大人気ない 後編
ルーヴェンス王国の南の塔には、少々物騒な歴史がある。
これが建設された当時、王には、五人の息子がいた。それぞれ、母親が違う息子だ。一番下の息子は、その醜い容姿を疎まれて、この塔へ幽閉された。
それだけであれば、憐れな王子の話だ。よくあることではないが、他にも例はあるだろう。なにしろ、ここにも一人いるくらいなのだから。
問題は、その後だ。
五番目の王子が幽閉された後、王家を次々と悲劇が襲った。
まず、四番目の王子が突然の病によってこの世を去ると、三番目の王子が外出先で落馬により命を落とし、二番目の王子は戦場で流れ矢に当たり命を落とした。これが、下の王子が幽閉されて五年経つ間に次々と起こったのである。残った一番目の王子はその後十年生き延びたが、流行り病に儚くなった。
やがて王が病に臥せ、第一位王位継承権を持つ王弟が王政を握った頃、五番目の王子はまだ忘れられたままだった。
しかし、この王弟も王と同じく病に臥せ、程なく息を引き取った。
そうしてもはや五番目の王子以上に近い血の繋がりの者がいなくなった時、彼は塔から出て、父王の死と共に国を継いだ。
五番目の王子が治める世は、その後長く、そして平和に続いたという。
一説では、この一連の王族の不審死は、五番目の王子の仕業ではないかと言われている。そもそも、幽閉された王子が、出てきて早々に政治で腕を振るえるとは思えない。誰かが裏で糸を引いていたのではないか、という話もある。
またある一説では、この五番目の王子はひどく優秀で、それを疎んだ兄たちが彼を幽閉したのではないかとも言われている。そこまでして欲した王位を巡り、王子同士の争いが勃発、結果あの悲劇を生んだのではないか、と。
いずれにせよ、真実は闇の中に葬り去られている。またいかなる真実であろうとも、ルーヴェンス王国にとって、この南の塔の歴史は誇れるものでは決してない。ただ、そういった歴史があったことを認め、教訓としていくために、この塔は残っているのである。
しかし、コレが残っているのは、単に恐ろしいからではないのか、などという声があるのもまた、事実である。
他ならぬ、幽閉されし王が望んで残したこの塔には、ある種の怨念めいたものが宿っていると、実しやかに囁かれている。もしこれを壊そうものなら、怨霊が解き放たれ、王家を再び悲劇が襲うのでは……と。
「そういった逸話のある場所です」
「オリビア、せめて外で話せ。暗い塔で蝋燭を灯しながら、無表情で語られると、流石にゾッとする」
若干青褪めた顔のリアンに、「大丈夫ですか」と訊ねると、「誰の所為だと」と睨まれた。誰の所為なのだろう。
同じ五の数字を担う皇子は、リアン以上に顔を青褪め、涙目になりながら、「平気です。大丈夫です。うちは兄弟仲が良いですから、幽閉されないし、しないし、誰もきっと死にません。でも……大丈夫、だよね……?」と独り言をひたすら呟いている。大丈夫だろうか。
不思議そうに二人を見やってから、オリビアは手元の蝋燭を吹き消した。
「っ、!?」
「うわあ!?」
悲鳴が上がる。しばらくして、暗闇の中から「オリビア、何をしてる!? なんで消した!?」と非難するような声が聞こえた。オリビアは首を傾げながら、答える。
「塔が暗いことは変えられません」
「……それで?」
間があった。おそらく、なんのことだ、と思ったのだろう。しかしまずは話を聞いてからだと持ち直したらしい。
「私の無表情も変えられません」
「変えられないのか」
「はい」
「…………それで?」
リアンは、自分で折った話を、再度元の路線に戻す。
「でも蝋燭は消せます」
「……」
「……」
「……ほう」
さっぱり分からない、という顔だ。無言で眉を寄せたリアンに代わり、ノアの「もしかして」という涙声が響いた。
「さ、先程のリアン殿下のお言葉を、気にされて、でしょうか」
ほら、と促され、リアンは思い出す。
『オリビア、せめて外で話せ。暗い塔で蝋燭を灯しながら、無表情で語られると、流石にゾッとする』
本人的には唯一削れる場所を削ったのだろうが、一番削っちゃいけないものを、一番削っちゃいけないタイミングでヤられた。他の二名はそう思ったが、オリビアには、何故二人が疲れた顔をしているのか、分からない。リアンは、ひとまず再度蝋燭に火を灯した。
