもの(実物は初めて見た)がついている。それに、鉄格子ではあるが、窓まである。オリビアは眉を寄せた。いいのだろうか、こんな高待遇。

 それを正反対に捉えたらしい赤髪男は、ますます笑いを深めた。

「せいぜい、足掻くといい」

 何故、足掻く必要があるのだろうか。

 疑問が頭をもたげたが、結局口には出さなかった。自分が口にして許されるのは、はい、のみだ。たまに、いいえ、も許されるが、基本は、はい。それも、答えを要求されていない時は、口にしてはいけない。

 先程の言葉は、答えろ、とは言われていなかった。その証拠に、赤髪男は部屋にオリビアを押し込めると、扉を乱暴に閉めた。オリビアはそちらに意識はやらずに、真っ直ぐにベッドに向かった。

 今のところ三食は得られているが、いつ無くなるかは分からない。だからこそ、動かないようにしなくてはならないのだ。

 はー、と息を吐く頃には、オリビアは眠っていた。

 次に目を覚ました時には、夕刻になっていた。窓の外を見て、ビックリする。空が赤く染まっていた。これは何かの天変地異だろうか。一瞬焦るが、しかし何かの小説で、夕焼け、という単語が使われていたことを思い出した。これか!

 オリビアは納得して頷く。それから、ベッドから這い出た。きょろり、と部屋を眺める。何も変哲の無い部屋だ。オリビアが失ったとしたら、それはあの、時間潰しの道具と、自分の知識の源である書籍だろう。

 確かあの部屋も、そう、ちょうどこの辺りに。手を壁に這わせる。カチリ、という音がした。

「………お?」

 壁に取っ手が出現した。しばしぱちくりと目を瞬かせた(のち)、躊躇いなく、その扉を横にスライドさせた。現れたのは、地下へ向かう階段だ。元の部屋とは違い、真っ直ぐに(くだ)っている。

 どこに続いているのだろう。

 オリビアは首を傾げつつも、いつもの癖で足を踏み出した。扉を潜り抜けた瞬間に、後ろの扉が自動的に閉まった。壁を触る。開かない。………。

「まずい気がする」

 決してまずいとは思っていなさそうな顔だ。どうしたものか、と思ったのは一瞬。すぐに進むことに決めた。

 冷たい感覚が足を伝わってくる。これは、こちらでも変わらないらしい。微かに口元が緩んだ。

 先に現れたのは、大きな扉。この先に本があればいいな。久々の“期待”を胸に、オリビアは扉を押す。しかし開かない。…錆びているらしい。ぐ、と強く押すと、ようやく少し動いた。

 扉を開け切った時には、オリビアは疲労困憊だった。扉の向こうを見て、オリビアは自分の期待が叶わなかったことを知った。開け放った先には、大きな道に繋がっていた。暗いそこは、道の先に何があるのか分からない。異臭がすることを考えると、地下水路か。外に繋がっているかもしれないが、大して興味は無い。多分、動き回っている間に死んでしまう。

 オリビアはひとまず、階段の上に戻ることにした。

 階段のてっぺんまで来ると、壁に手を這わし、戻るためのスイッチを探す。無い。これも困った。

 ぺたんと座り込む。お尻が冷たいが、足先も冷たい。指先を丸め、無理に服の裾に隠れるようにした。

 俄かに外が騒がしくなる。怒声が聞こえる。

「女!」

 女とは、自分のことか。

「どこにいる! どこに隠れた! いるなら答えろ!」

 怒声は聞き取り難かったが、意味は分かった。次いで、何かを蹴り飛ばす音が響く。ご乱心のようだ。

 返事をしたらどうなるか、考える余裕も無かった。今、自分の生活を握るのは、赤髪男だ。ならば、答えるだけだ。

「ここにいます」

「………は?」

 存外、惚けた声が聞こえた。

「ここに」

「…どこだ?」

「ベッドの脇の、壁の向こうです」

「…さっさと出てこい」

「戻り方が分からず、戻れません」

「………」

 壁の前に、気配がした。

「どうやって開ける?」

「壁を前に、左手を上に、右手を下に。左手は窓枠の真ん中あたりの高さ、右手はベッドと同じ高さ。手と手の距離は、ちょうど100センチ程。位置が合っていれば、カチリという音が鳴ります」

