#2
「あれ、心なしかフェンリルの目が優しくなったような」
明の動物を手なずける力に楓は驚嘆した。
「よーしよしよしよし」
頭を垂れてきた魔獣の頭と自分の胴体ほどもある首に手を回して、身体をさする。
「うーん、まるでムツ○ロウさんね」
このまま事態は収束に向かう道思いかけたその時、
「バカめ!」
人語を発したわけではないが、楓の耳にはフェンリルがそう叫んだような気がした。
太く巨大な爪が右フックとなって明の体を拭き飛ばす。彼の体は10メートルは浮遊し、スターバックスカフェのガラス窓を突き破って店の中に消えていった。
「あきら!!」
宵子が叫び、フェンリルが嘶く。彼女が飛び出して明の元ヘ向かおうとするのを楓が腕をつかんで力一杯に止めた。
「駄目だってば、行っちゃだめ。明の死を無駄にしないで!」
「勝手に殺すんじゃねー!」
ダダンダン、ダダンダン、楓の脳裏にターミネーターのBGMが流れる。
「てめー、フェンリル。いいパンチ持ってんじゃねーか」
割れたショーウインドウから明が出て来た。
「痛かったぞ、この野郎」
ペッ、と口の中を切ったのか血液の混じった唾を吐き捨てる。
明の全身から闘気がみなぎっているのは格闘術素人の楓でもわかった。
フェンリルが後ろ足でアスファルトを削る。ダッシュする準備をしているのか。位置関係は闘牛の様相を呈してきた。
ブモオモモモモモ! 空気が振るえ、二人(?)は激突する。体格差から言えば勝負にならないはずだが、明はフェンリルの首をがっちりと両腕で締め上げている。
フェンリルの突進力に勝る明の膂力。双方の力が拮抗していた。いや、少しずつ明が押し返している。
「うおおおおお! 自分の世界へ帰れ、フェンリルゥゥゥ」
ラグビーのスクラムを組んで敵チームを押しのけるように、フェンリルの身体が後ずさっていく。
「よし! もう少し」
フェンリルの身体が半分ほど、空間のゆがみの中へ押し戻されたとき、誤算が生じた。
「よしここで大外刈り!」
明はフェンリルの巨体を柔道の投げ技で元来た空間の歪みの中に投げ飛ばそうとした。が、その瞬間、時空のひずみが自身の身体も既に呑み込もうとする位置に来ていたことを見誤った。




