荊のアルグウィン
山脈から吹き下りた風が指先に染みる。
弓と短剣を主武器とするエルフにとって、手が冷えるのは好ましくはない。かといって厚い手袋を付けると矢の精度が落ち、夜襲前に焚き火を起こすなんて馬鹿なことは俺が許さない。
せいぜい革製のフィンガーレスグローブを用意するか、原始的な方法で温めるのが関の山だ。
「ハァーー」
標的となる城壁を眺めながら指先に息を吐いていると、すぐ後ろから声が掛かった。
「アルさん、このままだとみんな風邪引いちゃいますよ。まだ攻め込まないんすか?」
話しかけてきたのは繭楼園の後輩で、部隊の副長でもある啄木鳥。
彼の無作為に首筋まで伸びた金髪は闇を吸い込み、エメラルドを彷彿とさせる碧眼も輝きを抑えていた。韓流アイドルのように流麗な顔立ちだが、エルフにとっては珍しくもない。
互いに茂みの裏でしゃがみ込んでいたので、至近距離で目が合う。
痩せ型で感情豊かなコイツを見てると、某○ィズニー映画の狐キャラを思い浮かべてしまうのは俺だけだろうか。・・・いや、俺だけに違いない。
「日が落ちて2時間位か?もっと待った方がいいんだが・・・」
夕焼けが去り、夜が空に溶け出してから、さほど時間は経っていない。
その証拠に要塞からは沢山の火灯りが漏れている。今頃、中の兵士達は晩飯を食べながら談笑してるはずだ。
夜襲の効果を最大限に発揮出来るのは、大多数が寝静まった時。
これまで神経をすり減らして進めてきた計画だ、締めにはしっかりこだわりたい。のだが――。
月明かりも満足に届かない森の中、寒さを紛らわす為に身を寄せ合う部下達にあと数時間待てと言うのは中々に酷だ。
数日曇天が続き、一気に晴れたことによって生じる寒暖差までは気が回らなかった。
それに進行の速さを重視し過ぎたあまり、まともな補給や略奪を行わなかったのも原因である。おかげで部下達は薄着で腹を空かせる羽目になった。これは明確な反省点だな。
「派手に殺るのもありだ。どうする?」
ここはあえて判断を委ねてしまおう。それで少しでも過失を軽くしようという姑息な手だ。
樹上で矢に使う枝を削っていた男エルフと要塞をじっと見据えていた女エルフが嬉々として反応する。
「暴れたくてうずうずしてた所です」
「ええ。毛無し猿共を血祭りに上げてやりましょう」
皆の表情が引き締まり、纏う雰囲気が変わった。どうやら意見は一致しているらしい。
「よっし、じゃあシノ。お前は2、3人引き連れて滑車台へ向かえ。他は南門の前に行くぞ。いいか、今回の最優先事項は同胞の救出と遺物の奪取だ。恨みに駆られて引き際を見誤るなよ」
事前に決めた作戦はシノクスが水を引き上げる滑車を利用して内部に潜入、門を開けて一斉に突入というシンプルなもの。
部隊の総数は俺含めて34名。おそらく数倍以上の敵を相手にするので、目的を違えたり、もたついている余裕は無い。一点集中、初撃によって生じた混乱を大火の如く押し広げる必要がある。
俺が最前線で暴れて、敵の目を引きつけるか。
城壁の方へハンドサインを送ると、シノクスと他2人はあっという間に草原を駆けていく。夜闇に溶け込むその姿を、人間の目で捉えるのは困難だろう。
俺と部下達は森伝いに迂回して行く。要塞の南側は未開の地とほど近いので、大人数でも姿を隠しやすい。
――・・・
およそ数十秒後、小川の縁に到着したシノクスは弛んだ縄をスルスルと登っていき、逆上がりで木製の滑車台に乗った。
俺はその軽業を容易く視認する。優れた視力と俊敏性を併せ持つエルフほど奇襲戦に秀でた存在はいないのだ。
「フゥゥゥー」
