疾風迅雷の逆転
遅れて申し訳ないです。僕の個人的な多忙によるものと、相方の不調が連続してしまったのでなかなかスローペースですが、おそらく2月にはこの多忙な状況は解消できるかと思います。時間があれば2月までに1~2話更新したいのですが、残念ながら断言はできません。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。 raki
1
目隠しをされていて、世界を知るすべは音と感触、臭いのみとなった。臭いに変化はない。少しほこりっぽい感じがする。感触も特に変化はない。ただ車の後部座席に座っているだけなので当然である。音も同様だ。自分たちを乗せて走行する車の音だけが、ただ虚しく耳に残る。
――これから死ぬ。
そう思うと、どうにも力が抜けてくる。この状況のせいでもある。張り切って待機班としての道を選択したが、今となっては若干の後悔を感じていた。
篠原亜美は、この状況を打破する術がないことを理解している。
ひとつ開けた隣に座っている筈の宮澤睦は、今、何を思うだろうか。申し訳ないと亜美は思う。
「俺たちを殺してどうするつもりだ?」
唐突に声が聞こえた。じっくりと時間を掛けて考えると、それが宮澤のものであると判った。目が塞がれているせいか、判断が遅れる。
「恐らくそれはハッタリ……殺しても何の意味もない。人質にするつもりだろう」
「うるせぇッ黙ッてろッぶッ殺されてェかックソ爺ッ」
声に集中していると、腹の辺りに何かが触れているような違和感を覚えた。
「お前、なかなか奇麗じゃねぇかよ」
小声で陰湿な声。腹を触っているのは隣に座った男の手らしい。非常に不愉快であり、恐怖であった。
声が出なかった。
何かが――恐らくは顔だろう――頭に密着した。激しい呼吸音、そして秩序なく暴れる触手。嫌だ。もう何もかも嫌だ。
ようやく恐怖よりも怒りが勝った。
しかし亜美はまさぐられながらも冷静に思考した。叫んだところでどうにもならない。むしろエスカレートさせてしまいそうだ。
触手はもうひとつ現れ、身体中をはいずり回った。胸を揉まれ、スカートの中に侵入したソレは秘部を下着の上から撫で廻した。
――暁。
それから……どれほど時間が経ったのか、見当もつかない。
視覚を封じられ、不快な触手が肉体を好き放題に蠢いていたからだろう。時間に意識を向ける余裕はなかった。
「降りるぞ~」
ドアの開く音が聞こえた。
目隠しは意外にもこの段階で取り外された。
これから何が起こるのか、頭がよく回転しない。不安に押しつぶされる――否、恐怖に押しつぶされそうだ。
暗い、そしてそこそこ広い地下駐車場。
亜美にはそう見えた。
覚束ない足取り。眩暈がするようだ。
気のせいだろうか、ぐおんぐおんという音がする。
振り向くと――信じられなくて目をこすろうとしたが、その暇もない――バイクが飛んでいた。こちらに、突撃――亜美の頬すれすれを前輪がかすめ、恐らく誰かに激突した音が響く。
ドサリと、人間が倒れるような音が響いた直後、亜美は何かに掴まれ、投げ飛ばされた。
数秒の間、コンクリートの床に叩き付けられた痛みに呆然としていたが、男たちの怒号によって覚醒した。
「捕えろ!」
亜美は上半身を起こした。
……何が起きた?
次々と男が倒されていく。その中心にいる何かに弾かれるようにして。
「え……」
最後の男が膝から崩れ落ちた。
誰かが立っていた。
「ハァ~、暁も人遣いが荒いわねぇ」
若い女の声。
宮澤が亜美に駆け寄ってきた。
「無事か」
「あ、はい……」
カツカツと、得体のしれない何かが歩み寄る。
誰?
何者?
味方?
