#4
そのことに気づいた姫がぱっと顔を離し、思わず口を手で押える。
まだまだ恥じらいが強いようで、明の興奮は逆に高まるばかりだ。
「姫、もう一度よろしいか」
姫は首を横に振る。
(そんな、つれない)
「姫ではありません。いまはただの……なんというのでしょうか」
もじもじと胸の前で指を合わせている。
(ああ、そういうことですか)
コホン。咳払いをひとつ。あらたまっては、明も呼びづらいのだ。
「リリーナ、あなたはいまシーブル国ではなく、おれだけのプリンセスだ」
「明」
そう。いまの明と彼女は、皇女と騎士団筆頭騎士ではなく、ただの恋する男女に過ぎない。
こんどは明の方から唇を。童貞ではあるがキスの経験ぐらいはあるので、ディープに彼女の唇、それから舌を吸った。
「なにか、すごく凶暴な感じがします」
そうかもしれない。胸を玩ばれるより、舌同士の感覚は鋭敏だ。「キスでとろける」なんてフレーズもあるぐらいだし。
リリーナは深いため息のような深呼吸をひ明た。
「慣れているのね」
自分ではむしろ奥手だと思うのだが、純潔の乙女からしたら経験豊富なプレイボーイに見えるようだ。
「そんなこと……ないよ」
「でも、あなたの周りにはたくさんの女性が」
「たくさん? だれのことですか」
「楓やローズウィップたちがいつもあなたのそばに」
「あいつは副官だし、おれのことをそんな目で見ていませんよ」
明と同じくこの世界に召喚された彼女は明の副官ということになっているが、マイペースで明の部下という感じもしない。現世人が数少ないから、明に愚痴を言ってばかりだ。
『明、早く戻れるようになんとかしろ』
向こう側に帰りたいのはわかるが、彼女はいつも明をせっつく。
彼女を協力させるために、「元の世界に帰りたいだろう?」と散々心を揺さぶったので、明は彼女に地球帰還の義務を負うような形になってしまった。そのかわり、彼女も特殊能力を駆使して、明の軍隊への貢献度も高い。
姫の言葉にもどるが、
「わたしの父もそうですが、地位の高い男はいろいろと方々に女性を囲うものが多いとも聞いていますし。まして、あなたはどこへ赴いても英雄として……」
(「英雄、色を好む」ということを言いたいのかな。まあ、文明度からみても封建的な世の中だよな、こっちは)
温和で話の通じるシーブル王だが、それでもまあ、前時代的な父権をかざしているように見える。
明は一応救国の英雄ということで広く知られていた。噂と評判が人づてに広まっているようだ。だから、遠征先でもやりたい放題だろうと、姫は諦観しているようだ。
だが、実はそんなこともないのだ。実際、他国の領主に饗応を受けることもあり、気を利かせて美女を侍らして明をもてなしてくれたこともあった。
正直、ふらふらと誘惑に流されてしまうところだったが、明のそばには常に前述の女騎士・楓がいて、ハニートラップにかかりそうになると明の耳を引っ張って耳もとでわめき散らのだ。
『あんたね、なに鼻の下のばしてんのよ。こんなの罠に決まっているでしょうが!』
こんな調子でいろいろ監視が厳しいために、明だって本当は色に溺れたかったんだが、いまのところ清廉潔白を貫いている。
まあ、それが明の良い評判になって民衆から慕われる一因にもなっているのだから悪いことではないのだが。
『ときに明、いかがですかな。今宵は英気を養っては』
地方の公爵や、やり手の商人には、日本風に言うと「ガッハッハなおっさん」が多くいて、純粋に厚意と労いで夜伽を勧めてくれることもあった。
宿で待っていれば女性が訪ねて来たのだろうが。こういうチャンスもことごとく楓がたたきつぶした。
「我らは矛を持たぬ民の盾。女に現を抜かしている暇などない!」
楓が剣を掲げ高らかに宣言する。周囲は感心しきり。明はがっかり。
「そうだよな、リーダー!」
冷たい目線で楓が明に釘を刺す。
「うん……そうだね」
こんな調子だから、リリーナ皇女が心配しているようなことはまだ起きてない。
「明、いいのですよ、本当のことを言っても。そうだとしても、わたしは責めたりしません」
「ほんとうになにもないんです」
無理矢理でも清廉潔白に振る舞わされているので、出会う土地の者たちは明を枢機卿かと思い込む者までいたぐらいだ。そうでなくても明をテンプルナイツか僧兵だと思っている人間が多かった。
「本当?」
姫は半信半疑のようだ。明は二度うなずく。(結果的にだけど)
「にわかには、信じられませぬ」
(無理からぬ。結果論だからね。チャンスはたくさんあったし)
思い出すだに忌々しい楓の所行。
(でも、姫さま、あなたと民をお守りしたいと思って戦っているのは本心ですよ)
明は最上の笑みを作って親指を立てた。ビシッ。
「童貞も守れないような男に、何が守れるというのですか!」(ドヤー)
ヒューッとすきま風。
(あ、これ、はずしたな……)と思ったのも束の間。
「キャー、明、抱いてー!!」
感激した姫が明にタックルして、明たちはぐるぐるとベッドの上を転げまわった。
「もうわたしも恐れませぬ」
壁は崩れ、あとは若い情熱をぶつけ合うのみなのだが……