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【女王版】通学路の女王様

掲載日:2026/11/01

本作は「通学路の女王様」の【女王版】です。


同じ出来事を別の視点から描いた【ざまぁ版】もございます。

https://ncode.syosetu.com/n6839my/


どちらから読んでも楽しめますので、ぜひ読み比べてみてください。


【ざまぁ版】通学路の女王様

私には、毎朝の楽しみがある。


愛車のSUVで、近所の通学路を走ることだ。


車を走らせること自体が好きなのだが、この道では、誰もが私に道を譲ってくれる。それが、なんとも気分がいい。


だから、やめられない。


夫が退職金で買ってくれた、ぴかぴかの高級車。車高が高くて見晴らしもよく、何より車体が大きい。


大きな車というのは、それだけで安心感がある。


もちろん、運転する私も安心だ。


今年で六十八歳になるけれど、運転には自信がある。免許を取って四十年以上、無事故無違反なのだから。


もっとも、夫は助手席に乗りたがらない。


「お前の運転は怖い」


新聞から目も上げずに、そう言うのだ。


失礼な話だ。


あの人は昔から、少しばかり神経質なのである。


さて。


私が毎朝通る道は、小学校の裏手にある細い生活道路だ。


車が一台通るのがやっとの道幅で、ところどころに電柱が立っている。


対向車が来ると、すれ違うのが難しい。


だからこそ、運転技術が問われる。


私はこの道を、毎朝堂々と走っている。


今日も前方から軽自動車がやってきた。


若い女性が運転している。


あらあら。


困ったわねぇ。


私はそのまま前へ進んだ。


軽自動車が止まった。


私も止まった。


しばしの沈黙。


向こうの女性が、何やら手を動かしている。


下がってほしい、ということらしい。


なんて図々しいのかしら。


私の車は大きいのよ?


