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Zero Kai  作者: NILL
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エピソード2:私を納得させて

数千年にわたり、人類は『自由意志フリーウィル』という概念に苦悩し続けてきた。 ある者はそれを重い責任として背負い、ある者はその意志を神々に委ねた。またある者は自由意志の存在そのものを否定し、混沌と運命の代理人となった。 やがて、過酷な修行の末に己の意志を制御し、その無限の力を平和と正義のために振るう者たちが現れた……。 だが、強大な『意志ウィル』を制御するのは容易ではなく、その力はやがて英雄たちを蝕み、悪のために力を行使し、他者の意志を操る者たちを生み出した。 これに対抗し、人類を守り自由意志の尊厳を維持するために設立されたのが『セイシン評議会』である。 そして『セイシン・トライアル』は、潜在的なウィル能力者を発掘・選別するための場として創設された。しかし一般市民にとって、それは単なる富と名声への登竜門でしかなかった……。


カイはベッドに横たわり、手の中のチケットを見つめていた。


セイシン・トライアル - ワイルドカード #2 出場者:カイ・アラシ


「僕はもう、ゼロ・カイじゃない」


心臓が高鳴る。賞賛される自分を想像した。罵声ではなく、人々が自分を認め、歓声を送ってくれる未来。 彼は、リクとの戦いで得た賞金の一部で買った雑誌の山に目をやった。(残りの賞金は封筒に入れられ、ベッドの脇に押し込まれていた)


「セイシン・トライアルで優勝するんだ」


月曜日の朝。教室はざわめいていた。


「俺の実習先、技術研究所なんだ。夏休みの間頑張れば、そのまま就職できるかもって」 「いいなあ。俺なんか貿易会社だぜ」 「よう、ゼロ・カイ。お前の実習先は決まったのか? 下水処理場がウンコ回収係を募集してるって聞いたぜ」


クラス中に笑いが起きたが、カイは気にも留めなかった――誰かが彼の描いていた絵を奪い取るまでは。


「おい、返せよ!」 「なんだこれ、ユニコーンか?」


カイは拳を握りしめた。「知らないのか? 土曜日にリクと戦ったんだ。僕が勝ったんだぞ」


笑いが一瞬止まった。


「ああ、そういえば忘れてたよ。俺の従兄弟も会場にいたけど、あれは全部八百長だって言ってたぜ」 「なんだ、ゼロ・カイは犯罪に手を染めたのか? こりゃ教育が必要だな」


カイは教室の隅に追い詰められた。


「八百長なんかじゃない。僕は正々堂々とリクを倒したんだ。だから――」


言い終わる前に拳が飛んできた。カイはその場に崩れ落ちた。


「また学校で喧嘩か? この家の恥晒しめ!」


父親がテーブルをバンと叩いた。 リビングルームの壁には、カイの姉アヤメの写真と、彼女の数々の栄光を称える賞状が所狭しと飾られている。


「いいか、カイ。タナカさんの不動産事務所での実習を決めてきたぞ」


「タナカさん? 父さんのアートスタジオじゃダメなの?」


「またプリンターを壊す気か? お断りだ」 (以前、カイは美術の宿題を印刷しようとしてUSBメモリを間違え、女子バレーボール部の際どいポスターを大量に印刷してしまった前科があった)


カイはうなだれた。だが、すぐに名案が浮かんだ。


「じゃあ、オオカミ師匠のところはどう? 僕、セイシン・トライアルに出るつもりだし――」


「セイシン・トライアルだと! 私の目の黒いうちは絶対に許さん! 近所での恥晒しだけじゃ飽き足らず、全国規模で恥を晒すつもりか?」


「でもワイルドカードを貰ったんだ。行かなきゃ」


カイはチケットを掲げた。


バッ!


カイは間一髪で父親の手をかわした。


「今すぐそれを捨てなさい。そのオオカミとかいう男がどんな詐欺を企んでいようと、関わることは許さん」


「詐欺なんかじゃないよ――」


「詐欺に決まってるだろ! 姉さんがどれだけ苦労して出場権を得たと思ってるんだ。しかも、姉さんにはお前の百倍の才能があったんだぞ!」


その言葉は、物理的な重みを持ってカイにのしかかった。 カイの肩が落ちる。 父親はため息をつき、首を横に振った。


「いいか、カイ。オオカミはかつてチャンピオンだったかもしれないが……今のあの有様を見ろ。街外れの廃坑に住み着いているんだぞ。お前は本当にあんな風になりたいのか?」


スプリット・マウンテン・シティの喧騒とネオンを抜けると、家並みは黒い岩肌と錆びたフェンスへと変わっていった。


『スプリット・マウンテン鉱山 - 市の命令により閉鎖中』


カイは金網フェンスを掴んでよじ登り、向こう側へ飛び降りた。袖がワイヤーに引っかかって破れる。


「うわ、最悪。お気に入りの服だったのに」


「こっちはお気に入りのフェンスだったんだがな。不法侵入者め」


カイは凍りついた。仮設ライトが長い影を落とす暗い坑道の入り口に、人影が立っている。


「オオカミ師匠! 弟子入りしに来ました!」


「オーケー。最初のレッスンだ。俺にかまうな」


カイは膝をつき、地面に額をこすりつけた。


「お願いします、師匠。助けてください……」


(時間の都合上、読者の皆様にはカイによる長くてメロドラマチックな現状説明を割愛させていただく)