暗いライトが照らし出したのは、ショートパンツを履いた普通の女の子だった。
普通でないとすれば、
「初めまして。アタシは殺し屋。如月愛っていうの。よろしくねっ」
にっこりと微笑みながら、その可愛らしい口元から発せられた自己紹介であろう。
如月愛はどこか優しそうな目で、亜美と宮澤の二人を見つめていた。
2
王里神会本部ビル 四十階 大講堂
どこか薄気味悪くなるが、何故なのかは明瞭としない。
普段は演説やらに使用されるこの大きな空間に、十人程度の信者が集まって講壇に立つ男に視線を注ぐ行為が、やはり異質だと感じる。
それもただの信者ではない。王里神会の暴力、執行部だ。
どうやら顔ぶれを見るに、集められたのは中でも群を抜く実力派のようだった。
上条は自身がその一員であることを理解している。
「お集まりいただき、感謝する」
マイクを使わず、年齢の割には大きな声を出す男は、執行部の長だ。
ガチャリと後ろの方で扉が開く音がした。
どうやら遅刻する者もいるようだ。上条は特に呆れる様子もなく、ただ講壇に立つお調子者を眺めていた。
「稲村君、遅いじゃないか。全く君たちは……まぁいい。多分、全員揃ったな。では話を始めようか」
なんとなく、これから聞かされる内容は予想できた。
革命についてであろう。
そろそろなんじゃないかという噂は聞いていた。
「君たちも薄々感づいてるだろうが、我らがKによる革命が、明日、実行される!」
「なんだと!」
右後方で声が上がる。
無理もない。驚いているのは何も一人や二人ではなかろう。上条自身も、驚愕の表情をしていた。
「この面子が揃うのはなかなか稀だ。ふむ。君たちの働きには期待している。この革命が成功すれば、Kは本当の意味で日本の神になれるだろう」
足音が響く。
何者かが上条の隣に座ってきた。
「よぉ」
「誰だお前は」
「つれないな。俺だよ、俺俺」
「知らねーよ」
「上条君!」
長の声が響いた。にやにやと笑いながら、長は二人に近づいてくる。
「上条君、彼はスナイパーだ。超一流のな。いくら君でも、狙われたら命がいくつあっても足りんだろう」
言われて上条は、男の胸倉をつかみ宙に浮かせてみせた。
「ちょッおまッオロセッて」
「言い方が悪かったな。君に接近戦で敵う者はいない……」
上条はスナイパーをポイと投げ捨て、ドカッと腰かけに沈んだ。
長は続けた。
「君たちには、基本的には管理をしてもらう」
長は歩きながら、バラバラに座った執行部全員に聞こえるよう、声を張り上げる。
「実質的に手を出すのは下っ端だ。銃で市民を殺害してもらう。君たちは彼らの管理をすればいい」
何かが破壊されるような音が鳴ったが、長は気にする素振りもなく続ける。
「大量殺戮……いいか。これは普通の殺しではない。銃を振り回しているうちに、気が触れてしまう者もいるんだ。そんなとき、君たちがしっかり指導してやれ」
「ちょっと待てコラ! 俺らは何もしねーで黙って見てろってのかよ! 馬鹿野郎ふざけんなッ! 暴れさせろやコラ!」
「西田君は早とちりだな~その椅子はあとで弁償してもらおう。そして安心しろ。何も起こらずに済めばいいが、もしも手違いが起これば、ちゃんと君にも出番がある。警察、機動隊、SAT。彼らの到着はなるべく遅れるように手配してあるが、不測の事態はどうしてなのか、よく起こる。もしも革命軍に止められぬほどの危機が迫ったら、君たちが不安を潰せ。それが私からの命令だ」
鋭い長の視線が突き抜けた。
「おい爺! なんだその適当な命令は! ふざッけんのも大概にしろやァ!」
西田が怒鳴った。
「うむ。どうしてこんな抽象的なのかは、私が直々に説明するまでもないだろう」
長はどこか興奮しているようだ。
「賭けだからな……今回のヤマは」
「賭け?」
上条はその言葉に反応した。
「正直、私も今回ばかりは、Kのお考えが理解できていない。何を企んでいるのか」
長はどこか、塞いだ様子でそう放った。
西田が更に椅子を破壊した。
「Kがこれまで間違ったことがあったかよ!? アァ?」
長は「詳しいことはまた正式な場で」と言い残し、大講堂から去っていった。
上条は顔の前に手を組んで、前の椅子に肘をつっかえたまま考えていた。
……革命が明日? 凛に伝えなければならない。いやそれよりも、確かめるべきことがある。
上条は顔だけ横に向けて、煙草を吸っているスナイパーに声を掛けた。
「おい。なんかこの集会おかしくねぇか」
「おかしいな確かに」
スナイパーは煙草を差し出した。上条は小声で断った。
「この集会はつまりは、各自で考えろッテェことだ。あとには引けねぇでかい戦だからな」
「なんか知ってんのか」
スナイパーは立ち上がり、横目で見下ろした。
「知らねーよ。だが裏があんだろ。爺がわざわざ俺ら集めて演説したんだ。だがよー、お前も真っ当な信者なら答えは遅かれ早かれ、服従に収斂する。違うか?」
余計なことは考えなくていい、とでも言われているかのような気分になった上条は、こめかみをぽりぽりと掻いた。
「どうするかは自分次第だ」
上条一人が大講堂の隅に残された。