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エルフ嫁語り  作者: Mac G
31/43

#5

「異世界からの召還魔術を試してみたと言うのなら、なぜわたしをターゲットにしたの」


 本当に試行のためだけに自分を召還したわけではないだろうと、楓は考えた。


「確実に召喚を成功させられる見込みはあったが、どのような人間を招くかはタイミング次第ということだ。川に竿を垂らして魚を釣るがごとし」


「じゃぁ、わたしが選ばれたのはまったくの偶然ってわけ?」


「いかにも」


 ヨルンは悪びれた様子もなくうなずいた。


(一瞬、自分が選ばれた救世主とかそういう運命的な必然によりこの世界に招かれたのかとも考えたが、そんなことはなかったぜ。わたしのような異世界人を召喚するのであれば、わたしに頼らなくてはならないような重大な使命があるのかと思った)


「あなたが選ばれたのは偶然かもしれない。だが運命的な使命がある。それはあなたにしかできないことだ」


(あ、やっぱりあるんだ)


 だとすれば、これか映画のようなドラマチックな展開が自分を待ち受けているのかもしれない。訳も分からず拉致されて、売り飛ばされるよりよほどいい。本来、異国の人間を連れ去るメリットなんて、スパイに育てるか、奴隷にするぐらいしかメリットは無いはずだ。


「まだ、名前を聞いていなかったな」


 心開いていない相手に名乗る名などないが、先方は頼み事がある為か友好的なムードを演出しているのは理解できた。


「わたしの名は卯月……ウヅキカエデよ」


 無作為に抽出されたらしいが、何か頼まれ事はあるらしい。


(どうしてわたしを、いやわたしでなくて良いとの事だったけれど異世界の人間を呼び出して何をさせたいのか? わたし一人を呼び出して一体何ができると思っているの?)


「『ミス』でよろしかったかな?」


「わたしまだ高校生なんですが」


「高校生とは何かな?」


「まだ結婚をする年齢でないっていうことです」


「そうか。ミス・カエデよ、私たちが呼び出したのは貴殿一人だけだが他の国々も続々と、そなたと同じようにご同輩を呼び出していることだろう」


 自分と同じように異世界の様々な国で地球人を次々と呼び出しているらしい。いくつかの可能性を考えてみた。比較的平和的な理由から、そうではない物騒な理由まで。


「異世界召喚する各国の理由は動機は主に傭兵としてだ」


(あちゃー)


 楽観的な選択肢が消えた。


「よーへー……ですか?」


「いかにも」


 事態は悪い方向に動き始めた。


「傭兵って兵隊にするために、女子高生を攫ったって言うんですか?」


(戦争するなら本職の軍人とか呼べばいいのに。わたしなんて何の役にも立つはずがない)


「神のみぞ知ることよ。『一期一会』」と言うではないか」


(どうなってんの、この翻訳機能!?)


「あなたたちの神様が戦争しろって言ってるの?」


「そう解釈した国が多い。次にそう解釈した国との戦いに備えて同じように客人を招く国が多い。いずれにしても、次元の壁を越えてきた者にはゲート神からギフトが与えられるとオラクルの言葉だ」


「あなたたちが召喚したのに、元の世界に返すことができないだなんて」


「いかにも」


 あきらめきれずに楓は質問した。


「魔法が存在するのなら、そっち方面の研究も盛んなのではないの?」


「魔道の学士は多数存在する」


 ヨルンは答えた。


「一方通行より、よその世界に行く研究する人だっていたでしょうに」


「長い歴史の中でおおよその、人にあやつれる自然のことわりというのは限られていることが知られているのだ。種族により得意な魔法というのも偏りがあるし、事実われらワイルドエルフの中で次元魔法を使えるものは存在しない」


 楓に疑問符がついた。


「あんたたちでないのであれば、では誰がわたしをここへ呼んだの?」


「それはこれからご紹介しよう」


 ヨルンがあごをしゃくる。楓を案内した先ほどの青年が隣室に続くドアを開ける。


 現れたのは人間の女性。とても美しく聡明そうな女性。話の流れからするとわたしを召喚した魔道の学士殿であろうか。


「こちらは我らワイルドエルフの都シャンドリンと友好関係にある、シーブル国のプリンセス。リリーナ・フォーミュラ・エル・シーブル姫殿下であらせられる」


「よしなに」


 リリーナ姫はドレスの両サイドをつまんで膝を落とす西欧式婦女子の挨拶をした。こういう仕草は共通であるらしい。


「突然の無礼をお許しください、異郷の方よ」


「わたしは……」


 楓も貴人への礼を失しないよう名乗ろうとした。


「私の名前は卯月楓です」


「突然のことで驚くなというのはとても無理な話であることは重々承知しております」


 公女の物腰は上品であるがやわらかく、楓にも直感的に「この人とは友だちになれるのではないか」という好意を抱かせた。


 それに姫は友好的であっても、周りは武人ばかりだ。今は紳士的な態度でも、駄々をこねたら何をされるかわからない。


「わたし……言っておきますけど、戦争なんてできませんから。役になんて立てません」


挿絵(By みてみん)