時が来た。肩を回し、息を薄く吐いて、高まっていく鼓動を少しでも落ち着ける。そして腰の左右に差した得物を抜く。
なだらかに湾曲した刀身の反りには突起があり、クワガタの顎を連想させる形状。加えてこれから存分に味わうであろう血と同調するように紅く濡れるのは、二対一振りの魔刀。
ゴッ、ゴッ、ゴゴゴゴ。
何かが鈍く擦れる音と共に、大きな門がゆっくり開いていく。どうやら無事に侵入を果たせたようだ。
「俺が先陣を切る」
身を沈め、柄を今一度強く握りしめる。そのまま太股、ふくらはぎを硬直化させ、溜めた力を一気に解き放つ。
即座に韋駄天と化した体は、空気を断ち、残影を延ばしながら要塞内へ滑り込む。
まず視界に入ったのは、横たわる人間の首筋をナイフで切り裂く部下。さらに間髪を入れず別の人間が、上から落ちてくる。
城壁の通路に顔を向けると、シノクスが2人の夜警相手に華麗な剣さばきを披露していた。
周囲には大小様々なテントが並び、多くの焚き火が焚かれている。事前に掴んだ情報では端の方には下級兵士の住まい、肥溜め、家畜小屋が展開し、鍛冶工房や倉庫、屯所等を経て中心の司令所に辿り着く。
目当てが管理されているのは、十中八九屯所か司令所だ。どちらにせよ大勢を相手に切り進んで行くのは変わらない。
「おい、なんだありゃ?」
丸太に座り、スープをつついていた1人が異変に気づいた。
俺はそいつの元へ一足飛びに近づき、有無を言わさず右手を振り下ろす。
「がああああっ!」
ギャンベゾンごと胴を袈裟切りされた男は絶叫を上げ、当然近くの人間は驚きに包まれる。
「なんてことしやがるっ」「気でも狂ったのか」「いや・・コイツは・・エルフだ!」
1日の疲れを癒やす団らんから非常事態への急転。慌てふためく人間共の実体は傭兵や盗賊上がり、浮浪者達だ。どいつも浅ましい欲求を満たすため、殺しや盗み、果ては強姦までも厭わないクズばかりである。
俺は両手に握った刀を体の横に翳し、古代語で詠唱する。
「貴き薔薇よ、雅言を奏で外殻に宿れ」
すると頭部が紫色の花弁で体全体を花枝に覆われた守護精霊が背後に現出し、力の一部を刀身へ纏わせた。俗に言う魔力付与の一種だ。
未だ事態を飲み込めずに立ち尽くしている人間の方へ、暗く濁った刀を振るう。
精霊の魔力は空間を断裂して、ぱっくりと開いた隙間は放爆蕾を内包する特異領域と繋がる。そこから飛来してくるのは、流星群を彷彿とさせる複数の棘。
圧倒的な速度に晒された人間の体は、紙切れのようにいとも容易く抉れていった。
「敵襲だぁぁー!」
誰かが叫び声を上げ、警鐘も鳴り響く中、部下達も負けじと殺戮を行うことで騒乱を助長していく。
同族を蔑ろにされてきた恨みを晴らせるまたとない機会だからな、気合い十分といった感じだ。
寝間着同然の格好でテントから這い出てきた男を突き刺し、棍棒を振りかざしてくる男の体に刃を滑らせる。
呻吟と共に舞った鮮血で顔が汚れるが、構わずもう一度《蕾爆》を放つ。
太刀筋から放射状に延びていく凶悪な棘は、進行方向に存在する物質を悉く貫いていく。
予期せぬ襲撃や常軌を逸した現象によって続々と命が散っていき、混乱の坩堝と化す現場。
俺はそろそろ奥に進もうかと足を踏み出したのだが、とある呟きに注意を引かれる。
「・・・化け物かよ」
後ろを振り返ると、尻餅をついている男の怯えた視線と目が合った。
「二刀流の・・魔法使い。・・・お前が荊のアルグウィンか?」
どうやら勝手につけられた2つ名は人間界でも有名になっているらしい。たいして嬉しくもない話だ。先を急がなければいけないので、斬撃をもって質問の答えとしよう。




