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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
鬼頭火山篇
8/73

与えられし最初の旋律

‐1‐


 暗号を解き昼休みを終えた後、暁、亜美、竜司の三人は授業に復帰し、暗号解読用に回転していた脳に休息を与えることにした。午後の授業は思いの外早く終了し、三人は脳をもう一度暗号解読用に切り替えつつ放課後を迎えた。

「じゃあ亜美、その八百屋に案内してくれ」

 そう言いながら意気揚々と学校の玄関を出たのは暁だった。その右斜め前には亜美、そして竜司は左にいた。

「んっ?」

 暁は玄関から五歩足を進めたところで身体に異変を察知し、後舌面を軟口蓋後部に押し当て有声の気息を鼻から洩らした音を、クエスチョンマークを添えて発した。異変が起きた部位は右腕である。まるで何者かに掴まれているかのように動かない。そこで暁は気が付いた。暗号を解いた安心感からか、今まで脳の動きが完全にスリープモードであったことに。つまり、なんてことはない。実際に何者かに掴まれているのだ。

 暁はその主体を確認するために、体を反転させた。

 暁の視線の先には、一人の女子生徒がいた。

(ひかり)?」

 光とはその生徒の名前である。

「暁くん……またサボるつもりですかぁ?」

 女子生徒、二宮光(にのみやひかり)は暁の腕を解放すると、静かに訴えた。

「サボる? 待て。何を……だ?」

 暁は自分が何をサボっていたのか考えたが、授業以外に思い当たることはなかった。

「委員会ですよぉ」

 光は泣きそうな声で言った。

「ああっ……!」

 暁は自分のやるべき仕事を思い出した。図書委員会の仕事が今週の月曜日と火曜日に設定されていたのだ。確か、新しく購入された本を棚に入れるのと古い本を第二図書室に移す仕事だったはずである。

「どーした?」

 竜司が後方から尋ねてきた。

「あれっ? 二宮さんじゃん。どうしたの?」

 亜美はこちらに近づきながら光の方に尋ねた。

 どうやら雲行きが怪しかった。ここは逃げるべきだと暁は判断した。

「悪い!! 光、今日は無理だ。用がある」

「……今日も……です」

「いっ……! き、昨日もサボったんだしさ、今日も止めちゃおうぜ?」

「やりました、昨日。……私一人で。……寂しかったです」

 え……なんで誰かに頼まないんだよ、コイツ。 暁は、幼稚園の子供にも敬語を使うような光の性格からしてそれが困難であることは分かってたのだが、あえて心の奥でぼやいた。

「ご、ご苦労様。えーっと……ごめん」

 竜司と亜美はどうやら状況を悟ったらしく、黙ってこちらを見ていた。しかし、暁は見逃さなかった。竜司が笑いを堪えていることを……。

「で……なんとかならない……かな?」

「……うぅっ……暁君、そんなに私と一緒が嫌なんですかぁ」

「うっ……そんなこと言われても……」

 竜司は今にも吹き出しそうである。亜美は、やっちゃったな、という目でこちらを見ている。

 光は涙目でこちらを見つめていた。

 おいおい、何つう顔してんだ……。

「ま、待て! わかったから! やるよ! 俺が悪かった!」

「ほ、本当ですか?」

「本当だって……」

「抜け出すとか……」

「ないない」

「良かったです。嬉しいです、私」

 大袈裟過ぎだろ……。何で了承してんだ、俺。まあ、自業自得か。

「亜美、竜司、そういうわけだ。今日は同伴出来ない」

「じゃあ明日にする?」

「いや、もし時間切れなんてことになったら洒落にならない。二人で暗号を回収してくれ」

 亜美も竜司もその点は快く了承してくれた。

「クククク。暁、一生懸命、頑張れよ」

 竜司は、今回は任せろという意味も僅かに込めて茶化してみせた。

「竜司、テメェ後で覚えてろよ」

「んん? さて、何のことやらねぇ」

 そんなやりとりの後、とんだ地雷を踏んだな、と思いながら暁は玄関に後戻りするのだった。二宮光と共に。



‐2‐


 暁達の通う学園、月代学園は、関東最大の規模を誇る学校である。三年前の中等部設立によって校舎が増築され、全部で五号棟まであり、設備については二つの体育館と運動場を完備している。図書室は中等部設立前の三号棟の二階と設立後の五号棟の一、二階に位置しており、新しく作られた二段構造の図書室を第一図書室、もう一つを第二図書室としている。しかし、実質的には第二図書室は古くなって読まれなくなった本が集まる倉庫となっており、図書委員会の主要な仕事の一つは新図書室から旧図書室への本の移動となっている。