 姫の顔が曇る。


「他国の召還戦士が皆、あなたのような考え方であるのなら何も問題はなかったのですが。なぜでしょう、皆嬉々として戦争に加担し、被害を増やしているようです。でも、こちらへ来た者は皆すべからく戦争に有益な特別な力を持って現れるのです」


 楓には心当たりがない。


「何か思い当たる事はありませんか?」


 楓は首を横に振る。


「何か体に変調を感じておりませぬか? 熱っぽいとか胸が苦しいとか何かこれまで感じたことのないインスピレイションがあったとか」


 楓はインナースペースに感覚を向けてみる。何も普段と変わったことがないようだ。


「変わったことは無いような気がします」


 少しがっかりしたような顔で、その場の一堂が顔を見合わせていた。


「そうですか。おそらく才能に目覚めるのにも時間がかかるのかもしれません」


「そういうものなのですか」


「さあ、わたしも異世界からのお客様をお迎えするのは初めてのことなのでよくわかりません」


「え? 初めてなんですか」


 リリーナがうなずく。


「常日頃であれば、別の世界で生きる方を、無理やりこの国にお招きするなどということはいたしません。あなたにも生活がありご家族やご友人がいらっしゃるということも承知しております」


 それだけのやむをえない事情だということだ。


「緊急事態ということであれば、わたしが役に立てなくても他にも人材をこの世界に呼び寄せることができるということですか?」


 リリーナが今度は首を横に振った。


「それができれば良いのですが。いえ、それができないからこそ今まで平和であったのです」


 楓の淡い期待はついえた。


「では、わたし以外の能力者が戦ってくれるということは無いのですか」


「不思議なのです。彼のかのくにがどうやってこの短期間に、あれだけの人材を揃えることができたのか」


「それでは、召還というのは日ごろ行われているものではないのですね」


 リリーナがうなずく。


「わたしはこの国の住人ではありません。なぜわたしがこの冬の都、シャンドリンに招かれたかと言いますと、」


 そういえばリリーナ姫は美しい女性だが、この館の主であるワイルドエルフたちは明らかに人種が異なる。わたしも先ほどまでは、彼ら彼女らがそのように共存しているのだろうと疑問をもたなかったが。


「なぜわたしがこの冬の都、シャンドリンに招かれたかと言いますと、異界からの人物召還術を行うには、時と場所、座標軸と言いましょうか、とても稀な条件の合致が必要なのでございます」


「リリーナ姫殿下は、シーブル国の公女であらせられるが、すぐれた魔法術の学士としても知られておる」


 ヨルンは、リリーナの家臣ではないようだ。


「シーブル国……この国の名はシャンドリンと言いましたね」


「この地は大きく、エリスタリアという国名で呼ばれているがそのうちの四つの小国の一つがここシャンドリンである。他に新都エリューシン、古都アルシェロン、ホビット庄が並ぶ」


 シーブル国の名前は出てこなかった。


「わたくしはこの国の者ではありません。今日この日この場所で、あなたをお招きするための儀式を執り行うため、友好国であるシャンドリンに参りました」


 魔導士でもあるリリーナの言葉によると、異世界人の召還には二つの儀式が必要であるとのこと。 一つは術式を行うための時間と場所を導き出すこと。もう一つは、しかるべき素養を持った術者が現地に赴いて、三日三晩の祈祷を行い続けることが必要である。


 世界一の召還はとても難易度の高い魔術とのことだった。一つには召喚儀式を行い得る時と場所が一年に一度あるかないかとのこと。そして魔道士は万人に一人の才能と言われている。


 さらには近衛の騎士団に護られながら、旅をしてきた公女の不眠不休に近い祈り。


 リリーナ姫の目には隈ができ、美貌に影を落とす疲労の色がありありと見てとれた。


「ギフト(天から与えられた才能)の発言には時間を要することでしょう。それまではゆっくりとおくつろぎください」


 リリーナの身体がふらっと揺れたかと思うと、貧血でも起こしたかのように倒れ込む身体をヨルンが慌てて抱きとめた。


 楓は何も言うことができなかった。


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