#3
楓から見ると、男の腹筋が天井を向き、その下に明がしゃがんでいるようで姿は見えない。
一度沈んだ二人の身体が、ぐっと持ち上がる。
「アルゼンチン・バックブリーカー!」
立ち上がった明の背中が楓とリリーナに向いている。そのため、彼は二人の訪問にまだ気づいていない。肩の上に対手を仰向けに乗せ、あごと膝を明の掌がつかんで固定している。まさしく「人間マフラー」の別称もあるプロレス技よろしく、かけ手の首を支点として、かけられた相手の背中を弓なりに反らせることによって背骨を痛めつける技である。
「うぐわー! いて、ててて、ギブ! ギブアップ!!」
男が手を打つと、明は姿勢を傾けて、男を足先から地面に降ろした。
「リーダー! 後ろ」
女性メンバーの一人が、楓たちに気づいて声を出した。
「え?」
そこで明も振り返る。
「リリーナ姫殿下、エイプリル……一同敬礼」
女性は楓の世界の軍人と同じく右手を額の前で敬礼した。男たちは……
(それ、ボディビルのサイドチェスト?)
サイドは横、チェストは胸、サイドチェストは胸の筋肉を張り出したところを横から見るという意味のポーズだが、これは本当に敬礼のポーズなのかと楓はいぶかしんだ。
「東方式の敬礼ですね? どうぞお気楽に」
(やっぱりこの世界での敬礼なのか、地方の習慣で全国的ではなないみたいだけど)
「リーダー、御前だから服来たら?」
別の女性にも言われて、はっと男たちは両手で胸元を隠した。
「いえ、そのままでもけっこうですよ」
楓はリリーナの視線が明の肌に釘付けになっているのを察した。気のせいか、青白い首筋も赤くなっているように見える。
(姫が見とれるのもわからなくはない……明は相変わらず肌がすべすべね)
明はやせ過ぎということはないが、あれだけ長身の巨体を軽々と担ぎ上げたのか不思議なくらい細身であった。格闘家と言うよりはサッカー選手の体格に近い。瞬発力はありそうだが、見た目以上の怪力でもある。
楓は彼の肌を見ることはたびたびあった。学校でも体育の時間に水着になるし、男子生徒同士がばか騒ぎをして服を脱いでいるようなこともあった。
明の肌は日本として目立つことのない色だが、その顔にはいままでニキビの一つすら見つけたことがない。中学生時代からの長い付き合いだというのに。この男の思春期はどこへ行った?
いま、目の前にいる彼の背中にもほくろ一つ存在しない。
その柔軟な筋肉は、担いでいた巨軀の負荷から解放されると、六つに割れた腹筋も筋張った背筋もすべて柔らかな肌の下に隠れた。




