love・saviour
本編再開です。
昨日投稿いたしました、予告編を読んでいただけたら読みやすいと思います。
「初めまして。アタシは殺し屋。如月愛っていうの。よろしくねっ」
薄暗い地下駐車場で、バイクのライトが照らし出したのは、ポップなフォントの英字がプリントされたTシャツ、薄手の涼しげなトップスにショートパンツといった出で立ちの可憐な少女である。亜美は意味の解らない現状に眩暈がするのをじっと耐えた。よく見ると、如月と名乗った少女の右耳には小型のマイク付きヘッドフォンのようなものが装着されている。誰かと通信しているのだろうか。それはもしかしたら……
……暁?
コンクリートに叩きつけられた痛みが、呼吸のリズムに合わせて波のように押し寄せる。耐えられない痛みではないが、緊迫したこの状況下で感覚が正常ではなくなっていた。蒸し暑さと痛み、そして目の前で繰り広げられた理解できない光景。亜美は軽く目眩を感じた。
……一体、何が起きたのか?
「あの……あなたは……味方ですか?」
亜美は途切れ途切れにそう問うた。
「あなたじゃなくて“キサラギアイ”だからね。まあ、味方よ、アハッ……でもあなたにとっては恋敵かもしれないけどねー」
右手を口に当てて、如月は笑った。まるで語尾に星マークでも付いていそうな口調だった。緊張感が無い様子に宮澤は「頭の軽そうな喋り方だ……」だと消え入りそうな声で呟いた。亜美は普段見せない宮澤の呆れ果てた反応に、やはり異常事態だと他人ごとのように思った。
地下駐車場はバイクのエンジン音で騒々しかった。拉致の中継地点なのだから当たり前だが、人はいないようである。
「この後の指示がないし、もうチョットだけこの辺りで待機しようね。とはいえ……あんまり長いことここにいたら援軍にやられちゃうかもしんないけどさっ」
如月はそう言いながらバイクに向かってスタスタと歩いた。可憐な見た目とちぐはぐな非常に聞き捨てならない発言であったため妙に不気味な雰囲気があった。亜美と宮澤はますますこの少女の正体が判らなくなる。まさか本当に「殺し屋」だとでも言うのか。
エンジン音が止まると、「うぅ……っ」と呻き声が聞こえた。亜美たちを拉致した集団の一人に意識があったようだ。痛みにうずくまり、声を上げている。
「ウルサイ!」
ドンッと大きな音を立てて如月が呻く男の胸のあたりを思い切り踏みつけた。声が聞こえない。死んではいないだろうが肋が砕けたのではないだろうかと、亜美は若干の不安を覚えた。
「なんて顔してんのよ篠原亜美ちゃん、悪人なんだから骨が四本折れたくらいで気にしちゃダメよ」
不安が顔に出ていたのか、亜美に対して如月は誇らしげに言った。どうやら亜美たちの簡単なプロフィールは知っていそうである。しかし、骨が何本折れたかまで把握しているのが恐ろしかった。宮澤は唖然とした様子だったが、重要な事に気がついたようだった。
「君、如月といったか、先ほど君が黙らせてしまった男……色々と情報を吐かせたほうが得策だったのではないか?」
「そうね、でも痛そうだったしきっと何も話せないよ。宮澤オジサマは怖そうな顔してるし、救援が来たら、コイツらも回収して拷問でもすればいいんじゃない?」
「…………う、うむ」
宮澤にはこの謎の少女の扱い方が判らなかった。隣の亜美に目を向けると、亜美はビクリと肩を上下させた。睨んだつもりではなかったがどうも「何とかしろ」という目線だと捉えられたようだ。
「如月さん……あの、あたしたちって発信機も持ってないし、携帯のGPSも使えないようにしてあるはずなんだけど……あなたは一体どうやってここに?」
「色々あなたのために考えたのよ、あの暁クンがね。親友を巻き込んででも、あなたが危険な目に遭ったら助けなくちゃいけないってね」
「暁が……? 神屋君か高木さんが命令して、助けに来たんじゃないの?」
如月は不思議そうな顔をした。わざとらしく首を傾げる。
「高木……って人は知らない。アタシがよく知ってるのは暁と神屋くんね、まあたまにあるじゃない? 一つの学校のある学年から何人も有名人が出るみたいなこと。アタシらの世代ってすごいね、暁も神屋くんもこんなことに巻き込まれて」
「それって……どういう」
「暁クンも神屋クンもアタシも、小学校の同級生なの。今回の件は神屋くんには内緒だったみたいだけどね。だから計画も全部、考えたのは暁よ。よっぽどアナタが大事みたい」
