1 解雇
俺、ミルト・リグルは、たった今、無職になった。
「お前はウチには向いてないんじゃないかな」
王都ミザリネにある屋敷の一室。
威厳に満ちたその部屋で、騎士団の団長・レオナルドはそう告げた。
その声は慈愛に満ちており、そこに非難の色は一切なかった。
「……そうですよね」
俺は、うつむいたまま答えることしかできなかった。
彼がどんな表情をしているのか、直視するのが怖かったのだ。
いつか、こんな日が来るんじゃないかと思っていた。
16の時、田舎から出たい一心で王都に来た俺を、この人は拾ってくれた。
右も左も分からない俺に、一から戦いのイロハを叩き込んでくれた師匠でもある。
田舎出身で、礼儀も教養もない俺は、いつも周囲から馬鹿にされていた。
任務でも足を引っ張ってばかりだった。
それでも――この人だけは、ずっと味方でいてくれた。
この人だけは失望させたくなかった。
――そんな人を、裏切ってしまった。
心にあるのはそんな罪悪感のみ。
つい先ほど、俺は4年務めた騎士団からクビを宣告された。
もともと、騎士団の主力というわけではなかったのだが、きっかけとなったのはある一つの事件だった。
――今さら後悔しても、もう遅いか。
ここ最近、気分は沈みきっていて、輪をかけて使えない人間になっていたと思う。
「今まで、ありがとうございました」
そう言い残し、俺は団長室を後にする。
「行く当てはあるのか?」
扉を開けかけた俺に、団長が声をかけた。
「田舎に戻ろうと思います」
「そうか……君を手放すのは、私としても不本意だ。寂しくなるよ」
団長はそう言ってくれたが、いつかはこうなっていたと思う。
エリートぞろいの騎士団の中では俺はやっていくので精一杯だったのだ。
荷物をまとめ、屋敷を後にする。
「え!もう行っちゃうんですか?」
騎士団を去る俺に声をかけてくれたのはベアトリクスのみだった。
俺にできた唯一の後輩。
俺と違い貴族出身の彼女は騎士団の人間として非常に優秀で、あっさりと俺なんて追い抜いてしまった。それでも、俺のことを慕い続けてくれているようで、団長の次によく話したのはこいつだろう。
「ああ。長居しても、しょうがないしな」
「そんな……送別会、開くのに」
「お前と団長しか来ないだろ」
「……まあ、それはそうですね」
可愛い顔して意外とバッサリ切ってるこの感じも今日で終わりだと思うとなんだか感慨深いものがあった。
「ベアトリクス、早く来い。そんな奴に構うな」
後ろから声がかかるが彼女は微動だにしない。
「行った方がいいぞ」
俺もそう促すが、
「嫌です」
彼女はきっぱりと否定する。
「私は、先輩がしたこと、間違ってないと思います」
「……そっか」
こいつにそう言ってもらえるだけで、心が少し軽くなった。
「また会いましょ。手紙、送りますから」
その言葉を背に、俺は屋敷を後にした。
それが、俺の騎士団としての最後の日だった。
家に帰ると出迎えるのは一人の少女。
扉を開けると待ち構えていたかのように目を輝かせ走ってくる。
「おっ! 帰ってきた!」
「ただいま」
「で? どうだった?」
「クビだ」
「やったーーー!!!」
家の中に、歓声が響く。
「あんまり喜ぶなよ。これでも結構、傷心なんだぜ」
「はーー?意味わかんないんですけど」
心底理解できない、といった顔。
「こんな肥溜め、さっさと抜け出したいじゃない」
さも当然かのように彼女はつづける。
「田舎ではきっと牧歌的な生活が待ってるわ!
朝は家畜の世話、昼は野を駆け、夜は友と語り合う!
ビバ! 田舎!」
「現実は重労働と戦争だ。治安も悪くて、一人で出歩けもしない。
夜は貴族の屋敷で、楽しい楽しい“お楽しみ”だ」
「それが現実だ」
少し厳しいかもしれないが早めに知っておくべきだろう。彼女の眼を見て俺は言った。
「なら、あんたが全部何とかして」
真剣に話す俺に
―――ダメだこいつ
生意気盛りのこの少女はリズ。
年齢は俺より一回りほど下のはずだが、正確なところは分からない。
本当は王都で職探しをしたかったが、このやかましい同居人に押し切られ、俺たちは故郷クルストへ戻ることになった。
その日のうちに部屋を引き払い、三時間ほどかけてクルストへ向かう。
金がないので転移魔法は使わず、歩きだ。
しかも背中には、リズを乗せたまま。
道中、
「揺れがひどいんだけど」
などと言われた時には、置いていこうかと本気で思った。
山脈を二つ、運河を一つ。
昔は二か月かかった道のりも、今では一直線だ。
リズがいるのでそこまで速度は出せず疾走感はあまりなかったが、
川を超えるときなんかは夕日が反射しなかなかの絶景だった。
そんなこんなで、俺は騎士団を解雇されたその日の夜にはクルストへの帰郷を果たした。
皆が家に籠りあかりはほとんどない。
王都とは大違いの街並みを見ながら、実家にたどり着く。
すっかり寝息を立てるリズに気を使いながら、家に足を踏み入れた。
約4年ぶりの実家。もうすっかり人の手が入っていないはずの家の中は思いのほか奇麗だった。
リズをベッドの上に寝かせ、俺は奥の部屋に足を踏み入れる。母の部屋に。
あの頃と比べ少し埃っぽくなった部屋を確かめながら、一応報告した。
「ただいま」
その声は誰にも届くことは無く消えた。
それでも、しばらく俺はその場に立ち尽くしていた。
まるで、少し遅れて「おかえり」と返ってくるんじゃないかと期待するみたいに。




