はじまり
それは、世界が救われた“後”の物語。
魔王は討たれた。
空を覆っていた黒雲は裂け、光が大地を照らし、焼け焦げた王都には歓声が満ちる。
勇者は称えられた。
仲間たちも讃えられた。
彼らの名は歴史に刻まれ、人々は涙を流して感謝を捧げる。
だが、誰も知らない。
いや知ろうとはしなかった。
「世界を救う」という行為。
それが、何を意味するのかを。
魔王は確かに悪だった。
数多の命を奪い、街を滅ぼし、希望を踏みにじった存在。
だからこそ人々は願ったのだ。
“どうか倒してほしい”と。
その願いは叶った。
あまりにも、完璧に。
あまりにも、理想的に。
勇者とその仲間たちはすべてを終わらせた。
敵も、争いも、恐怖も。
そして、自分たちの中で“必要だったはずのもの”までも。
すべて、終わらせた。
戦いの中で、彼らは変わってしまった。
闇に染まった人を殺すことに躊躇がなくなり、助けを乞う魔物の首を平然と刎ねたこともあった。
持ちあわせていた、理性。良心。命は大切。敵にも守るべきモノがある。
そんな感情。
それが、ぽっかりと失われてしまった。
魔王。
その巨悪を討ち、その返り血を浴びた彼等は失った。
守るべきモノと守られるべきモノとの境界。
それを失ってしまった。
やがて――
「オレは」
「わたし、は」
「なにを守って」
「き、きたの?」
「守る」という言葉の意味さえ、わからなくなった。
魔王を倒したその日。
世界が歓喜に包まれたその日。
勇者は、笑わなかった。
仲間たちも笑わなかった。
その瞳に光はなく、あったのは虚無。
「なあ」
黒き血に濡れた剣を握ったまま、彼はぽつりと呟いた。
「これで、本当に。よかったのか?」
斬り伏せられ、その頬に涙の跡を残す年端もいかない幼き女魔王の亡骸。
そのモノを見下ろし、彼はつぶやいた。
誰も答えなかった。
答えられるはずがなかった。
彼らは気づいてしまったのだ。
世界は救われたのではない。
自分たちが救われたわけではない。
“終わった”のだと。
救済とは、選別だ。
救われる者がいれば、救われない者がいる。
守るために、切り捨てるものがある。
その選択を、彼らは何度も、何度も、何度も繰り返してきた。
そして最後に残ったのは、空っぽになった世界と取り返しのつかない虚無と絶望を抱えた“英雄”たちだけだった。
遠くから、祝福の鐘。
それが鳴り響く中。
勇者はゆっくりと顔を上げる。
その瞳。
そこには、勝利の光ではなく底の見えない“絶望”が宿っている。
これは。
世界を救ってしまった者たちが、世界に絶望していく物語。
そして、“救い”という言葉の本当の意味が暴かれていく物語である。




