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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ショート・ストーリー’S

予想外の毒殺事件

作者: 薄桜

路傍之杜鵑さんとこの企画、「殺し愛、空」への参加作品です。

 今日のために借りたウイークリーマンションの一室に、豪勢なオードブルが並ぶ食卓を三人で囲んでいた。懐かしい人を迎えるパーティーみたいなものだからと、俺こと大田原文孝と彼女である加賀美京子、俺の幼馴染という設定になっている秋月千絵里の3人で談笑しながら食べていた……表向きはだが。

 実際には京子が水を口にする瞬間を待っていた。彼女の紙コップには毒を塗ってある。これは俺と千絵里で仕組んだ事だ。

 だが待ちわびた瞬間には何も起きない。のどに物を詰まらせて、慌てて水を飲んだ彼女に不審な顔を向けられただけだ。

「どうしたの、そんなに見つめて?」

「あぁ、いいや、別に……。」

 何故だ? 確かに千絵里が毒を塗った。なのにどうして何も起きない? 内心焦りながらも取り繕っていると、急に狂ったような声が上がる。千絵里だ。いや、こいつは初めからおかしかったな。

 狂気じみた笑い声はすぐに苦悶の声に変わり、彼女は喉を押さえて床に落ちた。そしてもう動かない。カッと目を見開いた物凄い顔して動かなくなった。

 そして怯える京子と、予定が狂って言いようの無い顔をしている俺が残されたって訳だ。

 ……さて、これからどうしたものだろう?



 千絵里と出会ったのは偶然だった。京子への不満をネット上でグチった時、「じゃぁ殺しちゃえば?」と、いきなり物騒な返事を寄越してきたのが彼女だ。

 当初『LePierrot』と名乗っており。ふざけた名前のおかしなヤツだと、もちろん無視してた。だがあまりにもしつこく来るメッセージに「止めて下さい」と返したのが失敗だった。結果的にそこから交流が始まってしまう。あっさりブロックでもしていれば、こんな事にはならなかったはずだ。


 やり取りのうちに相手が女だと知れた。もちろん自称や感覚的にだが、実際会っても女だった。しかもとびきりの美人で驚いた。おまけに鋭く知的に見えるのに、セックスしようか? と言うので更に驚く。互いを知るにはこれが一番手っ取り早いからって……イカレたヤツだと思った。

 だが彼女の印象は急速に変わっていく。お互い気持ち良くなろうよ? と、はっきり物を言う彼女の言葉はシンプルで、薄く笑う紅い唇と、狂気を隠すスクエアの眼鏡に、嘘の無い綺麗な瞳。俺は早々に魅せられてしまう。

 幾度か肌を重ね、ハマってしまった頃に彼女は恐ろしい事を言い出した。しかもゾッとするほど綺麗に笑ってだ。

「私、人を殺してみたかったの。猫はもう飽きちゃった。」

 背徳的な関係はスリリングで、行為は熱く甘美で満たされていた。

「私の持ってる毒薬をね、人が口にしたらどうなるか見てみたいの。」

 いつの間にか彼女の存在は大きなものになっていた。もちろん真っ当なものではなく、麻薬のように危うく仄暗いものだ。

「死体が出なければ、事件は起こっていないも同じなんだよ?」

 彼女は無邪気に恐ろしい事を言う。けれども俺は手放せないほど堕ちていた。


 一方、彼女の京子はギリギリ中の上。付き合って1年だが性格は気弱で不満がある。何か言いたそうに俺を見て、結局言わない。遠慮する。気が強いのより可愛い……そう思っていたのだが、それはそれで不安になる。

 一体どれだけの言葉が飲み込まれ続けているのか? 考えるだに恐ろしい。俺には京子の本心が見えなくて、信じられなくなっていた。だが手放すのも癪で、ずっと惰性で過ごしていた。

 最近、京子に言い寄る男がいる事を、友人経由で耳にした。しかし……いや、やっぱり彼女は何も言わない。

 彼女の家に泊まった日、男の名を呼ぶ寝言を聞いてしまった。それでネットでグチったんだ。



「えっ、何? 文孝くん何が起きたの?」

 パニック状態の京子に、俺は適切な言葉を返せない。殺すはずの京子が無事で、共謀者の千絵里が死んだ。一体この誤算をどうすればいい? それを教えて欲しいのは俺の方だ。


 当初の計画はこうだった。


 幼馴染役の千絵里が遊びに来る → 京子に紹介し一緒に食事 → 飲み物に毒を仕込み京子死亡


 もちろんその後の遺体の処分方法も考え、準備も済ませ、待ち構えていた今日の結果がこれだ……つくづく悪い事ってのは出来ないらしい。


 ◆◇


 理解出来ない事が起きて私はただ怖かった。こんな場面を見たのは初めてで、しかもとても衝撃的。ドラマ? どっきり? ……けど、倒れた千恵里さんはそのまま動かなくて、恐ろしい形相で虚空を睨みつけていた。

