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undecided  作者: らきむぼん(raki) &竜司
王里神会篇 急ノ前
58/73

テロ前日


 -1-


亜美を見送った暁たち三人は、永田町駅からそう遠くないビジネスホテルで身を潜めていた。ベッド三つでほぼ空間は埋まっている感じだが、文句を言う者はいない。明日への不安が募る。いくら勝利に意気込んでみても、テロ前日ともなると震えてくるものだ。

「亜美ちゃんが鬼頭と接触するであろう時間は、午前八時くらい。現在午前七時四十八分。鬼頭と接触したら亜美ちゃんもしくは宮澤睦から連絡がくる手はずになっているが……まぁ、待つしかないな」

 高木は至って平坦な声で言った。この狭い部屋にひとつしかない椅子に腰を下ろしていた暁が、少しの間を置いて補足する。

「八時二十分までに連絡がない場合は、こちらから連絡をする……んだよな」

「加えて、篠原さんと接触したら、鬼頭火山からも連絡がくることになっている。二十分を過ぎてどちらからも連絡がなければ、何かあったと思った方がいい」

 神屋が結んだが、あまり縁起の良い結びではない。

「大丈夫だ。きっと」

 暁は己に言い聞かせるような口調だった。これはもう、願いである。

 さて――と神屋が切り出す。

「あと少しで、彼が来ることになってるが……」

 コンコン、コンコンコン、コンという特徴的なノックの音が響いた。約束した通りの回数、間隔である。「来たか」と言って高木が立ち上がった。当人たちにしか判らぬようなノックのやりとりの後、高木の手により扉は開かれた。

 屈強で、頼りになりそうな男だと暁は感じた。

 これほどまでに刑事という職業を表現した顔はないだろう。目つきから口の結び方まで、顔面ひとつで刑事を連想させるが、服装だけはカモフラージュしていた。暁がしばらくそのドラマでしか見ないような特徴的な顔を眺めていると、高木が口を開いた。

「この人が、冴木さんだ。作戦の鍵を握る人物……」

 暁と神屋も一応立って、軽く会釈した。

 冴木と三人の青年は相対した。三人の目を順に見つめると、冴木の目は徐々に潤んできた。

「……ありがとう。本当に、ありがとう」

 涙が、漢の涙が、ぽろぽろと流れた。

 暁も神屋もどうしていいかわからず、ただ、固まってしまった。

 涙で赤くなった瞳で、冴木は三人の青年たちを見据えている。

 嗚咽とも区別のつかぬ声であったが、三人は冴木の言わんとしていることを理解した。

「君たちが今まで、闘ってくれた……おかげだ。俺は、多くの人間を救うことができるかもしれない。本当に、心から感謝する。ありがとう……ありがとう……」

 涙目になりながらも、冴木は敬礼のポーズをとった。

 その目は潤んで、視界をぼやけさせていたが、はっきりと捉えていた。

 儚くも確かな強さを持った不屈の青年たちを。



 -2-


 シャワーから出た凛は、下着姿のままベッドに倒れていた。

 肉体に蓄積したほとぼりが冷めるまでこうしているつもりだった。

 ……明日はシズとお出かけね。

 ふとカレンダーを見ると夏休みの終わりがすぐそこまで来ているのを実感する。

 学校ではあまり学力の高い方ではない凛だが、宿題はいち早く済ませる性質たちである。だから夏休みが終わることに対して大抵の高校生が抱く焦燥は感じなかったが、ただ遊べなくなること自体はうんざりした。凛の通う聖蘭第一女子高等学校は県内最高峰の高校で、その指導は他と比べてやはり厳しい。

 三十分ほど動かず冷房を利かせているといい加減寒気を催した。

 軽く衣服を身にまとうと、机に置いてあった携帯電話が目に入った。特に用があったわけではないが開いてみる。こんなとき凛はそれを無意識的に行う自分に嫌悪を感じた。よくない癖だ……と。

「あれ」

 充電は充分にしたはずだが、電源が入っていないのか画面は真っ黒だ。以前、電源パックの寿命が来て同じような事態に陥ったが、今回もそれだろうかと凛はいぶかしんだ。他に考えられる原因もないのでおそらくそうだろう、と携帯をポイと投げた。明日の予定は既に細かく決めてあったので、よほどのことがない限りは携帯の必要性は感じられなかった。朝一で電源パックを買いに行ってもいいが如何せん面倒だ。

 もう夜の九時だし、今から外出するのもはばかられる。

 今年の夏休みは充実していたと凛は満足する。

 海に行き大人数で楽しんだし、好きな映画も幾つか観てきた。趣味の読書も毎日できた。これ以上ない充実ぶりだ。

 きっと明日も楽しい一日になるだろう……そう思い凛は一人微笑んだ。

 まさか行ってはいけない場所に足を運ぶことになるとは、このときは考えもしていなかったわけである。携帯電話が使用不可になっていたのは如何なる偶然か、まるで神の綴る物語が、凛と一人の男を引き寄せているかのように……

 


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