ぶっ潰そうぜ
-1-
上条誠也の外出時の持ち物は、幾らかの現金と携帯電話、である。
照りつける太陽光――。
眩しさに目を細め、王里神会本部ビルから一歩二歩と遠ざかる。執行部の長から聞かされた<革命>に関してのあまりに漠然とした、何か裏のありそうな説明に上条は引っ掛かりを覚えていた。
…………本当に大丈夫なのか。
目的もなく歩いていると時間が気になった。携帯電話を取り出そうと左のポケットに手を忍ばせようとしたが、その後の携帯電話を開くまでの動作に面倒臭さを予感して、どこか時間を確認できる物はないかと虚ろな目を視界のあらゆる場所に這わせた。
すぐ横のカフェ、窓の向こうにテレビが確認できた。テレビの右上に、時刻を表す数字が書かれている。太陽光に細めさせられた目を更に細くして、現在時刻を確認した。
朝の八時半過ぎ。
「ジジイの演説が八時過ぎくれぇだったか」
「久しぶりだなぁ、兄ちゃん」
上条はぼんやりと声のした方を振り返った。集会で隣に座ってきた男、稲村というスナイパーだった。見る者を吃驚させるほどニヤニヤして上条を睨んでいた。カリカリと頬を掻きながら、「何だお前は」と上条は囁く。
稲村はでこぼこした顔をズイと近づけて、ぐちゃっと音を立てて口を開いた。
「少し話がある。さっきのことと、明日のことについてよ」
向こうの肩にまで腕を回されて、上条は引くに引けなくなった。
二人はカフェで各々、好きな飲み物を注文した。
「実は西田も来ている」
「何だと」
「来ちゃア悪ィかよォ?」
上条が首を横に向けると同時に、西田はドスンと隣に腰を下ろした。ハーフなのか外国が混ざった顔である。上条と同じく接近戦を得意とする執行部員だ。上条に存在を悟らせることなく近づける者はそう多くない。
「パフェが喰いてぇ! すいませーん、イチゴパフェエひとつ!」
「うるせぇよバカ野郎。あと、お前、椅子壊し過ぎだ」
「んだと上条コラ。テメェこの場でとっちめてやってもイインだぜ?」
「お前ら、俺の話をまずは聞け」
コーヒーをグビッと飲み干した稲村は、とろーんとした目で語り出した。
「上条、さっきの集会、なんかおかしい気がしたんだよな? 俺もおかしいと思ったぜ。あれは、ジジイからのメッセージだ」
上条はズズッとココアを啜った。
稲村は続ける。
「まず俺が独自に掴んだ情報から晒していくぜ。<革命>の具体的な内容は、NEW GENERATION PARKでの一般市民大量殺戮だ。方法は、洗脳が酷ェ信者による銃殺。AKが集められている。どうやら王里神会が所有する武器全部が投入されるらしい」
「お待たせしました。イチゴパフェでございます」
西田はウェイトレスからパフェを奪い取りものの数秒で食べきってしまった。上条は静かにココアを啜る。
「そこに俺らも参戦するわけだが、俺らの仕事はジジイが言っていたように、基本的には信者共に指示を与えることだ。幾ら洗脳が濃くても、人を殺し続けてればどうかしちまう。素人だからな」
「ンなもん、俺らがやんなくていいじゃねぇか。やっぱおかしいぜ」
「そうだ。なんか裏があるんだよ。でよぉ、とんでもない話を聞いたんだよ。我らがKは、核武装しているようだ。NEW GENERATION PARKに落っことすんだって」
カラーンとスプーンが皿の上に落ちた。上条の手から滑ったのだ。
「なん、だと?」
「わかんねぇよ。意味わかんねぇよな。それだったらぁ、俺らに撃たせねぇでハナから核爆弾で攻撃すりゃいい。ドンパチ始めちまったら俺らだってただじゃすまねぇ。どういうことか判るか? 俺ら、捨て駒なんだよ」
上条は落としたスプーンを拾った。ぽたっと冷めたココアの一滴が、涙のように。
稲村の顔がグチャッと歪んだ。
「証拠の隠滅、だ」
「…………そういうことか」
上条にも、少しだけ話が見えてきた。西田は三つ目のパフェを注文している。
「核爆弾が投下されれば、そこに在ったもんは消えてなくなる。消滅する。王里神会が保有する武器、犯罪の証拠をNEW GENERATION PARKに集めて、なかったことにするつもりだ。目的は判り切っているぜ。Kの総取り。金だよ金」
