秘策
赤城は煙草を吸いながら神屋と高木の顔を交互に見比べた。
神屋も高木もその威圧感に息苦しさを覚えた。
赤城は煙を吐き出してから、「大層なことだ」とぼやいた。
冴木も含め、誰一人としてそのぼやきの意味を理解できなかった。
赤城の口から静かに声が漏れる。
「……まだ十七八のガキだろう。さっきの金髪チビもそうだが。お前ら……面白いじゃねぇかよ」
赤城の口元が、二ヤリと緩んだ。
その様を見て冴木の鼻から、ふっと息が漏れた。
さらに赤城は続ける。
「今……、今現在、マスコミはどっちつかずの状況だ。王里神会に付くのか、国民の為に真実を暴くのか決めかねている。色んな理由はあるが、一番は金だ。勿論、マスコミといえど末端の人間には真実など知らされていない。株……。テロによって急上昇する株がいくつもある。マスコミ上層部、お偉いさんはその辺の仕込みで迷ってるわけだ。本当にテロが行われるのか否か。金の話になると俺ですら全てを把握できない。そのくらい今は混沌とした状況にある」
神屋も高木も驚いた様子だった。
神屋は困惑した顔つきで言う。
「今、テロと言いましたか?」
「落ち着け。判っていると思うが、今や王里神会はとんでもない規模になった。マスコミの上層部も絞めてる。あくまで部分的にだがな。テロの話は俺も独自につかんでいる。NEW GENERATION PARKでの核兵器投下の話は、極一部で出回っている。いいか、重要なのは、テロが本当に起きると決定されたらマスコミは王里神会に付くってことだ。おそらくマスコミだけではない。関東を中心とした警察も同様だ」
テロが起こることを知っているのは、自分たちだけではなかった。だが考えてみれば当たり前の話である。王里神会は至るところに浸食している。金を作るために情報を流したのだ。
「さっきも言ったが、テロのことを知っているのは本当に極一部だ。皇族とか大企業の社長とかな。個人的な話になるが、俺はテロの発生はなるべく防ぎたいと思っている」
赤城のこの発言は、神屋や高木には意外だった。金の為ならどんな犠牲も厭わない人間だと、先のやりとりで感じた。だが実際はそうでもないのかもしれない。
「お前らにどんな力があるのか、ちょっと覗いてみるつもりだった。あまりにも馬鹿でかいこの戦争の話に、たった数人のガキがどんな役を演じて闘っているのか……あるいは踊らされているのか。それも判断するためにもここに来た」
赤城は新しい煙草を取り出した。冴木は黙って、壁を見つめて赤城の声を聞いている。
神屋も高木も直感的に理解できた。恐らく、暁がここに戻ってくる前に赤城は自分の決断を明かすだろう。
「ハッキリ言って、興醒めだ」
「え」
高木の口から思わず漏れてしまった。
赤城はもう一度、二人を見据えた。その目は、本物だった。全てを探り取るような、歴戦の勇士にのみ開眼が許された目。
その目は、神屋と高木の目を捉え、何を感じただろうか。
「お前らは何も判っていない。恐らく鬼頭火山にいいように振り回されてきた。そしてテロも防げはしない。世の中はそんなに甘くねぇ!」
至って冷静な表情で神屋と高木は、咆哮した男を見つめる。
赤城は煙草を大きく吸い大きく吐いた。その煙が神屋の視界をかすませる。
「だが……お前らは本気みたいだな」
神屋も高木も、目の前の白煙に目を閉じることはない。それが晴れると、赤城を強く見据える強靭な視線が貫いた。
「このままいけば、間違いなくテロは防げない。だが、あくまでもそれは俺が動かなければだ。どうしてだろうなァ、冴木。こいつら見てると、昔の自分を思い出すぜ」
クククと抑えるような笑いを漏らしたのは、俯いた赤城だった。
「俺も最後に花咲かせてみるか」
「決まりだな!」
冴木が抑えていた何かを吐き出すかのような声を上げた。
神屋も高木も自然と微笑んだ。晴れて赤城は、神屋たちの仲間入りを果たしたのである。
だが――リアルは残酷である。
ガチャリと部屋の鍵が開く音がしてドアが開いた。暁が蒼白していた。
椅子に座ると、暁は口を開けた。
「亜美たちからの連絡はない。奴からの電話はあった。奴は……クソッ」
暁は頭を掻き毟った。
赤城はその様を呆然と見つめた。
「暁、落ち着け。何があった」
神屋が若干緊張した声で聞いた。
「奴とは関係が切れた。共闘関係が途切れた。俺が電話に出たのもあるだろうが、それ以前に、亜美たちは集合場所に姿を現していないと奴は言った」
それを聞いて、高木が指の骨を鳴らしながら言う。
「当初のプラン通りだ。我々は、鬼頭を敵と見なす……!」
――こうなることは想定されていた。
無事に鬼頭火山と待機班が合流できないなら、裏切られたと考えるのが妥当である。
冴木は緊迫した表情で尋ねる。
「どういうことだ・・・! 何があった!」
「冴木さん。既に伝えた通りです。待機班が鬼頭との待ち合わせ場所に向かったのですが、恐らくは拉致されたのでしょう。王里神会の手先に。ということは、鬼頭が仕組んだとしか考えられません。我々は今、想像以上に危険な状況に晒されています」
高木は怒りを抑えるように早口で説明した。
「追跡器の類は?」
「ないですよ、冴木さん。そもそも鬼頭火山からの要望で追跡器や盗聴器の装備は禁止されていました。実行犯にさえ居場所を教えたくなかったのでしょう」
言いながら神屋は立ち上がり、窓際に移動した。
「ですが、これは想定内です。鬼頭火山が敵である可能性は十分に考慮してきました。ただ、打つ手はもう……」
ガタンと音がして、椅子が倒れた。赤城だった。勢いよく立ち上がった際に、椅子は倒れてしまったようだ。
「どういうことなんだ……説明しろッ」
信用を得た直後に最悪の事態が待ち構えていた。暁はしかし、それどころではない。
……亜美、無事でいてくれ!