 暁と光は第一図書室の一階に来ていた。光は机の上のスクールバッグを開くと、暁に尋ねた。

「スポーツドリンクとお茶、どっちがいいですかぁ?」

光は両手にペットボトルを持っていた。

「用意してたのか? 悪いな。俺はどっちでもいいよ、別に」

 すると光はスポーツドリンクを取り出して暁に手渡した。

「昨日はどれくらい終わったんだ?」

 暁がペットボトルの蓋を開けながら尋ねると光は現在の進行状況を説明した。

「新しい本はみんな棚に入れましたよ。あと、古い本も少し段ボールに入れときました。後は残りの古い本を段ボールに入れて、第二図書室に運ぶだけです」

「なんだ、ほとんど済んだんだな。んじゃ、さっさと終わらせるぞ」

 暁は俄然やる気が出たようだったが、光の表情を見てすぐに安易な考えだったと気付いた。

「ど、どうした?」

「残りの本は一五十冊、段ボールは現時点で三十箱あるんです」

「……マジで?」

「まじです」

「ゼロ一個多くね?」

「しょうがないですよ、頑張りましょ!」

 光はニコッと微笑み、ガッツポーズを決めた。

 暁は対照的に、やっぱり無理にでも逃げるべきだったと後悔していた。



 商店街はいつもと同じように、賑わっていた。当今、どこを見てもシャッターが降りている商店街がよくテレビに映されるが、この商店街はそのようなこととは無縁である。

「竜司君、ほら、あれが例の八百屋だよ」

 亜美は道向かいの八百屋を指差して、竜司に言った。

「ふーん、普通の八百屋だな、見たところ」

 竜司は暗号に不信感を抱いていた。

「篠原さんさ、なんかピンとくる? 俺はどうしてもまだ裏がある気がして……」

「裏って?」

「八百屋ってだけじゃ、暗号の場所は特定できないだろ? 場所自体に意味があって、地図とかから意味を見出だすのかとも考えたが情報が少なくて地図に何を書き込めばいいかもわからない」