「えっ、何? 文孝くん何が起きたの?」

 文孝くんは黙っていた。床に転がる千絵里さんをじっと見つめたまま、何を考えているか分からない。

「と、とにかく救急車を呼ばないと。」

「いや、もう手遅れだろう。」

「手遅れって……どういう事?」

「どうせもう死んでるよ。片付けようか?」


 彼が当然のようにそう言った事も、私はとても怖かった。


 彼の説明はこうだった。

 些細な事で千絵里さんに恨まれていたけど、何度か話して関係の修復をしたはずだった。実は今日、その関係修復の第一歩としての会だったはずなのに毒を盛られていた。しかし運良く、彼女にしてみれば運悪く、手違いで彼女自身が毒を飲んでしまった……と。

 裏切られた、本気で毒を盛るとは思わなかった。そう憤る彼も怖かった。けれど、ひょっとしたら私が飲んでしまう可能性もあったんだよな、そんな事にならなくて本当に良かったって抱きしめてくれた事が嬉しくて、安心して、私はつい泣いてしまった。

 けれど自然死では無いこの状況は、毒の出所、死んだ理由と、色々疑われるって彼は言う。

 私達は間違いなく潔白だけど世の中には冤罪が多くて、まだこれからの人生をそんな事で無駄にしたくない。死体が発見されなければ事件は起こっていないのと同じなんだって、びっくりしたけどそうなの……かな?



 彼女が隠し持っていた殺害計画のメモを彼が見つけ、それをそのまま利用しようって事になった。

 二人で千絵里さんをスーツケースに詰め込んで、部屋をきれいに片付けた。ここはウイークリーマンションで、彼が彼女のために手続きをしていたらしい。スーツケースを車に載せて人気の少ない山に向かった。計画のメモと一緒にあった地図の場所で、彼は迷う事なくそこへ向かった。予め掘ってあった穴にスーツケースごと放り込んで、彼女の荷物も、途中で電源を切った携帯も電池を外して一緒に埋めた。スコップと長靴と軍手は帰る途中にバラバラに川に捨てた。帰り道のガソリンスタンドで洗車して、適当に買った新しい服に着替え、着ていた服はコインランドリーで洗った。そのまま家には帰らずに立ち寄り温泉に寄って体を洗った。本当に用意周到でとても怖い。

 体の震えが止まらなくて運転席の彼を見るのも怖かった。だって、平気そうな顔で淡々と作業をしていた彼がとても奇妙に思えたから。行きも帰りも会話らしい会話は無くて、疑心暗鬼になりかけた。でも彼の家に帰ってからは強く求められてホッとした。彼も怯えてるんだって、やっと分かって安心出来た。

 私はHが好きじゃなくて、今までずっと受け身でいた。彼に任せたまま我慢して、じっとただ終わるのを待っていた。

 でも、それが今日は違ってた……初めて感じてしまったみたい。


 ◇◆


 彼女は元々怖がりだしあまり人を疑わない。こう言ってはなんだが彼女を騙すのは容易い。

 計画通りに千絵里を棄てた後、どうにも神経が高ぶっていた。後ろめたさと罪悪感に押しつぶされそうで、俺は京子を捌け口にした。彼女がセックスを嫌っているのは知っている。ただ終わるのを待っているだけで、後でニコニコされるのも不満だった。

 だが今日は違った、京子の反応が全く違う。あれほど嫌そうにしていた彼女が、恥ずかしがりながらも本当に感じているらしい。これも千絵里おかげなのか? つまりは俺が悪かったという事か、情けない話だな。


 以降二人の関係は良好なものとなった。おかしな事にあれがきっかけだ。秘密の共有で親密さは増し、セックスにも積極的になってくれた。今なら真に互いを必要とする関係だと思える。愛していると言ってもいい。


 けれどそんな時間は二週間程度で容易く揺らぐ。刑事が俺の前に現れたからだ。千絵里が居なくなった事で家族から捜索願いが出されたらしい。そして俺まで簡単に糸は繋がった。彼女のPCには俺との交信記録がしっかりと残っていたらしい。

 当然といえば当然か、ネットを介せば直接的な繋がりを見つけるのは難しい。だが逆に証拠は綺麗に残る。

 意図的に消してしまえば事件として扱われなかったかもしれない。けれど俺にも消す事は出来なかった。彼女の家など知りもしないからだ。

 しっかりと残されていた物騒な内容のやりとり……そんなのは主に向こうから送りつけられたものだったが、承諾した証拠もまた残されていたはずだ。

 けれどまだ希望はある。殺すはずだった京子は生きているからだ。あれは冗談だとか、創作の話をしてたとか言い訳は可能なはずだ。今の千絵里はただの行方不明、俺は彼女言葉に縋る。


 死体が出なければ事件など起こっていない!