 少ししてから、カチリという音がした。取っ手が、という追加情報を渡す前に、光が漏れた。目が眩む。反射的に目を細めた。

「………隠れていたら、楽に死ねたのにな」

 感情のこもらない声で赤髪男が告げる。死んだ方が良かったのだろうか。よく分からない。ようやく慣れてきた目で、オリビアは赤髪男を見上げた。

「まただんまりか。さっきは話したというのに」

「………」

 あれは、答えろ、と言われたからだ。そして今は、答えろと言われていない。

「殿下!」

 真面目男が飛び込んできた。

「職務を放棄していかないでください! お陰でこっちがどれだけ困ったと………なんです、その道」

「この女が逃げようとしていた」

「逃げようとしていた?」

 真面目男がオリビアを見た。

「…一見すると、そうは見えませんが」

 確かに、今のオリビアは、立ち上がって、真っ直ぐに王と向き合っている。

「ふん。なら、本人に直接問うといい。どうせだんまりだ」

「………」

 真面目男の呆れた目が、赤髪男に向けられた。はあ、とこれみよがしにため息を吐いて、「姫様」とオリビアの元へやってきた。

「ああっと、まず…そうですね、何をしようとしていたんですか?」

「書物を探していました」

 抵抗なく返事をしたオリビアに、赤髪男の顔が不機嫌そうに染まった。真面目男も意外そうな顔をしている。

「書物を? 何故?」

 何故、と問われると、分からなくなる。自分は知識を得たかったのか、時間を潰したかったのか。どちらか決めて答えなくてはいけないだろうか。

 黙り込んで考えるオリビアに、「ほら見ろ」と赤髪男が嘲笑った。「殿下は少し黙っていてください」と真面目男が窘める。

 赤髪男がイライラするほどの時間を空けた後で、オリビアはようやく答えた。

「本を読みたかったから。これまでもそうだったからです」

「…そうですか。この道のことは、知っていたんですか?」

 返事は、いいえ、だが、その言葉を口にしていいのか分からない。再び黙り込んだオリビアに、真面目男は、す、と目を細めた。

「質問を変えます。貴女の名前は?」

「オリビア」

「良い名ですね。歳は?」

「………」

「いつから、あの塔に?」

「………」

「何故、あの塔に?」

「………」

「あの部屋には、隠し部屋へ続く道があったのですか?」

「ありました」

「なるほど」

 真面目男は、うんうんと頷いた。何をしているんだお前は、という赤髪男の視線を無視して、「では」と彼は続けた。

「オリビア姫、貴方に命じます。ここの殿下の代わりに命じます。この先、私とこの人に対しては、分からないことは分からないと。違うことは違うと。意見や疑問があれば、口にしてください」

「…分かりました」

 オリビアは、伝えられたルールを、頭で復唱した。制限を正しく認識し、自分の中のルールを更新する。

「歳は?」

「分かりません」

「何故ですか?」

「いつ生まれたのか知らないためです」

「塔にはいつからいたんです?」

「分かりません。物心がついた時からいました」

 急に黙り込むことがなくなったオリビアに、赤髪男は目を見開いた。それから、小さく呻く。

「この部屋の通路は知っていたのですか?」

「知りませんでした」

「探して見つけた?」

「癖で手を当てたら、動きましたので」

「癖?」

「元にいた部屋での癖です」

「ああ…」

 短い会話が続いていることに、オリビアは不思議な感覚を味わった。これまで、こんなに他人と話したことはなかった。会話というもののやり方は、これで合っているだろうか。

「オリビア姫、貴女は…ご両親の顔を知っていますか?」

「知りません」

「自分が王族だったことは?」

「知りません」

「元いた場所がアドフォース王国であったことは?」

「知りません」

「アドフォース王国の場所は?」

「中央大陸の最西に位置する、山脈に囲まれた国です。他国との位置関係でいうならば、ルーヴェンス王国の南西、ガードガレー帝国の北西に位置します」

「随分とお詳しい。それは、書物で?」

「そうです」

「ところでオリビア姫、今は何年の何月何日でしょう」

「分かりません」

「どれも?」

「…数日前に、月が青で、満月でした。だから、1月の二週目だと、思います」

 初めて、憶測で物を述べた。一気に不安感が押し寄せてくる。オリビアの顔に、その感情が滲み出ている。そんな彼女に、「大丈夫です。合っていますよ。間違っていても怒りません」と真面目男は優しく言う。その顔のまま、赤髪男を見た。

「リアン殿下、彼女は復讐相手としては適さないと思います。最初から怪しかったのです。あんな、誰も近付かないような場所に放り込まれていた姫が、アドフォース家で正当な扱いを受けていたとは思えない。これは、虐げられることに慣れた人間の受け応えですよ」




 オリビアさんは、融通をきかせる、ということが苦手です。苦手というか、どういう部分を“曖昧”にすればいいのか、していいのか、知りません。

 故に、アウトプットが非常に偏ります。

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