 竜司はわけが分からないといった様子だった。

「なんだ、そんなこと? 多分そんなに深くないと思うよ。だって、この八百屋のおじさんの奥さん、鬼頭火山の高校時代の同級生だから」

「えっ、ええ!? まじで!?」

 竜司は今までの思考が無駄だったと知って落胆した。ここでやっと、亜美が「北の八百屋」を思い付くに至った理由が解かった。



 亜美は、二メートル後方に竜司を引き連れ、「北の八百屋」の客が少なくなったのを見計らって店主北野(きたの)に話し掛けた。

「おじさん、こんにちは!」

「へいらっしゃい! おう嬢ちゃん、今日は何を買ってくれんだい?」

 北野は、いつもどおり亜美を客として迎えた。しかし、今日は買い物が目的ではない。

「今日は野菜じゃなくておじさんに用があるの」

「へ? おれにかい?」

「うん! おじさんのとこに鬼頭火山……来なかった?」

 北野は一瞬動揺した顔をして、すぐにいつものにこやかな顔に戻った。

「へんっ、嬢ちゃん、確かにこないだうっかりおれの嫁さんが鬼頭火山の同級生だって言っちまったがな、これ以上鬼頭火山の秘密を話すわけにゃあ、いかねぇな~」

「ふうーん、秘密あるんだ~。じゃあやっぱり最近来たんだね。暗号渡されたんでしょ?」

 北野はしまったという表情で口を押さえた。

「ぐっ、引っ掛けたな」

「はは、あたしなんにもしてないよ~」

「はははははっ、嬢ちゃんには隠し事ができねぇなぁ」

 竜司は後方で疎外感を感じつつ、静かに二人の会話を聞いていた。

 なんていう頭の悪そうな会話なんだろう……。まあ、俺なら上手くいかなかったろうし、アレが手に入るとしたら、間接的にこの娘のおかげか。

 竜司がそんなことを思っている間に、亜美は北野から情報を引き出していた。

「おじさん、鬼頭火山はここに来て何をしていったの?」

「何をしたって、手紙を渡されたよ、しかもなぜかおれにな。ある人物に渡してほしいってよ」

 手紙……。亜美に向けられたものに間違いなかった。

「お、おじさん! その手紙見せて! ある人物って、多分あたし!」

「嬢ちゃんがかい? 鬼頭火山は、『ある人物』には二つの条件が当てはまると言っていたぞ。一つは鬼頭火山の本名を知っている。二つ目は『決着の日』の日にちを知っている。だそうだ」