「あ? 今なんつったコラ、Kが金儲けしてるって? 稲村テメェ」
「西田、お前も馬鹿じゃねェだろ。威勢がいいのは認めるけどな、お前も本心じゃあ、気が付いてんだろ。もう以前のKじゃねェよ」
稲村の言葉に、西田は拳をきつく握りしめる。カタカタ震えている。
「狙いは株の大暴落。空売りでアホみたいな大金を得ることができるなぁ。もう下準備は整っている」
「おい、冗談だろ。そんなくだらねェ金儲けのために俺らは死ぬのか」
「落ち着け上条。俺だってまだ確証を持って言ってるンじゃネェし。ただ、あのジジイの顔見たろ。こらぁ、マジかもわからんぜ」
「それで、どうして俺に、西田にこんな話をする」
「判らねェか。この話の真偽を確かめて、マジだったら俺らで王里神会ぶっ潰そうぜ」
上条の手からスプーンが落ち、西田の手からパフェが落ちた。
二人とも口を半開きにして、冷静な稲村を呆然と見つめている。
「間抜けみてぇな顔すんじゃあねェよ。よく聞け。俺はお前ら二人なら信用できると思って全部話した。他にこの話を聞いて俺を殺そうとしない奴が俺には思い浮かばねぇ。お前らのその表情は答えとして受け取っていいんだな?」
-2-
もう何度鳴らしたのか判らない電話の発信音が、藤原の耳に虚しく垂れ流れる。
出て欲しいと思う反面、この頃になりもういっそ出て欲しくないとも思うようになっていた。
「セシル…………」
藤原は王里神会本部ビルのロビーでぐったりとソファに身を沈めて携帯電話を耳に中てていた。部下であるセシルが姿を消したのは昨日の夜のこと。それが今朝まで一切連絡がなく、今もこうして電話を掛け続けているのに、応答する気配は一向にない。
謎の失踪。
つい最近、組のボス板垣権三郎が何者かに殺害され非常に慌ただしい時期に姿を消すとは、何か隠しているのではなかろうかと勘繰りたくもなる。藤原に至っては、板垣の死に関与すると思われるセシルの「予言」を聞いているのだから、余計にセシルの失踪は怪しさが増して見えるのだった。
耳が疲れてきたので発信を止めると、すぐに着信があった。組の者からである。
「こちら藤原」
『こんにちは、平田です。数日以内に三代目を決めます。時間が取れる日を教えてください』
「スケジュールを確認する。少し待ってくれたまえ」
平田とは現在の組長専属秘書だ。五月雨という有能な先代秘書の後を継いだ若い女である。
スケジュールを伝えて少し世間話をしてから、それとなく藤原はセシルについて尋ねてみた。
『彼の足取りは掴めていません。捜索中です』
「セシルは王里神会の一般幹部だ。王里神会も探している。場合によっては執行部を差し向けてくるかもしれん。先に見つけないとやっかいなことになるぞ」
『わかりました。急がせます。ところで、内部操作の方は順調ですか?』
藤原の任務はセシルと共に王里神会に偽装入会し、内部から乗っ取ることであった。
「順調だ。セシルの件は予想外だが、私は一般幹部の上の階級、最高幹部団に入団した。政界への影響力が功を為した。そして…………全ての謎を解き明かした。Kの正体、そして<革命>の全貌を知ったのだ。詳しいことは正式に報告書に書く」
『その調子でお願いします。王里神会を手中に収めれば、我々の力も飛躍的に拡大するでしょう』
「ああ、だが昨日の夜、同じ最高幹部団の男、氷鳥が何者かに殺害された。警護にあたっていた執行部まで皆殺しだ。ここの所、何かと騒がしい。私一人で全てを操作するにはまだ時間が必要だ。セシルのこともある…………」
藤原は電話を切り、溜め息を吐いた。
政治家としての自分、王里神会最高幹部団としての自分、やくざとしての自分。
頭を抱えて移り変わった視線の先には、テーブルのガラスに反射する自分の顔が在った。
藤原はそれが誰であるのか、一瞬、判らなかった。
王里神会、アンチマター、K、宮澤、藤原、セシル、上条、トニー、誰の行動が何を動かし何を生むのか――