あなたの車は小さいじゃない。


どちらが下がるべきかなんて、考えるまでもないでしょうに。


私は動かなかった。


女性も動かなかった。


その間に、黄色い帽子の子どもたちが何人か、軽自動車の横をすり抜けていった。


身のこなしが軽いこと。


三十秒ほど経ったころ、女性がため息をつき、ゆっくりバックを始めた。


ほら、ごらんなさい。


最初からそうすればいいのよ。


私はにっこり笑って、軽自動車の横を通り過ぎた。


女性が何か言っていたけれど、窓を閉めていたので聞こえなかった。


きっと、お礼を言っていたのだろう。


最近の若い人にも、礼儀を知っている子はいるのね。


感心、感心。


◇


翌朝は、小学生の集団が道の真ん中を歩いていた。


黄色い帽子に、大きなランドセル。


かわいらしいこと。


私は子どもが大好きだ。


だから、通学路では特に安全運転を心がけている。


制限速度は三十キロ。


私は二十五キロで走っている。


実に模範的だ。


ところが、子どもたちがなかなか道を空けてくれない。


困ったものねぇ。


私は軽くクラクションを鳴らした。


プッ。


子どもたちが振り返った。


もう一度。


プップー。


すると、子どもたちは慌てて塀際に寄った。


なんて素直な子たちでしょう。


私は笑顔で手を振った。


子どもたちは誰も振り返してくれなかった。


最近の学校では、挨拶を教えないのかしら。


◇


数日後。


道の角に、黄色い旗を持った老人が立っていた。


交通安全のボランティアらしい。


ご苦労なことだ。


私が近づくと、老人が旗を上げた。


「ちょっと、奥さん!」


私は窓を開けた。


「はい?」


「ここ、朝は子どもが多いんですよ。もう少しゆっくり走ってください」


失礼しちゃう。


「私、ちゃんと徐行していますわよ」


「いや、今、結構な勢いで入ってきましたよね」


「二十五キロです」


「この道幅で二十五キロは速いですよ」


「制限速度は三十キロでしょう?」


「そういう問題じゃなくてですね」


老人は困った顔をした。


まったく。


最近は交通安全のボランティアまで、運転のことを分かっていない。


「それにね、奥さん。ここは通学路ですから、できれば別の道を使ってもらえませんか」


私は耳を疑った。


「別の道?」


「ええ。一本向こうに広い道路がありますから」


「でも、あちらは信号が二つもあるでしょう?」


「ありますね」


「三分も遠回りになるんですよ?」


「三分くらいなら……」


「三分ですよ?」


私は念を押した。


老人は黙った。


どうやら、私の正論に返す言葉がないらしい。


「時間は大切にしないといけませんわ。あなたも、そのお年ならお分かりでしょう?」


私は優しく諭してあげた。


老人は空を見上げた。


きっと、深く反省しているのだろう。


◇


それからひと月ほど経ったころ。


町内会の回覧板が回ってきた。


『通学路における危険運転について』


物騒ねぇ。


読んでみると、狭い通学路を大きな車で走行し、対向車に後退を強要したり、児童にクラクションを鳴らしたりする運転手がいるという。


なんてひどい人なのかしら。


私は憤慨した。


こういう人がいるから、交通事故がなくならないのよ。


さらに読み進める。


『該当車両は、白色の大型SUV。運転手は高齢女性とみられます』


あら。


私と同じね。


でも、私は四十年以上も無事故無違反。危険運転なんて、するはずがない。


世の中には似たような車に乗る人がいるものだわ。


『地域では、この運転手を「通学路の女王様」と呼んでいます』


まあ!


女王様!


なんて素敵な呼び名でしょう!


きっと、運転が上手で堂々としている女性なのね。


ぜひ一度、お会いしてみたいものだわ。


私は回覧板に大きく丸をつけた。


そして、余白にこう書き添えた。


『危険運転は許せません。皆さん、譲り合いの精神を大切にしましょう』


◇


それから数日たった晩のこと。


夕食のあと、夫が珍しく「少し出てくる」と言って立ち上がった。


こんな時間に散歩だなんて。


健康に気をつかうようになったのね。


感心、感心。


◇


最近、娘がうるさい。


週末に孫を連れて顔を出すたびに、同じことを言うのだ。


「お母さん、お願いだから、あの道を通るのはやめて」


「どうして?」


「危ないからよ!」


「大丈夫よ。私、四十年以上も無事故無違反なんだから」


娘は頭を抱えた。


そういえば、孫ももう、私の車には乗ってくれない。


車酔いしやすい子なのね、きっと。


まったく。


あの子も四十を過ぎたというのに、心配性で困ったものだわ。


父親に似たのね。


親子というのは、こういうところまで似るものなのかしら。


◇


それから十日ほど経った朝。


いつもの通学路に入ると、横断歩道の手前に小学生が三人立っていた。


黄色い帽子をかぶった、低学年の子たちだ。


まったく。


最近の子どもは、どうしてこうも周囲を見ないのかしら。


三人はこちらを見て、横断歩道を渡ろうとしている。


私は軽くクラクションを鳴らした。


プッ。


子どもたちはびくりとして、歩道へ下がった。


ほら、ごらんなさい。


ちゃんと車に気づけば、危ないことなんてないのよ。


私は満足して横断歩道を通過した。


その直後だった。


ウゥーッ。


背後でサイレンが鳴った。


ルームミラーを見ると、白バイがぴたりと後ろについている。


あら。


いつの間に。


白い車体に、きらきら光る赤色灯。


私の白いSUVと、色までお揃いだ。


なるほど。


護衛つきだなんて、まるで女王様ね。


私は背筋を伸ばし、少しだけ速度を落としてあげた。


護衛の方が置いていかれては、気の毒ですもの。


『前の白いSUV、左に寄せて止まってください』


拡声器の声が響いた。


あら、休憩かしら。


私は車を止め、窓を開けた。


白バイを降りた警察官が、こちらへ歩いてくる。


「どうなさいました?」


「今、横断歩道を渡ろうとしていた子どもたちがいましたよね?」


「ええ。ちゃんと避けてくれましたわ」


「……避けてくれた?」


「はい。私の車、大きいですから」


警察官は一瞬、黙った。


「横断歩道では歩行者が優先です」


「もちろん、存じていますわ」


「では、なぜ止まらなかったんですか?」


「だって、あの子たちが止まってくれたんですもの」


「車が来たから止まったんですよ。横断しようとしている歩行者がいる場合、車は横断歩道の手前で一時停止して、通行を妨げてはいけません」


私は耳を疑った。


「……はい?」


「横断歩行者等妨害等違反です。違反点数二点、反則金は九千円になります」


「九千円!?」


警察官は違反切符の手続きを始めた。


なんということでしょう!