 亜美はどちらの答も知っていた。鬼頭火山の本名は「神崎冬也」、「決着の日」とは、この勝負が終わる日。つまり七月十四日のことである。

「おじさんは答、知ってるの?」

「おうよっ。なんせおれは条件を満たした人物に手紙を渡すように言われてるからな。さて、嬢ちゃん、答は知ってるのかい?」

 亜美は余裕の表情で北野に答を言った。

「鬼頭火山の本名は『神崎冬也』、決着の日は『七月十四日』。……でしょっ?」

 北野は少し驚いた様子だった。

「正解だ、嬢ちゃん。たまげたなぁ、嬢ちゃんが『ある人物』だったとはなあ! おそらく女子高生が来るだろうとは聞いていたんだがな」

「おじさん! 早く!」

 亜美が急かすと、北野は、待ってなと言い放って、店の奥に歩いて行った。

「やったね! 竜司君」

 亜美が喜んでいると、竜司は不敵な笑みを浮かべて言った。

「覚悟した方がいいよ……。次の暗号は複数だ」

 亜美は首を傾げ、斜め上を見て、竜司の言葉の根拠を考えた。

「ん~~、なんでそう言えるの?」

「確信はもてないが、鬼頭火山が今までと比べて遥かに直接的な方法で暗号を渡してきた。そこから推測したんだ。間接的に暗号を渡すには、情報量に限りがあるから」

「そっか、そういえば前に暁が暗号を一つに絞られると見つけ出すのが大変だとか言ってたな。そういうことだったんだ」

 亜美が納得したところで北野が白い封筒を持って戻ってきた。

「ほらよ、これが鬼頭火山の手紙だ。しかし、回りくどいよなあ。よお嬢ちゃん、これの中身は何なんだい?」

「ヒミツ。後であたしの大冒険のお話を聞かせてあげるね。おじさん、協力ありがとう!」

「そうかい。そりゃあ楽しみだな。嬢ちゃんの為にうまい野菜と果物揃えてっから、いつでも買いに来な! またまけてやんよ」

 亜美は北野から手紙を受け取ると、もう一度お礼を言った。

 かくして亜美と竜司は「北の八百屋」で新しい暗号を入手することに成功したのだった。



 午後六時。暗号を入手した亜美と竜司は商店街の喫茶店に入っていた。

「ふぅー、疲れたね、竜司君。どうする? 暁に電話する?」

 亜美はテーブルに突っ伏しながら言った。

「いや、さすがにまだ終わってないだろうし、あいつのことだから、今言ったら抜け出して来るだろ。少々問題のある女の子もいるしね」

「私、問題なんかないですよぉ」

 亜美が光を真似ると竜司は目を丸くした。

「すっげえ似てる」

「ホント? 文化祭でやろっかな」

 亜美は去年、文化祭で行われる「校内モノマネ選手権」に出場し優勝したので、まんざら嘘でもない。

「じゃあ、もうちょっとしたら電話しよっか。そうと決まれば……暗号、お先に拝見といきましょうか!」

 亜美は勢いよく封筒の封を開けた。



‐3‐


「ちゅん」

「?」

「ちゅんっ」

「??」

「っちゅん」

「お、おい。光、何だその音は!?」

 時刻は六時を回ったところだった。暁は、二つ奥の棚の後ろにいるはずの光に謎の音について尋ねた。

「っちゅん! く、くしゃみですよぉ……。何に聞こえたんですかぁ? 暁くん?」

「どんなくしゃみだよ。サイレンサー付きの拳銃の音にしか聞こえねぇって」

「ひどいです! かわいくくしゃみしてるつもりです!」

 ……めんどくせーな。

 暁は会話に無意味さを感じながら、光に関する情報をふと呼び起こしていた

 二宮光、彼女は暁と亜美のクラスメートであり暁の隣の席に座る女子である。おっとりとした喋り方が特徴的で、図書室に毎日通っている本オタクとしても有名である。もちろん、それ故に彼女は図書委員になったのだが。

 暁は疲労感を感じながらも、来年は絶対に図書委員にはならないと決めた。

「ほこりかなぁ……」

 光は古くなった本のタイトルが書かれたリストを片手に棚の横に置かれた椅子に腰掛けた。

「竜司が噂してんじゃないか?」

 暁はリストに書いてある『言語と文字から見る古代宗教』という本を探して光のいる棚の近くで立ち止まった。

「なんで竜司くんが私を噂するんです?」

「冗談だよ、冗談」

 余計な体力を使いたくなかったのでこの話題は流すことにした。

「光、宗教ってどの棚だっけ?」

 光はどの本ですか、と言いながら暁に近づいてきた。

「これは……確か二十四番の棚の手前の方ですね」

「そっか、サンキュー。詳しいな、お前」

「図書室のことは任せてください!」

「ああ。じゃあ俺行ってくるわ。二十四番って二階だろ」

「あ、はい。頑張りましょう。もうすぐ終わります、あと一時間ってところですかね」

「はあ……。もうすぐ……ねぇ」

 暁は光の気の利かない発言に落ち込みながら二十四番の棚に向かったのだった。



 暁が二階から一階へ戻る階段を歩いていると、光は下で何やら楽しそうに仕事を続けていた。本当に本が好きらしい。鼻歌まで歌っているようだった。

 暁が光に近づいて行くと、徐々に光の歌う鼻歌が聞こえてきた。それは暁の知っている曲であった。しかし、知っているといっても、聞き覚えがある程度である。確かクラシックの有名な曲だったはずだ。

「その曲……」

「はい? ああ、この曲知ってますか?」

光は首を軽く傾げて言った。

「いや、聞いたことあるなぁと思って」

「カノンですよ。私、この曲好きなんです」

 カノン。曲名を聞いて思い出した。小学生の頃、新任の音楽の教師が自己紹介がてら何か管楽器で演奏していた曲だ。児童には、その曲に歌詞をつけた歌を教えていたと思う。というのも、一見単純に見える旋律だがリコーダーで吹くにはかなり難易度がある曲なのだ。

