#2
「明、それでもわたしはあなたに褒美を与えたいのだ。なんでもよいから申しておくれ」
「言えません」
「なぜだ」
リリーナ姫が胸元で拳を握る。
「口にするのも、あまりに畏れ多いので」
「よい。申しておくれ。遠慮はいらぬ」
「とても、とても申せませぬ」
明は顔を覆うふりして、指の隙間から姫の表情を伺った。姫の容貌は日本人から見ると、西洋人を通り越してもうハーフエルフかと見まごう神秘的な姿だった。
姫はハラハラした様子で明に願いを言えと迫るが、これがまたなんとも外見に似合わぬコミカルさで可愛らしい。
彼女は明がなにか苦悩を抱えて、苦悶の表情を隠しているのだと思っているが、逆だった。明の顔はデレデレでとても見せられたものではないのだ。
「リリーナ姫、願いを申したら聞き入れてもらえますか?」
「もちろんだ」
「本当ですか?」
「王女に二言はない」
「もしかしたら姫を怒らせるかもしれませんよ?」
「かまわぬ。申してみよ」
「では……」
おもむろに明は、リリーナ姫の背中まで両手を回し、その身体を捉えた。
「! 明、なにを?」
「姫、褒美をいただけるのならばわたしの望みは姫ご自身です」
リリーナ姫は言葉もない。ただ吐息が漏れた。明の胸板が彼女の身体に密着する。一条の稲妻がリリーナの身体を駆け抜けていった。ビクンと肩がけいれんしたかと思うと、がくっと力が抜けて、まるで操り糸の切れた人形のように、明の腕の中で動けなくなっていた。
炎のような期待感が明のなかで燃え上がる。
皇女を想いのままにもてあそんでいるかのように見えるだろうが、このとき明はまだ女性経験がない。
明は明なりに使命感を持って生きているつもりだが、彼女にはじめて会ったときからこの日が来るのを待ちわびていなかったかといえば嘘になる。
「姫、はじめてお目にかかったときから、おれは、おれはもう!」
この世界で周囲の信頼を得るべく紳士的に振る舞ってきたが、もはや限界だ。
明は鼻息荒く姫の唇を奪おうとする。
「ヒィッ!」
明の豹変に姫の顔色が変わった。
「ち、ちょっと明、ま、待って」
明が唇を突き出して、姫のそれをふさごうとするのを彼女は細い腕で明の顔を押しのけようとする。これはちょっと意外だった。ここへ来たときには、もう完全に覚悟を決められているのだと半ば感じていたのだが。
「い、いやですか、姫様?」
「え、そういうわけでは」
「じゃあ、続きを」
「ま、待って、まだ心の準備が」
「王女に二言はないと言ったじゃないですかー、やだー」
唇に姫の指の感触。
「1分! わたしに1分時間をください!!」
両の掌で必死にガードしながら、思い切りのけぞって明の顔をかわす。明が手を離すと、彼女はバルコニーに手を置いて深く呼吸した。
「……」
呼吸を整えたリリーナ姫は、振り返ってその両腕を広げた。
「さぁ、どうぞ。明、遠慮なく」
明はその腰に手を回すが彼女は緊張しているのか、ぎゅっと目を閉じてあごを上に向けている。
彼女の顔に明の息がかかって、皇女の肩がびくんと動いた。
(今度こそ、今度こそ!)
もう二人を遮るものはない。身分の差もこれだけ武勲を立てれば、障害にならぬであろう。
(やわらかい、そしてつややかな、さすが王族の唇)
逆に自分の肌のささくれを感じさせるほどの、なめらかな感覚が明の唇に返ってきた。
リリーナ姫の唇は小さく、強く押し付ければ明の口に飲み込まれしまいそうな薄さ。
ぎゅっと、姫の手が明の肩の衣を掴む。明は彼女の身体を締め上げぬよう、腰に回した手に力を入れないように気をつけた。
1分近くそうしていたが、姫が窒息してしまいそうなので一度離れる。
「ふっ、はあ」
苦しそうに息を吐き出す彼女。もたれるように頬を俺の胸の埋めた。
「明、わたしは、わたしは少し怖い。このようなこと、初めてなのだ」
これから起きることを思うと、彼女が怖じ気づくのは仕方ない。不死者の暴徒に御者を囲まれたときも気丈に振る舞っていた王女だが、それでもはじめての性体験の前には、だれしも恐ろしさに身がすくむものだ。
逆に「オッケー、明。わたしは経験豊富だからバッチコーイだ」と言われては堪らない。
「リイナ姫、わたしは謀反人でしょうか。あまりにも畏れ多いことをしていることは重々承知しています……ですが」
「あ、明殿!? 手、手が!!」
「え?」
掌にやわらかい感触。女性としてはかなりスレンダーなタイプに属する姫だから、けっしてたわわな感触とはいかないが、貧乳であれ、やはりおっぱいの感触は最高だ。
「うおー、こ、これは失礼を!!」
かしこまった口調とは裏腹に明の掌はリリーナ姫の右の乳房を包んでいた。右腕は明の意思に反してその場所から離れようとしない。仕方なく左手でその手を引き離した。
彼女は身体を折っていまにも泣き出しそうだ。明はじっと手を見る。青林檎のようなまだ硬い発展途上の乳房。声なき抗議をするかのような潤んだ瞳。
バルコニーに並んで夜景を眺めた、さきほど抱擁する前に見つめた瞳も、ロマンティックに濡れた双眸だったが、いまのそれはもういかにも「わたし、もうこれがイッパイイッパイなの」という心持ちを現していた。
そして明の頭の中もまた、おっぱいのことでオッパイオッパイ……もといイッパイイッパイなのだった。
「グス……」
姫が涙をぬぐって向き直る。
「リリーナ……」
「夜着にかえて参ります」
明は窓を閉め、部屋の灯りを消した。姫は隣の部屋へと消える。もともとは王族の離宮で彼女の着替えも揃っていた。
(姫、無理をしているなー)
明もブーツを脱いで、軍服のトラウザーズとシャツをたたんだ。士官からバカにされるが、シャツの下にはもう一枚下着を着る習慣を変えていない。
ベッドの上で正座のままシャツを折っている明の背後から声がした。