#4
明と楓の出会いは、中学生になってすぐの頃のこと。親友の家を訪ねた時のことだった。
「宵子、来たよー」
「あ、楓ちゃん、いらっしゃーい。あがってあがってー」
広いマンションだった。平凡なサラリーマンの楓の父と違って羽振りがいい。
宵子に手を引かれて居間に入った、土曜の午後、真新しい中学の制服姿の楓が見たのは、今までこの家で見たことの無い少年だった。
「……」
「……」
少年と楓の目が合った。楓からすると、ちょっと粗野なところのある、とっつきづらい風貌に見えた。
「あ、あの……」
ソファーに腰かけていた少年は、楓が挨拶をしようとすると立ち上がった。
(だれだろう?)
「こ……んにちわ」
「あ、はい。こんにちわ」
緊張しているのか、言葉を噛みながら挨拶する少年。つられて楓の調子も狂う。
宵子はいつものように、いや普段より上機嫌で彼の隣に立っている。
(まさか、宵子の彼氏とか? 中一で早すぎでしょ! あたしだってまだつきあったことないのに)
仲睦まじく、宵子はすりすりと少年の上腕部をさすっていた。
ゲストの正体が不明では、友人宅での会話も途切れがちになる。
「座って座って」と宵子の言葉に楓もソファへ腰を下ろすことにした。
「宵子、やけに仲が良さそうだけど、その人だれ? ……まさか(彼氏?)」
違和感のある挨拶だったが、こうしていると少年は緊張しているようにも見えない。
コホン。咳払いを一つして、宵子は応えた。
「ではご紹介します。彼の名は、秋年 明。わたしのお兄さんです」
「注目ー!!」とばかりに手をひらひらさせて、何かVIPを引き合わせたかのようなドヤ顔である。
「はあ?」
この家に楓は何度も来ているが、兄を紹介されたことなど無い。そもそも兄がいるなどということも初耳だった。
「あんた、一人っ子だったでしょうが」
「それは……」
宵子は珍しく影のある表情を浮かべた。その時、楓は、はっと気付いたことがある。
(宵子のご両親、たしか離婚して……)
秋年家は宵子と父のふたり暮らしだった。楓も小さい頃には何度か宵子の母親に会っている。小学校低学年で友人になってすぐの頃、彼女の両親は離婚していた。宵子は父親がどうしてもと言って引き取った。
離婚の原因が両親のどちらにあったのかはわからない。普通は女の子に限らず、女親が我が子どもを手放そうとはしないものだ。しかし、父親が離婚の条件として親権をどうしてもゆずらなかったことと、宵子も父親と暮らすことを望んだことで、今の父娘暮らしとなっているらしい。そこまでは楓も把握していた。
(もしかして、元々 二人兄妹だったのでお母さんが長男を連れて家を出て行ったってことなの? そして何の事情かしばらくぶりに里帰りしたと)
それならば、宵子がこれほどはしゃいでいるのもわかる。久しぶりに兄に会えて嬉しいのだろう。いや、楓の知らないところで人知れず会っていたりはするのかもしれないが。
あまり深く立ち入ってはいけないことのように思えて、楓は詮索することをやめた。
「はじめまして、お兄さん。わたしは宵子の親友で卯月楓うづきかえでと申します」
楓が立ち上がってあいさつすると、明は右手を差し出してきた。
(あ、握手ですか……)
明はニコニコしている。楓は少し気持ち悪いと思った。いまどきの中学生男女が、初対面の挨拶で握手などしない。
わずかに感じた嫌悪感を楓は面に出さないように努めた。明も表情を変えることがなかった。
「……か、エデ……明……あきら、よ、ろしくおねがいシマスタ」
(うん?)
なにか、おかしな会話をしている気がした。気のせいではなかった。
「あ、うちのアニキ、海外暮らしが長くて日本語がちょっと変なんだー」
「え、帰国子女?」
宵子の母親は息子を連れて海外にわたっていたのか。それはさぞかし、感動の再会だったことだろう。先ほど感じた違和感は、カルチャーギャップなのか。だとすれば失礼なことを思ってしまったと、楓は考えた。
(そういえば、どこか雰囲気からオリエンタルな感じがしないでもない)
「あ、わたしったらお兄さんに失礼だったかしら」
「うーん」
宵子が首をかしげている。
「あんまりかしこまらなくていいよ。わたしたち兄妹だけど、誕生日が一年離れていないから」
「マジ?」
年子というのだろうか、ご両親も頑張ったものである。
「実はね。お兄ちゃんとはあんまり一緒に暮らしたいことがないんだ」
聞けば、兄君は日本人があまり行かないようなへんぴな国で育ったそうだ。だから日本語も片言で、これから苦労しそうだということであった。
「お兄さんはしばらく日本にいられるんですか?」
明の顔が曇る。
「それが、もう、かエれなクなあてもうたです」
(『もう帰れない』と言ったのかしら)
「もう、かエれなクなあてもうたです。大事なことだから二回言いました」
日本語が不自由なのか、堪能なのかよくわからない人だ。
対照的に、宵子は上機嫌だ。
「これからはずっと一緒だよね、スパー、いや、明」
「いやはや」
「そうそう。来週からうちの兄貴、わたしたちの学校に転校してくるから。クラスもわたしたちといっしょよ」
「……マジですか」
以来、宵子は兄にべったりだったので、必然的に楓も明と行動を共にする時間が多くなった。
今頃、宵子はどうしているだろう? 最愛の兄の失踪で半狂乱になっているのではないだろうか。