「カノン……か。確かこの曲は何度も同じような旋律を繰り返す曲……だよな?」

「はい。ホントはカノンっていうのは音楽の形式の名前なんです。この曲はその形式で成り立つ有名な曲なので略称で『カノン』って呼ばれているんですよ」

「へええ、なるほどね……。しかし、意外に学があるんだな、お前」

 これは、本心だった。暁は光のことをどうしようもない人間かと思っていたが、案外まともなのかもしれない。

「そんなことないですよぉ。たまたま本で読んだんです。興味があったので」

「そうか。俺も興味のある分野は幾分得意かな」

「暁くんの得意分野って何なんですか?」

「推理小説とか……サスペンスものとか。俺、よく犯人当てるんだ」

 そういえば、鬼頭火山の推理小説でも犯人当てに成功していた方だと思った。

「本当に? 凄いです、暁くん! それじゃあ、『ハムレットに快楽を、ドンキホーテに恐怖を』っていう本知ってます? トリックが複雑で犯人当てるの難しいと思いますよ」

「ああ、あれな。今度読もうと思ってたんだ。夏休みにでも読むかな……なんて」

 確か心理描写なら鬼頭火山を超えると言われている推理小説家の作品だったろう。どうやら、光もかなり推理小説には詳しいようだ。

「あの作品はオススメですよ。……あ、もうこんな時間ですか。暁くん、急ぎましょ」

「ああ、そうだな」

 暁と光は再び作業に取り掛かった。



 午後七時、喫茶店。

「竜司君、解けた?」

 亜美が竜司に尋ねた。

「いや、なんか集中出来ね。篠原さんは?」

「あたしは能力的に無理だよー。どれから手をつけたらいいのかさっぱりだし」

 テーブルに置かれた紙には複数の暗号が書かれていた。「ここまでよく頑張った。ゴールまであと一歩だ。ここに記した暗号は全て解かなくても次の暗号の場所が分かるかもしれない。知恵を絞り、頑張りたまえ。」という言葉を添えて。

「今日は厳しいな。さすがに一日で二つの暗号解読は無理だ」

 竜司は本日中の解読は不可能と判断した。亜美もまた、そのような様子である。

「じゃあ、そろそろ暁に連絡入れるね」

「ああ。そうしよう」

 亜美は携帯電話を取り出すと、暁に電話をかけた。呼び出し音が7回程鳴った。どうやらまだ仕事が終わっていないようだ。

「暁、まだやってるみたい」

「ふうん。まあ、終わったら着信見てかけ直してくるだろ」

「そうだね。じゃあもう少し待とうかな」



 午後七時三十分過ぎになってようやく、暁と光は図書委員の仕事を終わらせた。

「ご苦労様でした、暁くん」

 光は弱々しく拍手している。

「ああ、お前も昨日、今日とよく頑張ったな。俺も次からは忘れないようにするよ」

「はい。でも楽しかったですよ、私。暁くんとたくさんお話しましたし」

「そんくらいで楽しいなら、いつでも話し相手になるぜ。隣の席だしな」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「ああ。それじゃあ、また明日な」

「はい。さようなら!」

 光と別れ廊下に出るとすぐに、暁は制服のポケットから携帯電話を取り出した。

「あれっ?」

 いつの間にか亜美から電話があったようだ。暁は学校を出てからすぐに亜美に電話した。

 ――プルルルル……。

「はい……暁? 仕事終わった?」

「ワリイ、電話気付かなかった。今ちょうど終わったとこだ。暗号、見つかったか?」

「うん! バッチリ。今私たち、商店街の喫茶店にいるんだけど、暗号のコピー渡したいから来てくれない?」

「もちろん。時間がないからな。すぐ行く」

 亜美との電話を終えると暁は、商店街へと向かった。



 午後八時を回った。辺りはすっかり暗くなり、夕方から比べれば客の数も相当減っている。喫茶店内の客もたったの三人である。

 三人の客、暁、亜美、竜司は合流後、先程亜美がコンビニでコピーしてきた鬼頭火山からの暗号をじっと見つめていた。

「眠い……」

 暁が呟くと、亜美と竜司も続いた。

「私も今日は疲れた」

「もう限界だな」

 店内はしばしの沈黙に包まれた。

「よし! 皆、今日はご苦労だった。最初に感じた自分自身の直感が一番大事だ。今日は帰って、個々で解読しよう。明日からは学校で意見を出し合いながら解読しよう」

 暁が堪えられなくなって叫んだ。

「うん。賛成」

 亜美も力無く頷いた。

「この店、マジで軽食しかないしな……。まずは飯だな。それから集中して解く!」

 竜司はなぜか今日の予定を説明した。もはや三人にまともな思考など出来やしなかった。故に竜司の店に対する不満を聞いた店員のわざとらしい咳ばらいも、誰ひとり気付かなかった。