「赤城さん。すいません。我々は鬼頭火山と手を組んでいました。ですが、裏切られたようです。最悪のパターンですが、我々はそれでも諦めない……」
神屋の声が徐々に小さくなり、遂にゼロに収斂した。
自分の吐いた言葉さえ信じられない程に、戦況は絶望的だ。
「なるほどな。説明は不要だ。お前らの反応で、この状況がほぼ飲み込めた。しかし事態はそれほど差し迫ってはいねぇ」
赤城はいらいらしながら煙草をふかす。
「拉致られた仲間がどうなろうと、この戦争にはさして関係ねぇからだ。お前らにしてみれば辛いかもしれないが、犠牲ゼロで勝てるほど甘くはねぇ。判ってたはずだ」
「畜生! 亜美ちゃん……」
高木が呻いた。
「いいか。全体的に見れば、テロも起きず王里神会が警察によって制圧されればこの戦争は勝ちなんだ。鬼頭はこの戦争にどう関与してくるってんだ?」
赤城の問いに答えたのは、神屋だった。
「鬼頭は、鬼頭火山は、テロに使われる核弾頭の目標を変えることができる。つまり、うまくいけば一人も死者がでないように操作可能ということです」
「そうか。ならテロは防げるってことじゃねぇかよ」
「いや、事態は思った以上に複雑化しているようです。王里神会も手を打ってきたのか、詳細は一切知らされていません。鬼頭火山の指示にまんまと従った僕たちが馬鹿だったのか……!」
続いて、高木が口を開く。
「だが俺たちに他に選択肢はなかった。最善を尽くした。鬼頭め……許せねえ」
「それでお前らの次のプランってのは何だ」
神屋がベッドにどすんと落ちて、ゆっくりと応える。
「赤城さん。僕たちはあなたが言うように、無力です。鬼頭火山を信じてここまできたんです。敵だったとしら、打つ手はない……。赤城さんや冴木さんの力を借りてもテロは起きるでしょう。しかし疑問が残る。鬼頭は何が目的なんだ? 篠原さんを拉致して一体どうするつもりだ? 人質にしても、僕たちから何を搾り取る? 何かがおかしい……裏がある筈……何かを僕たちは……見落としている」
神屋はぶつぶつと何かを呟いている。
高木も壁に手をついてじっとしている。暁には高木の激しい思考が、垣間見えるこめかみ辺りからも読み取れた。
冴木が口を開く。
「君たちに、刑事の立場から言うべきことがある。俺はこの件に対して、何があろうと王里神会側につくことはない。死んでも、闘う。だから、鬼頭と落ち合う筈だった場所を教えてくれ。周辺の監視カメラを調べれば、何が起こったのか把握できるだろう。だが、テロが防げるかどうかは保障できない。君たちの仲間を救うことができるかも判らない」
それを聞いて、暁が口を開く。
「冴木さん、仮に拉致された亜美たちが向かった場所が割れたとして、警察は動いてくれるんですか?」
暁の声の質に、神屋と高木は違和感を覚えた。縋り付く声ではない。何かある。
冴木はその問いに、若干の時間を要して思考した。
「いや、動かないだろう。拉致したのは王里神会ならば上に既に情報は回っている。やるなら俺と少数の有志で救出することとなる」
「その数はだいたい何人ですか?」
「むぅ……難しい。急だからな。何人集まるか」
暁は、言い兼ねていたある秘密を、ここで白日の下に晒す決意をした。もうこれ以上は、亜美の命に関わってくる。
「冴木さん……いや、皆。俺は皆に隠していたことがある」