#4
大振りな攻撃は避けられてしまえば、防御はがら空きとなる。横薙ぎ一閃の斬撃に屠られた。
室内の敵を一掃すると、少年戦士は敵が侵入して来た壁の穴から外へ出て行く。三階だった空間はもはや地表と接していた。リリーナの背後、階段へ続く廊下は扉が塞がれて出入りできない。
去り行く背中が刹那とどまり、初めてその顔が楓の方を向いた。
「えっ!?」
衝撃が走る。
「嘘っ!」
それはよく見知った顔だった。
少年戦士は、右手の指を口に当てて、口笛を吹いた。まるで誰かに合図するかのように。
それに応えて、天井の隙間から人影が顔を出した。左手に長弓、それを振って返事をしているようだ。
自分や姫を守るための人員なのだと察した。
一瞬、彼と目が合ったように思えた。ただ彼は足を止めて言葉を発することもなく、屋外に飛び出して行った。
楓は慌ててその背中を追った。リリーナも続く。壁のところで天から声がかかる。
「それ以上進むな」
少年と同じく鎧をまとった兵士。年齢はかなり年上のようだ。
足手まといにならぬよう、恐る恐る外の様子を見る。
「明、どうしてここに?」
楓は少年戦士の素性を知っていた。いや何も知らなかったと言っていい。
目の前の少年は自分と同じ学校に通うクラスメイトだった。その彼が剣を振って次々と人を斬り倒しているのが信じられない。
屋外にはまだまだ敵が大勢いた。しかし少年戦士は、味方の兵士を引き連れていたようだった。敵も手練だったが、味方の戦力も強者ぞろいのようで、犠牲者を出すこともなく一人また一人と敵を倒していく。
戦い方も多彩で、ムチを振るい、敵を近づけることなく戦う者もいる。両手に短刀を携えて手数で対手を圧倒する者もいる。槍使い。長剣の騎士。
その中でも我がクラスメイトだけは別格のようだ。彼一人で敵を殲滅する勢いで薙ぎ倒していく。
「秋年明、あなた何者なの?」
自分より少し早い時期に、自分たちが元いた世界から消え去った少年。
「ここへ来て、そんなことができるようになったの?」
(いや、ちがう)
楓は思い出していた。彼が消失した時の怪事件の顛末を。
(あいつ、やっぱり最初から普通じゃなかったんだ……)
その動きは俊敏などというレベルではなかった。まるで彼の周囲だけ時が止まっているように、敵はなすすべもなく殺されていく。その手並みはひどく機械的で、ためらうことなく、また力むことなく、てきぱきと慣れた作業をこなすかのようだった。
剣術だけでなく、一人の敵を突き刺すとともに、同時に左手の指が別の敵の喉元に突き刺さり気道を握りつぶす。
その動きのコンビネーションは合理性を極めたようにも、逆に不規則なようにも思えた。しかし洗練された戦士の動きというのはそういうものであるのかもしれない。合理性を極めればその動きは規則性を持つ、同じレベルで戦い慣れた敵には、次の動きを読まれることにもなるのだろう。
それは目の錯覚かもしれない。あまりにも素早い動きであるため、相手の動きが止まっているように見えるのだろう。攻撃から次の攻撃に移る刹那だけ、明が通常の時間軸に戻ってくるかのようだった。
「あのときもそうだった。いえ、それ以上だわ」
楓はこの世界に来る前にも目撃した、秋年明に関する怪事件を思い出すのだった。
やがて半時も経たずに敵は一掃された。
「あらかた片付いたな」
伏兵がいないか注意深く監視する者たちを残し、明は楓たちのいる部屋へ戻ってきた。
ここで初めて楓と明は向き合った。
もう彼が自分のクラスメイトであることを楓は疑っていない。
「なんだ、エイプリルも来てしまったのか。この世界へ」
卯月楓。卯月とは暦の四月のこと。英語で言えばエイプリル。だからクラスメイトからはよく「エイプリル」というあだ名で呼ばれていた。
「その呼び名を知っているということ。もう人違いじゃないよね。明」
「ああ、そのとおり。明は明さ」
しかも同じクラスの中で、秋年明は楓の隣の席に座っていた。
「あなたが、どうしてここにいるの?」
それは、「どうしてこの世界にいるの」という意味と、「どうしてここに駆けつけることができたのか」と言うふたつの意味がある。
「うん。それはね、あ、そうだ。ちょっとごめん」
楓の背後の人物に明は視線を移した。
「リリーナ・フォーミュラ・エル・シーブル姫でございますね」
明は右膝を床につけ、貴人に恭しく頭を下げた。先程まで振っていた、血染めの剣は左手に持ち替えて剣先が背後を向くように地に伏せた。
「貴国よりの要請により姫殿下ご一行お守りするため参上しました。わたくしの名前は秋年明と申します」
「そうであったか。大義であった」
正真正銘の友軍と知って、リリーナ姫は心底から安心したようだ。
「楓、そなた、この騎士を見知っているのか」
「同じ学び舎で学ぶ友人でございます」
「なに? ということはこの者もそなたの世界から」
「……そのようですね」
「姫、ご無事ですかぁ」
暗殺者達と死闘を繰り広げていた騎士団が戻ってきた。意外と犠牲者が少なかったようで、リリーナ姫は目に涙を浮かべている。