 訪ねてきた警察はきちんと追い返した。彼女との面識はあるが行方不明になった事は知らない。理路整然、おかしな点など無いはずだ。もちろんいなくなった事を案じるのは当然だ。そうでなければ不自然で怪しい。けれど自ら喋りすぎるのも良くない。俺は目立ちたい訳じゃない、消えた知人を心配するだけだ。


 ◆◇


 文孝くんの家に行こうとしたら、近くに警察の人がたくさんいた。怖くなった私は彼の家まで行く事が出来なくて、心臓をバクバクさせながら夢中で走って引き返した。

 家に入って鍵を掛け、ようやく少し安心してへたり込んだ時には、感覚が無いほど手は冷たくなっていた。今まで立って走っていたのが不思議なほどフワフワしてて、立ち上がる事が出来なかった。

 這って潜り込んだベッドで丸くなり、いっぱい色々考えた。捕まったらどうなるのか? このまま逃げたらどうなるのか? 知らない事だらけで全然ちゃんとした答えは出せなかったけど、逃げたらずっと怖いままなんだってのは分かった。それによく考えてみたら文孝くんも私も、千絵里さんを殺してない。自分で準備した毒を誤って自分自身が口にしたんだ。気が動転して遺体を捨てるなんて恐ろしい事をしてしまったけれど、殺人よりは罪が軽い。それにもし自首をしたら? きちんと事情を話して、遺体の場所をきちんと伝えたら? ……情状酌量の余地も出てくるはずよね?


 ゆっくり布団から出て、私は携帯を握りしめた。覚悟を決めて震える手で『110』を押し、コール音を何度か聞いた。

「はい、こちらは○×県警察。何がありましたか?」

「あっ……じ、実は……。」

「はい、どうされました?」

「あの……私……い、遺体を山に捨てるの手伝いましたっ!」


 ◇◆


 再び警察が訪れた時には礼状を携えていた。


「加賀美京子さんが、全て話してくれました。」

 スーツ姿の刑事はそう言った。……そうだな、京子は気弱だ。こうなるのが当然だったのかもしれない。

「そうですか、分かりました。でも俺達は殺してなんかいませんよ? あいつは勝手に死んだんです。それと、洗濯物取り込んでいいですか? テレビでよく見る犯人の家の洗濯物……あれ、俺嫌なんですよ。」


 殺したがっていたのは京子で、毒を用意したのも千絵里で、飲んだのがその本人で、俺たちは遺体を捨てた。それは事実だ。

 千絵里が毒を入手した記録が見つかり、過去の悪行も表に出た。交信記録も有利に働いて当然の事ながら殺人には問われなかった。

 世間では奇妙な事件としてマスコミに取りざたされたらしいが、死体遺棄事件として処理された。殺人未遂は証拠不十分となり罪には問われなかった。状況証拠だけでは裁判員が動かなかったからだ。

 だが京子は違う。取り調べの中で自分殺されそうになっていた事を知り、浮気も知った。これでこいつとは完全に終わりだろう。

 俺は会社を解雇され、面会に来た家族からは罵倒された。このまま一家離散のお決まりコースになりそうだ。


 全ては状況に流され続けた俺が悪かったのだと思う。だが俺の胸の中は罪悪感ではなく、空虚感に占められている。

 もし千絵里を隠さなければどうだっただろう? タチの悪い冗談と、千絵里の自殺で方が着いただろうか? 何せ記録に残るのは人を殺したがっていた彼女の嬉々とした言葉の数々だ。


 いずれにせよ俺には前科者の箔が着く。この一件で俺に残されたものは、より困難になった未来だけなのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「殺し愛、空」にご参加頂きありがとうございました。  感想が遅くなってしまい申し訳ありません。  故意ではない殺人とその死体遺棄、男女の考え方の違いからの崩壊と掌編で読むには勿体無い内容だな…
2012/03/12 17:22 退会済み
管理
[一言] 企画参加者の玖龍と申します。 拝読させていただきました。 15歳が読んでいいのかどうなのかはさておき(R-15だから大丈夫なはずです)、すっきりとした感じでした。 『死体が出なければ事…
[一言]  初めまして、拝読させていただきました。  面白かったと言っては不謹慎でありましょうか。しかし狂った様子の人物(主に大田原と千絵里ですね)を見て、非常におかしさ(不可思議的な意味と、面白さ…
2012/02/17 01:13 退会済み
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