「私、四十年以上も無事故無違反なんですよ!」


「そうですか」


「ゴールド免許なんです!」


「今回の違反とは関係ありません」


「私の車、大きいんですよ!?」


「それも関係ありません」


なんて融通の利かない警察官なのかしら。


そのとき、横断歩道の向こうから声がした。


「あっ! 女王様だ!」


「女王様、捕まってる!」


「すげー! 白バイだ!」


子どもたちったら。


そんなに私のことが気になるのね。


私は笑顔で手を振った。


「大丈夫よ! ちょっとした誤解だから!」


警察官が静かに言った。


「誤解ではありません」


私はむっとした。


まったく。


最近の若い人は、年長者への敬意というものが足りない。


「本当に、嫌な世の中になったものねぇ。昔はもっと、みんな道を譲ってくれたのに」


すると警察官は、ようやく口を開いた。


「奥さん」


「はい?」


「道路交通法は、女王様にも適用されますので」


……まあ!


この警察官まで、私を女王様と呼んでくださるなんて!


そこで、私はようやく気がついた。


本物の女王様は、私なのだ。


回覧板の危険な運転手は、私の呼び名を勝手に使っている偽物に違いない。


私は少しだけ機嫌を直した。


けれど、帰りの車内で九千円のことを思い出し、また腹が立った。


こんなことなら、最初から子どもたちが道を譲ってくれればよかったのに。


◇


数日後。


今度は回覧板ではなく、署名用紙が回ってきた。


『通学路の時間帯通行規制を求める署名』


平日の朝七時から八時半まで、小学校裏の生活道路を車両通行止めにしてほしい。そう警察に要望するのだという。


なるほど。


あの偽物の女王様を、通学路から追い出すためね。


本物として、見過ごすわけにはいかないわ。


私は喜んでペンを取った。


署名欄はもう、半分以上が埋まっていた。


さすがは我が町内会。皆さん、意識が高いこと。


そして、用紙のいちばん上。


発起人の欄に、見慣れた名前があった。


夫だった。


その下の、署名集めの係のところには、娘の名前もあった。


私は思わず胸に手を当てた。


あの人ったら。


家では新聞ばかり読んでいるくせに、ちゃんと地域の安全を考えていたのね。


あの子も。


家ではあんなに口うるさいくせに、地域のことはちゃんと考えているのね。


感心、感心。


「あなた! 見直したわ!」


居間の夫に声をかけると、夫は新聞の向こうで小さく言った。


「……そうか」


照れているのだろう。


私は署名欄の空いているところに、いちばん丁寧な字で自分の名前を書いた。


◇


年が明けて、規制が始まった。


いつものように通学路へ曲がろうとすると、入り口に看板が立っていた。


『車両通行止め 7:00~8:30』


あら。


今日からだったかしら。


入り口に鼻先を少し入れたところで、私は車を止めた。


目の前の横断歩道を、子どもたちが手を上げて渡り始めた。


ずいぶん、のんびり歩くこと。


まあ、いいわ。


今日は特別に、待ってあげましょう。


女王様というのは、寛大なものなのだ。


最後の一人が渡り終えると、黄色い旗のボランティアの老人が、大通りの車を旗で止めた。


それから、こちらに向かって旗を大きく振った。


「はい、奥さん、下がって! オーライ、オーライ!」


誘導してくださるのね。


なんて親切な方なのかしら。


私は旗に合わせて、ゆっくりと車を下げた。


大通りに戻ったところで、窓越しにお礼を言った。


「ご親切に、どうも!」


窓を閉めていたので、聞こえなかったかもしれない。


でも、きっと伝わったはずだ。


私は一本向こうの広い道路を走った。


信号に二つも捕まった。


三分、遠回りした。


「あなた! あの道が通れなくなったのよ!」


「そうか。よかったな」


「何がよ! 三分も遠回りになるのよ!」


「三分で済むなら安いもんだ」


「あなたまでそんなことを言うの!?」


夫は新聞を畳んだ。


「ところで、お前も署名したんだろう?」


「もちろんよ。危険な運転手を野放しにはできませんもの」


「そうか」


夫は久しぶりに笑った。


「お前にも、ようやく譲り合いの精神が芽生えたんだな」


私は呆れてため息をついた。


まったく、なんてことだろう。


この家は、私以外にまともな人間がいないのよねぇ。


(おしまい)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


女王様は最後まで女王様でしたね。


本作には、同じ出来事を別の視点から描いた【ざまぁ版】もございます。


女王様の勘違いの答え合わせは、こちらでどうぞ。


【ざまぁ版】通学路の女王様

https://ncode.syosetu.com/n6839my/


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