「……それで、父さんは僕につまらない不動産屋で働けって言うんです」


オオカミは大あくびをした。 「なら、そうすればいいだろ?」


「嫌です。僕はセイシン・トライアルで勝ちたいんです。師匠みたいに」


実のところ、カイは買った雑誌でオオカミの武勇伝を読み漁っていた。彼の夢は、その記事の分量に比例して膨らんでいたのだ。


「30年前、師匠は決勝で『熊のトビマラ』と戦って、スタジアムを半壊させかけたんですよね! もし師匠が僕を鉱夫見習いとして雇ってくれれば、学校の実習単位も取れるし……戦い方も教えてもらえる」


オオカミは少年を見つめた。 これほど純粋な興奮と憧れの眼差しを向けられれば、心が動かされるというものだ。ある種のインスピレーションさえ感じる。いかなる男も、これを無視することなど――


「で、俺に何の得がある?」


カイは瞬きした。方程式のそちら側については、あまり深く考えていなかった。ある意味、これがオオカミから学んだ最初の教訓だったかもしれない。『情熱は魂を揺さぶるが、実利は手を結ばせる』。


「えっと、その、弟子になるんで……岩を運んだりとか、そういうのを手伝います」


「岩とか。そういうの」


当然ながら、オオカミの声は平坦だった。


「教えてくれ、小僧。親父がお前のやりたいことを認めてくれないなら、なぜ親父を『ねじ曲げ』ない?」


「ねじ曲げる?」


「リクと戦うために大会主催者をねじ伏せたみたいにな。自分の『意志』を押し付けるんだ」


「僕の意志? どういう意味ですか?」


オオカミはため息をついた。 (まあ、無理もないか。もしコイツが本当に『操作系マニピュレーター』なら、人生もっとマシなことになってるはずだしな。……あるいは死んでるか)


「お前の親父のアートスタジオに、デカいプリンターはあるか?」


「プリンター? ありますけど……前回ひどく怒られたから、裸の女の人は印刷できませんよ」


ブフォッ!


「誰が裸の女を印刷したいと言った!?」


カイは肩をすくめた。「分かりませんけど。師匠ってそういうタイプに見えるから」


「見えねえよ!」 オオカミのこめかみがピクリと引きつった。


「いいか、取引だ小僧。俺のポスター作りを手伝え。そうすれば、トライアルのコツをいくつか教えてやる。いいな?」


冷たい風が、スタジオの裏口の防火扉をガタガタと揺らした。


「でも、なんでこんなの印刷したいんですか?」


カイは、巨大な業務プリンターから吐き出される一枚目のポスターを見つめた。 そこには、カイが猛牛リクをノックアウトしている瞬間が写っていた。


オオカミは喉を鳴らして笑った。 「リクの野郎、高慢ちきな顔しやがって。このポスターが街中に貼られたら、あの野郎がどんなツラするか見ものだぜ!」


カイはパニックになった。 「そんなことしちゃダメですよ! 僕がやったと思われるじゃないですか!」


あの恐ろしい怪物が再び自分に向かって突進してくる光景を想像し、カイの膝が震えた。慌てて停止ボタンを押そうとしたが、オオカミに手首を掴まれた。


「放してください!」


「落ち着け、小僧。リクは確かに強いが、頭に血が上ると周りが見えなくなる。ほらよ、これがセイシン・トライアルのヒントその1だ」


オオカミは親指を立てた。 カイは吐き気を催した。


「それにだ。これを見れば学校の連中も、お前を認めざるを得なくなるだろ?」


「冗談じゃ――」


カイは凍りついた。スタジオの表側から音が聞こえたのだ。


「おい? 誰かいるのか?」


「マズい! 父さんだ」


カイは腕を振りほどき、停止ボタンを叩いた。 「早く逃げないと!」


カイは必死にオオカミの服を引っ張ったが、オオカミは悠々と印刷されたポスターを集め、まるで時間が無限にあるかのように机でトントンと端を揃えている。


「早く! また怒られちゃうよ。行こう――」


プリントルームのドアが開いた。カイは息を呑んだ。


「と、父さ――!」


ムグッ!


オオカミの手がカイの口を塞いだ。 「シッ」


電気が点き、金属バットを持った父親が入ってきた。


「そこにいるのは誰だ! 今すぐ出てこい、警察を呼ぶぞ!」


鬼のような形相でプリンターの方へ歩み寄ってくる父親を見て、カイの目は飛び出さんばかりに見開かれた。


(殺される! 夏休み中ずっと外出禁止だ! アヤメ姉さんだって助けてくれない――え?)


父親は、二人のすぐ横を通り過ぎていった。 彼は巨大なプリンターの周りをドシドシと歩き回り、バットを振り上げ、左右を確認し、上を見たり下を見たりしている。


「隠れても無駄だぞ! いるのは分かってるんだ!」


カイは唖然とした。部屋のど真ん中、一番明るい照明の下に立っているのに、父親はカイとオオカミの存在に全く気づいていないようだ。


(どうなってるんだ? なんで僕らが見えてないの?)


カイはオオカミを見上げた。 老人の目は驚くほど集中しており、動き回る父親の姿をじっと追っていた。


ガシャン!


外でゴミ箱が倒れる音がした。父親は「そこか! 逃がさんぞ!」と叫びながら、開いた防火扉へ向かって全力疾走していった。


「よし小僧、ずらかるぞ」


オオカミはカイの口から手を離し、刷りたてのポスターを小脇に抱えて正面玄関へと向かった。


カイは瞬きをした。


「でも……どうして見つからなかったんですか? 目の前にいたのに」


オオカミはニヤリと笑った。


「時にはな、『見られたくないという意志』が、『見ようとする意志』を上回ることもあるってことさ」

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