如月は呆れた顔で笑った。彼女は「さて!」と言って振り返った。亜美たちが乗せられていた黒いセダンに向かって歩き出す。その背に向かって宮澤が問い直した。
「それで、どうしてここが判ったのだ。俺達が車から降ろされてすぐにお前は来た。あの目立つバイクで尾行したとでもいうのか?」
「セッカチなオジサマ」
如月はそう言って運転席のドアの下方に取り付けられた何かを親指と人差し指で摘んで剥がし取った。それを顔の横に構えてニコリと笑う。
「これは取っておいたほうがいいでしょう」
宮澤は一瞬驚いた表情をした。まさかそんな単純な方法とは思ってもいなかったのだ。
「発信機か。一体どうやってその車に取り付けた?お前が付けたのか?」
「この車にアナタ達が乗せられるのを見たけど、まあどう見てもこれからみんなで頑張るぞーっみたいな雰囲気じゃなかったから、そのままこの車を、距離を置いて追いかけたの。早い段階で四車線の道路を使って隣に付けてこれを取り付けた。あとは完全に姿が見えない距離を保ってやんわりと追跡してたわけ」
「つまり、発信機を使って我々の位置と君のバイクの位置をマッピングできる仲間がもう一人いるというわけだな?」
宮澤はようやく会話らしい会話ができたと言いたげな様子だった。亜美は宮澤の発言を聞き、その仲間こそが暁なのだろうと思ったが、彼の言い方からするとそうではないのだろうか。
「常に正確な位置は伝えられていたわ。基本的にもう一人の仲間はヘマをしても見つからないで元の生活に戻れるようにすることが暁の出した条件だったから、その仲間に関しては暁とアタシの仲介役と発信機のマッピングに徹してもらったの。アタシたちの状況を全部把握して情報を伝え合う為の“ミチシルベ”ってわけ」
そう言って如月は右耳のイヤフォンを人差し指でコツコツと叩いた。そこで如月は「あっ!」と大声を上げた。
「どうしたの!?」
亜美が慌てて周りを見渡す。特に異常は見られないが――
「ココ! 地下だよね!? 圏外じゃん!」
亜美の視界の端で宮澤が頭を抱えたのが見えた。彼女の言うところの“ミチシルベ”が圏外で情報を伝えられないとはなんとも馬鹿げた状況である。
亜美や宮澤をその場で残すわけにもいかないので、如月は二人を連れて電波の届く場所に移動した。すると如月のイヤフォンに何やら声が届いたようである。
『如月聞こえるか?』
「はいよ、こちら“ヒメ”」
『やっと通じたか、何が“ヒメ”だ。失敗したかと思ったぜ』
「ゴメンゴメン、まあ怪我を押して戦闘役を引き受けたんだけど無事やっつけたわよ。敵がプロじゃなくて助かったってとこかしら」
『うまくいったな、暁に伝えて構わないな?』
「オーケー、よろしく頼むね“クマ”ちゃん」
亜美も宮澤も、如月愛の言った“クマ”なる人物が誰なのか皆目見当もつかなかった。しかし、亜美はどこか安堵していた。目隠しをされて車で移動している時の、男たちの嫌な圧迫感を思い出すと、恐怖が蘇ってくる。もし助けられなかったら自分たちはどうなっていたのだろうか、殺されていたのだろうか。
遅れてやって来た恐怖と安心感に亜美は酷く疲れを感じた。グラグラと視界が揺れ、亜美は意識が遠のいていく感覚を認識していた。
「宮澤さん……あたし」
宮澤が亜美の方へと顔を向けた。同時に亜美は自立するだけの力を失いグラリと倒れた。コンクリートに体が打ち付けられる前に宮澤は亜美の体を支えた。
「……若いのに随分と強い子だ」
宮澤は意識を失った篠原亜美に対して敬意を評した。どうやらショックと疲れで眠ったようだった。
「如月愛……君には深く感謝する。君もまた大した強靭さだ」
如月はフッと笑うと、髪をポニーテールに結び直しながら言った。
「宮澤オジサマも顔色悪いし、ちょっと休んだら? アタシたちは今は“ここまで”しか助けられないけれど、アナタたちはもっと先のもっと大きな敵を倒すんでしょ?」
如月は小さな手に赤い石の付いたペンダントを握り占めていた。その拳を胸に寄せて如月は瞼を閉じた。
「暁、今度はアタシが暁の願いを叶えた。無事に終わったら、もう一回この赤い石をアナタに渡すから。……だから死なないで――絶対に」
休載申し訳ありませんでした、今後もよろしくお願いします。
タイトルは、帰郷篇の『love・killer』と符号します。
来週は金曜か土曜に更新します。