 午後八時十分、店の前で別れた三人は、それぞれの自宅に帰って行った。



 帰宅した暁はすぐにシャワーを浴びて、インスタントラーメンで簡単に夕食を済ました。

「眠い……。だが、一応暗号を解く方針くらい立てないと……」

 暁はコーヒーを二口程飲んで、もう一度、暗号に目を落とした。


①「新・上・満・下」を一度に掲げる場所


②「日没する向」 ビブリオテカ


③孤ドクなエイ君

「猫」「注意」「隣人」「オペラ」「自然」


④PXTHRBR

 あ う え う え う


⑤「陰になり日向にならず」


⑥50=L 100=「1」 500=「2」 1000=M


 全部で六つの暗号だった。まず、暁は変換出来るところだけは直そうと考えた。

「②の『日没する向』は『西』だろう。あとは……。ヤバイ、それだけかよ。全然わかんねーぞ……」

 その後一時間、暗号と向き合ったが、答は出てこなかった。

 一瞬瞼を閉じたとき、暁は激しい睡魔に襲われた。

 月の照らす街、暁は深い眠りについた。



‐4‐


 七月一日水曜日。

 暁と亜美、竜司は授業中に暗号を解いていた。しかし、結局昼休みまでに三人とも暗号解読に至ることはなかった。とはいっても、昼休みになった今もなお、その状況は変わっていない。

「学食なんて久しぶりだなー」

 校内の食堂の一番奥の席で、亜美は美味しそうに「冷やしうどんA」を食べている。食堂には生徒が溢れかえらんばかりに集まるので、メニューの数は多めである。暁は「冷やしうどんA」と「冷やしうどんB」の差がいまだにわからなかった。一つ言えるのはAよりBの方が六十円高いということ。

「なあ、暁。この暗号、なぜこんなにやりにくいんだと思う?」

 竜司がカレーをスプーンに乗せて言った。

「そりゃあ、数が多くて注意が分散するから……か」

 暁もまたカレーを食べながら答えた。

 竜司の質問は疑問ではなく、確認だった。したがって、竜司は暁がそう答えるとわかっていた。

「そうだ。だから数を減らすぞ」

 竜司がそう言うと、亜美が首を傾げた。

「どうやって? 減らすには解く、解くには減らす。堂々巡りだよ」

 亜美は天井を指差し、その指をぐるぐると回した。堂々巡りのジェスチャーらしい。

「亜美、減らす方法はある。単純に対象を絞るんだ」

 暁が亜美に説明した。

「あぁー……。なるほどね! そうしよう! どれからいく?」

「まずは①と②にしようか。異議は?」

 暁が提案すると、亜美がすぐに賛成した。

「なし!」

 続いて、竜司も賛成した。

「オッケー。まずは①と②だ」

 方針は決まった。しかし、この後もよい結果は得られなかった。暁は、わずかに焦りを感じながらこの日を終えた。



 七月二日木曜日。この日は模試だった。某予備校の制作したテストが学校で実施される模試である。

 最後の教科である国語が終わると、ショートホームルームがあって、下校という流れだった。

 午後二時過ぎには、校内の生徒はほとんど下校していた。暁達は貸し切り状態の図書室に集まっていた。

「なあ、①の『新・上・満・下』を一度に掲げる場所って、つまり、普通は一度には見られないってことだよな?」

 暁がふと気が付いて、尋ねた。

「そうだな。時とともに変化するってことになるな」

 竜司は、それがどうしたというような表情で答えた。

 しかし、暁の発言は明らかに一瞬、空気を変えた。三人とも心に何か引っかかったような感覚を覚えたのだ。

 暁と竜司は、まるで春の夢の記憶のように、その姿を儚くも消し去ってしまった。

 最後まで記憶を留めていたのは亜美だった。

「月……」

 亜美が静かに呟いた。

「月?」

 竜司がすぐに亜美の言葉の意味を問う。

「月だよ!! 新月に上弦、満月、下弦!」

「!!! そうか! なるほど……」

「へへーん、一番乗り!!」

 亜美は得意げな表情で言った。

「じゃあ答えは学校……か?」

 暁は生徒手帳を取り出して、校章を指差した。それを見て竜司がまとめた。

「なるほど、校章か。月代学園の校章には四種類の月がそれぞれ描かれている。見ている側から考えれば時間軸は常に同時だ。そして、それを掲げる場所……」

「つまりこの学校ってわけね」

 亜美が竜司に代わって結論を出した。

 かなりの時間を費やして出した、第一の答だった。

 