「もう消すなよ」
さっきはこれがついていると駄目だと言ったのに。オリビアは首を傾げた。
「それで、どこに向かっているんですか?」
「塔の最上階だ」
リアンは、オリビアに手を貸しながら、ノアに答えた。案の定というべきか、体力には一切の信用が無いオリビアには、頂上までの道のりは辛いようだ。
イザとなったら抱えていくか、と考えながら、リアンは上段からオリビアの身体を持ち上げた。この塔は、何故かたまに、普通の階段とは違う、オリビアの腰ほどはある段が存在する。
ノアは大丈夫か、と思い目をやると、彼の方は自身の腕の力で、ひょいと登っていた。どうやらガードガレー帝国には、結構な野生児がいるようだ、と障害物を前に更に輝く瞳を見て思った。
頂上に辿り着いたのは、非常に“ちょうどいい”時間帯だった。
「うわあぁ〜っ!」
ノアが感嘆の声を上げる。
視界いっぱいに広がる空に、城下町。今にも沈もうという夕日がその全てを赤く染めていた。
「部屋から見える景色とは、違うだろう?」
誤って落ちないように、と腕の中に囲んだオリビアに訊ねると、彼女は「そうですね。広いです」と答えた。夕日に照らされて赤く見えただけかもしれないが、その頰はいつもよりも上気しているように見えた。
いつも窓から夕日を眺めているようだったから、連れて来てみたが、喜んでもらえただろうか。
ぽん、とその小さな頭に自分の手を乗せて、リアンは夕日を見て目を細めた。
無事に降りた頃には、当然太陽はすっかり沈み、辺りは暗くなっていた。くたくたになっているオリビアを部屋まで送り届けた後、ノアの部屋まで付き添う。
「今日はありがとうございました!」
ぺこ、とノアは頭を深々と下げた。
「素晴らしいものが見れました。国にいるみんなにも自慢します」
にっこりと笑う第五皇子は、大変素直そうなその顔を更に輝かせた。
「リアン殿下とオリビア姫が、想い合っているということも、分かりました」
「そうか、それは良かった」
リアンは、しれっと答えた。しかし続いた言葉に、眉を寄せた。彼は、「羨ましい」と言ったのだ。
「そんな風に、想い合える人に、僕もいつか会いたいです。オリビア姫のような方がいいです」
「…………」
やらないぞ、という意味を込めて睨みつけるが、純真さ故なのか、その視線に気付いた様子は無い。
「オリビア姫のご息女なら、同じように僕と遊んでくれるでしょうか」
「……はっ!?」
リアンは、ぎょっと目を見張った。何を言っている、この皇子は。
「その時には、僕、一生懸命、好きって言います」
最後までにこにこ笑って、ノアは走り去っていった。
「………………はあ?」
リアンは、目を見開いたまま、まだ固まっていた。
そうして、最後に爆弾を投下して、ガードガレー帝国の皇子たちは帰国した。
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宣言通り、隣国の皇子が、ルーヴェンス王国のお姫様に求婚したのは、それからしばしの時が流れてから。
歳の離れたお姫様に心底惚れてしまった皇子が、父親に吹き込まれたあながち嘘とも言えない情報により「私はお母様の代わりなのだわ!」と拗ねて涙目になったお姫様に許しを乞うため、大変な苦労を強いられることになるのは、更に先の話である。
大人になった彼は語った。
「あの人、ほんと大人気ない」
と。
ノア皇子の気持ちは、近所の綺麗なお姉さんに憧れる気持ちに似ています。リアン殿下もセットで憧れの対象になりました。
※少なくとも、子供時代は。
だから別に、失恋、とかではないみたいです。
とある兄妹(※妹は病人)のコメント
「それにしても最近のお子様は積極的ですわね。殿下も見習ったらよろしいのに」
「私としては、殿下が心穏やかでいてくださるなら、もうなんでもいいです……」
とりあえず、子をもうけるという未来は、確定しました!(まあ愛が芽生えなくてもできなくは……けほんこほん)
途中の紆余曲折は、またいずれ!
読んで頂き、ありがとうございます!




