#3
グローバル経済では先行した国の中流層の富は、後進グループに流される。
女性たちは母国から、「良い仕事がある」とだまされて連れ出される。それも、美しい女性ばかりだ。彼女らを待っているのは、監禁同然に自由を奪われて性的なサービスを強要される。
日本でも同様なことは起こりうるが、外国人が目立ちやすい日本では、同じ日本人を借金などで逃げられなくして半分は自由意志での就労を強要する手口が多い。客が存在する以上、秘密を守ることができないため、その拘束もホストや男を使ってマンツーマンに近い状態での監視が必要になる。
大っぴらに外国人を監禁などすれば、すぐに入国管理局が飛んでくるだろう。
(わたしも同じような目に遭うのだろうか?)
彼女はまだ純潔だった。もし、無事に家に帰ることができれば、今まであまり関心を持たなかった人権活動にも協力しようと思う。
(いやいや)
楓は頭を振った。
(そんな、現実的な状況じゃないから!)
ここがこの世ならざる場所らしきことも理解せざるを得ない。少なくとも、彼らワイルドエルフの正体が明かされていずとも、超常識的な存在であることは、事実として認知している。
給仕をしてくれた異人が親切だったからと言って、彼ら全体が自分に友好的な存在とは限らない。
(自分なんか攫ってなんになるのだ?)そう考えると、振り払いかけた懸念が頭をよぎる。
彼らが自分に向ける欲求など限られるではないか。うら若き異郷の民、それも女性を求めるなど「そんな」理由以外になにがあるのか。
しかし空腹には勝てず、食事には手をつけることにした。
(いざという時にお腹が空いていては逃げられないし。腹が減っては戦はできぬとも言うしね)
食事は誠に美味であった。ポトフのような野菜スープ。焼きたてのような暖かい。チーズを薄く切ったものを載せるととろとろに溶けて、まるでジブリアニメに出てくる食事のようであった。
先程の給仕の態度といい、もてなしの気持ちは伝わってくる。
(だからといって油断しないよー。すきを見つけて逃げ出してやるんだから)
紅茶はわたしが普段飲んでいるものよりも、少し酸味が強い気がした。
「ふうー」
空腹を満たし部屋も暖まって少々気が緩んだ。
食卓とは別に部屋には小机もあった。客室としては頻繁に使用されているようだ。
何気なしに、その上に置いてあった本を手に取った。英語ではない文字で、十一文字のタイトルらしき言葉が記されている。
「左開き、ハードカバー。製本は手作りなのかしら」
分厚い本ではないが、ページの紙は糸で縫うように表紙に綴じられている。ある意味、最近書店では見ないような手のかかった高価な本の装丁だ。自宅で作られた私家本なのだろうか。
当然、読んでも理解できないだろうと思いながらも、興味を引かれて表紙を開いた。
「!」
楓は、一瞬その手を止めた。ページの隙間からうっすらと光が漏れる。急いで本を閉じる。
「これは?」
わたしの心臓が鼓動を早めた。恐る恐る、再度本を開くと、エメラルドグリーンの光が楓の顔を、部屋を照らしていく。
「きゃあきゃあ!」
その時、さらなる異変が起きた。楓は開きかけた本を、体重をかけて閉じようとする。
「だめ、閉じられない! 押し返される」
本の中から何かが飛び出そうとしている。彼女の両腕だけではその力にあらがうことができない。
バサバサッ。鳥が翼をはためかすように、本のページが激しく上下した。そして、そこから現れた者は?
「フェアリー?」
三人? 三羽? の翼を持った小人が本の中から飛び出して来た。
立ち上がり、思わず後ずさったわたしを追うように頭上を、足下を、肩口を、楓を囲むように三人の妖精が旋回する。
「禍々しいものには思えないけど、あなたたち何をするつもりなの?」
その外見は小動物のような儚さで、つかめば小鳥をひねるように弱々しい。彼ら? 彼女らの顔はエルフをさらに無機的にしたような表情の無い容貌で、彼らの考えを窺い知ることはできない。
「ひっ」
耳元を風がくすぐった。
(風じゃない、吐息? 空気の振動?)
「don't be afraid.(恐れないで)」
(え?)
英語を聞いたように思えた。
「Nous ne sommes pas tes ennemis.(わたしたちは敵じゃない)」
フェアリーは、いくつかの言語でささやくように語りかけてくる・
「Entspanne dich……(力を抜いて)」
「Can you talk English?(あなたたち、英語が話せるの?)」
なぜか、今度は楓の言葉が英語になっている。彼女の問いにフェアリーが答える。
「We do not speak English.(わたしたちは英語を話しているのではない)」
「我们甚至能说什么样的语言(わたしたちはどんな言葉でも話すことができる)」
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