 午後五時三十分、第一図書室。

「竜司、起きろ。竜司!!」

 暁は顔に暗号のコピーを置いて、長椅子で横になっている竜司を起こした。

「あぁ? 暁? ヤベ……寝すぎた。 俺、どんくらい寝てた?」

 竜司は完全に覚醒していない状態ながら、状況を把握した。

「あたしたちが出掛けたのが三時くらいだから……」

 亜美が斜め上を見ながら言った。それを聞いて竜司は完全に覚醒した。

「待て。お前ら、俺が寝てる間に仲良くお出かけしてたのか?」

「亜美がついて来いって言うから」

「で、何処に行ってたんだ?」

「亜美の服を買いに」

「おいおい、正気か? 暗号はどうした? まさかホントに仲良くお出かけとはなぁ!」

「落ち着け、そして安心しろ。今から解く。ヒントを得たんだ」

 苛々を隠せない状況の竜司にとって、暁が平然と言った一言など、全く信憑性がなかった。

「ホントかよ。だいたい何で俺に一言言わなかった?」

「竜司君寝てたじゃん。それに、ただ服買っただけじゃないよ。学校の西を調べてきたの。でも、ただの住宅街だから、暗号の隠し場所じゃあないなと確信して……」

 亜美が竜司の隣に座って説明しようとすると、竜司は目つきを変えて話を遮り、こう言った。

「確信して……? それってつまり、『西』が西を表してないってことか?」

 竜司の質問を聞いて、亜美は暁に視線を送った。それは説明を促すものである。

「そういうことだ。なあ竜司、『西』って方向以外に何を示す?」

「………………スペインか!」

 竜司は身を乗り出して叫んだ。

「つくづく思うが、頭の回転かなり速いよな、お前って」

 暁は自分だったらスペインを漢字一字で示すと「西」となることを数秒間で導けるだろうかと考えながら言った。

「ヒントを得たって割には、答が出せていないから変だと思ったら、辞書が必要だったわけか」

 竜司は電子辞書を取り出すと、西日辞典を呼び出した。

「『日没する向 ビブリオテカ』ってことは、ビブリオテカっていうスペイン語を翻訳すればいいんだろ? スペルわかんねえな……」

 竜司が呟くと、暁は、適当に探してくれ、と言いながら窓の外を見た。

 外はまだ明るい。窓は開いていないが風が吹いていることはわかった。蝶が飛んでいる。蝶と蛾を区別しているのは日本人くらいのものであるがおそらく蝶だろうと思われた。

「夏だな、そろそろ」

「え?」

 亜美がどうしたの、と聞こうとすると暁は亜美の方を向いて言った。

「この勝負が終わって、期末テストやって、そしたらもう夏休みだ。また普通の日常に戻るのかな……」

 暁はどこと無く、悲しい顔をしていた。

 亜美が何かを言おうとした瞬間、竜司が電子辞書を閉じた。

「わかったのか?」

 暁が竜司の方に向き直した。

「ここだ。ビブリオテカはスペイン語で図書室。つまり月代の図書室のことだよ」

 心臓が高鳴った。進んでいる。一歩ずつ、確実に。

 窓の外では、世界が夕陽に浸っていた。




二宮光(にのみやひかり)

暁と共に月代学園の図書委員会に所属する、本好きの女子高生。

何かと変わったことをすることが多い。

図書室をこよなく愛しており、どの本がどの棚にあるかを完全に記憶している。

クラシック曲「カノン」を好んでいる。


次回は、今回の暗号の解決編的な回であり、その他にも心理的な重要回でもあり、他にもいろいろと盛り込んでいるので、少しは楽しめるかと思います。

今回は新たな暗号の入手と、二宮光の登場がメインです。

余談ではありますが、1章に関しては、現実世界と、小説内での世界の時間は同時でした。

つまり、作者である僕と竜司は、この小説を2009年の6月下旬、小説内での「始まりの日」近くにこの小説を書き始めたんです。

なので、季節感と、時事ネタ的表現は、約1年遅れていますのでご了承ください。

次回、暁や亜美や竜司たちの感覚を味わいたい方(いねーよ笑)は、今回の暗号を解いてみてくださいね。

登場人物しか解きえない、今回の「月の暗号」みたいなのはもうないので。

次回はカノンでも聴きながら読むといいかもしれませんね。

あくまで僕のおすすめですが・・・

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